09-悪魔の騎士
俺──レオンの封じられていた力が、全て解放されたのが、自分でよくわかった。
悪魔っつーのは、負の感情を司る生き物なんだ。負の感情ってのは、原始的な感情って言い換えることも出来る。
そして俺は、そんな感情を内包した悪魔だ。
憤怒
暴食
傲慢
強欲
怠惰
色欲
嫉妬
封印されていた醜い感情が、俺の中から一気に溢れ出した。
俺の全てを解き放った男が、地面に這いつくばらないように支えながら、少し離れた場所に立っていたフェリスに視線を向けた。
「レオン……?」
フェリスは少し不安そうな顔をしていた。んなシケたツラすんなよな。
「こいつ、すげぇよ。俺の封印を全部ぶっ壊しやがった」
溢れる全能感が、俺の気を大きくしているのがわかる。
「それなら良かったですね」
フェリスは安心した様子で、柔らかな笑みを浮かべた。
普通は悪魔が考えるようなことじゃねえんだけど、フェリスは聖女と評するに相応しい表情をしていた。
「マスターを返してください」
その会話を遮るように、別の女が口を開いた。
レイルバレル、だったよな。
彼女は、俺が支えてるこいつに手を伸ばしていた。
「おっと、わりぃ」
大人しく彼を返してやった。
俺がこいつを支えている必要はねえ。
……にしても、気を失っちまったのに、このレイルバレルって女は焦る気配がない。
不思議だ。俺が口を挟むことじゃねえけどよ。
「……はあ」
思わず肩を竦めて、溜息を吐いてしまった。
「どうしたのですか?」
フェリスが隣に立った。
「色々と回り始めたな」
「……ああ、そうですね」
これ以上に望んだら罰が当たる。
強欲の権能も持っている俺がそう思ってしまうほどに、力で身体が満たされていた。
「これなら、お前を外に連れ出してやれる」
フェリスをここに閉じこめる呪いも、この力があればぶっ壊すことができる。
「ありがとうございます。お願いできますか?」
「当たり前だろ。俺はお前の騎士だからな」
「……期待してます」
上目遣いでフェリスは俺を見あげた。そこに感じた色っぽさは、俺の色欲の感情を異常に刺激した。
「んで、今後はどうする?」
その色欲を制御する為に、俺はフェリスに別の話を振った。
「彼らに恩を返す必要があります。
私の事情に巻き込んでしまった貴方を、その縛りから解き放つ手助けをしてくれました。
私の性ですが、恩は返さねばなりません」
名前が無いって面倒だな。流石に誰のことを言ってんのかはわかったが。
「俺はお前に巻き込まれたとは思ってねえよ」
騎士が守りたいものを守って何が悪いんだよ。そうやって俺が思ってても、フェリスの心が晴れるわけじゃねえしな。
恩返しって意味なら、ひとつ思いつくことがある。
上手く行けば、俺たちも彼らも、ウィンウィンの関係になれるかもしれねえ。
「俺はお前を守るのは当たり前だが、こいつだったら剣を捧げても良いと思ってる」
騎士には王が必要だ。王が存在して初めて騎士となる。
俺は悪魔である前に騎士である。
王に相応しい者が現れれば、今後の身の振る舞いを考えないわけにはいかない。
つまり──
「俺が騎士として、彼を王として忠誠を誓うってどうだ?」
フェリスが駄目だと言ったらそれまでだ。
俺にとって、彼女以上に大切な存在はいねえ。
「私も良いと思いますよ。
色々と見えてしまったのでわかりますが、私は彼らと共に動くべきだと思いますし」
フェリスは他者の魂を見ることができる。彼らの魂を見て"そう"言うのであれば、彼らと共に動かない理由が無くなった。
より良い主を探す程度にはなるんだろうが、少なくとも俺とフェリスを害さなけりゃ、極端な事を言えば、誰でも良かったりする。
その中でも、神々と戦って勝てそうなやつを、俺は主君にして仕えたい。
こうやって、封印を解放されても、負けてまた封印されちまったら意味がねえんだ。
ふと、俺の封印を全て解除した男に視線を向ける。
彼は意識を失っていたが、心做しか心地良さそうな表情をしていた。
「レイルバレルって言ったか?
