06-一軒家
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「風景が変わったな……」
350階層に到達した俺たちの視界には、今までの岩肌から打って変わって、明るく眩しい、青々とした木々や草花が広がっていた。
「……そう、ですね。生えている植物も本物……」
レイは足元に生えている雑草に、恐る恐る手を触れる。その表情を見る限り本当に本物のようだ。
「良い階層だな。ずっとここに住みたくなるな」
何気なく口にしたその言葉は、俺の心に少し棘を刺した。
……なんで、少しチクッとしたんだろうな。過去の俺と関係あるのかな。あるのかもしれないな。
「私はもっと長閑な、もっと自然な世界に住みたいですね」
彼女の言葉は、目の前の光景に対する不満を表していた。
その"願い"は岩肌に囲まれて三百日とちょっとを過ごした俺たちにとっては、少し贅沢過ぎるように感じた。
「これだけでも、俺は充分嬉しいよ」
「気分は晴れますね」
レイは素直じゃない。
そう思ったが、口には出さなかった。
「先に進みましょう」
レイは感傷に浸る様子もなく、次の行動を促してきた。
この階層は一本道ではなく、ダンジョンマスターと戦った時と同じで、ドーム型になっているようだった。
大きく違うことがあるとすれば、木々や草花が広がっていることだ。
「真っ直ぐ進むのは、それなりに難しい気がするな」
ダンジョンマスターと戦ったときは、次の階層へ続く階段がちゃんと見えていた。
今までの階層は一本道だったから、迷うことなんてなかったんだ。
でも今いる階層は違う。ドーム型で、しかもやたらと草木が茂っていて、先がまったく見通せない。
「まずは先に進みましょう。迷ったら悩みましょう」
レイは俺と比べて実直行動派だと思う。けど、俺は彼女の言葉に頷きを返した。
先に進まないと話にならないしな。物語にもならない。記憶の無い俺には、先に進む以外の選択肢はない。
レイは進路をふさぐ草木を、右手を刃に変えて次々と切り払っていく。
スライムの体って、自由に形を変えられるらしくて便利だ。運動能力は俺のほうが上だけど、便利さは圧倒的に彼女の勝ちだな。
そんなレイの背中を追いながら、俺はおとなしく後ろを歩く。だけど、視界はちっとも開けてこなかった。
「マスター、ちょっと見てください」
レイが手招きしてきた。
指さす先を見てみると、草木の隙間にぽっかりと穴が開いていた。
「……え?」
思わず顔を近づけて覗き込む。
すると、その先には木造の一軒家が建っていた。
「マジかよ……」
思わず声が漏れた。
ついさっきまで、人の気配なんてまったく感じなかった。
でも、一軒家なんてものを見つけてしまった以上、嫌でも「誰かがいる」と思えてくる。
「あの家を訪ねてみるか?」
あの家に近付けば、何か新たな出来事が起こる気がした。
「私はどちらでも構いません」
レイはあまり乗り気ではなさそうだった。
少なくとも、俺に行動を促していた時の勢いは、今の彼女には見られなかった。
「じゃあ、行ってみるか」
気になったから、俺は生い茂った草木から足を踏み出した。
やがて、一軒家の玄関前に辿り着いた。
コンコン、と片手でノックする。
「誰かいないかー?」
「……」
俺の呼び掛けに応える者は誰もいない。
「私がいます」
すると、後ろに立っていたレイが、俺の横ににょきっと生えた。美しい黒髪を揺らして。
「ここでボケなくていい」
お前に言ってねえのはわかるだろ。
「……誰もいないか。残念だな」
誰かに出会えるかもと期待した自分が居た。ダンジョンマスターはノーカンだ。あれは敵って感じがしたし。
諦めて、そのまま次の階層に進むしかないか。
そうやって諦観にも似た感情を抱いた瞬間──
「マスターっ!」
俺が"立っていた"場所に、大きな大きな鎌が振り下ろされた。
過去形なのは、レイがその攻撃に当たらないように、俺の身体を退かしてくれたからだ。
「おわっ!?」
少し遅れてとても驚いた。目の前の地面がクレーターになっていた。
俺はクレーターから視線を上げる。
その大鎌を片腕で振るった男は、褐色の筋肉隆々な男であり、反対側の腕には大盾を持っていた。
かきあげられた髪は、強い粗暴感を出していた。
そのせいもあってか、凶悪な死神にも見えるし、はたまた、力強い騎士のようにも見えた。
「お前ら、いったい何者だ?」
その大男は言った。どうやら、他の化け物たちとは違い、意思疎通ができるようだ。
意思疎通できるからと言って、仲良くやれるとは限らないが。あのダンジョンマスターは無理だったし。
「俺たちはこの地下から来たんだよ。名前