こいつ、名前を付けてやらないのか?」
レイルバレルに話を振った。
彼を床に寝かせて、レイルバレルはそんな彼に膝枕をしていた。
魂なんて見なくてもわかるくらいに、彼女は彼が好きで愛している。表情が優しい。
俺とフェリスの間にあるものとは、違う愛情だと思う。
自分で自分の愛を語るのは、非常に居た堪れない気分になったから、やっぱり考えんのはやめる。
「レイと呼んでください。
……私がマスターに名前を付けるなんて、とても恐れ多いですよ」
その答えは、半ば理解できていた内容だった。
レイルバレル──レイは、彼を非常に敬愛している。
「お前、こいつの何処が好きなんだ?」
俺は気になっちまったから、ついついぶっきらぼうに聞いてしまった。
「優しいところですかね。いえ、他にも良いところは沢山ありますけどね」
ふふっ、と彼女は笑った。
レイの言動を傍から見ると、まるで彼とは対等のように見えることがある。
だが、それはちげえみたいだ。明確に上下関係がある。少なくとも彼女は、彼を圧倒的に上の存在だと考えている。
この男に、自分が上であるという感性があるとは思えねえけど。
全開状態の俺でも、勝てるかどうか怪しいこの男は、誰かに威張ったりする様子は見せなかった。
俺と話してる時は、そんな素振りは見せなかったし、そんな素振りを匂わせることもしなかった。
普段からそのような態度をしているような、そんな考え方をしているのであれば、流石に俺でも気が付ける。
……それでも、傲慢な彼の心は見えなかった。
「レオン、乙女心に土足で踏み込むのは良くないですよ」
フェリスに窘められてしまった。これ以上をレイに聞くなと言われちまった。
「わーったよ」
俺は反抗せずに素直に頷いた。口うるせえなぁと思ったのは、俺が悪魔で粗暴なやつだからだろうな。
「レイさん、寝具を使いますか?」
地べたに直で座っているレイに、フェリスが問い掛ける。
「いいえ、このままで問題ありません。
じきに目覚めるでしょうし」
レイはまるで壊れ物を扱うかのように、優しく柔く撫でていた。
それを見て、俺の中にもひとつの欲望が湧いてきた。
「フェリス」
「どうしました?」
「いや、ちょっと膝枕が羨ましいなと」
「……私の膝をご所望ですか?」
「そういうこった」
話が早くて嬉しい。
「良かったです。彼女の膝が良いのかと」
「んなこと言うわけねえだろっ!?」
俺にはお前しかいねえよっ!?
「冗談。
……急に変なことを言い出すものですから、少し照れくさくなってしまいました」
小さく舌を出して笑うフェリスは、その均等の取れたプロポーションも相まって、まるで、不可侵の聖女様が軽くお巫山戯をしているかの印象を受けた。
聖女ってのは……まあ、とんでもなく清楚な女性とでも考えてくれればいい。
とんでもなくフェリスが可愛く見えるのは、これは醜い感情の封印が外れたせいか……?
「レオン、大丈夫ですか?」
俺の様子の変化に気が付いたんだろうな。こてんと小首を傾げて覗き込んできた。
顔と顔の距離は、少し踏みこめば当たる距離だ。
「んっ」
本能のままに唇を合わせると、フェリスは可愛らしい声を上げた。
「はっ……はっ……」
少し離れると、赤く火照った顔をしていたのは、俺の"色欲"が彼女にも伝播したからだろう。
「……レオン、これは、ダメですよ……」
モジモジとしながら、フェリスは少し睨むような顔をしていた。
「いや、わりぃ。封印が外れてからタガが外れっぱなしだ」
悪魔ってのは、原始的な感情を他者に植え付けて、増幅させることを生きる糧としているから、俺が今やったのは酷く悪魔的な……本能的なやつなんだよな。
逆に天使ってのは、他者の魂を見て、様々なことを行う種族だ。例えば異世界召喚の対象にする人物を探したり……とかな。
「……レオン、その、私を寝具に」
「おいおい、良いのか?」
「……駄目です。私を寝かせるだけです」
「……わーったよ。ちぇっ」
フェリスを抱けると思ったのに。
「来客中に……許すわけないでしょう?
……この馬鹿」
彼女は俺から伝播した原始的な感情に、強い理性で抗っていた。
その罵倒は可愛いから逆効果なんだよなぁ……と思ったが、それは言わねえようにしよう。
彼女の中にある原始的な感情を冷めたら、とてつもない説教を喰らう可能性が高い。いや、恐らく一時間は正座コースだろう。
今はヘイトを貯めないに限る。
俺はフェリスの華奢な身体を抱えて、家の中に置かれている寝具に寝かせてやった。
個別情報一覧
名前:レオン
種族:ロードデーモン
能力
・憤怒:Lv.ERROR
・暴食:Lv.ERROR
・傲慢:Lv.ERROR
・強欲:Lv.ERROR
・怠惰:Lv.ERROR
・色欲:Lv.ERROR
・嫉妬:Lv.ERROR
技術
・飛翔:Lv.9
・剣術:Lv.10
・盾術:Lv.10
・生活雑務:Lv.4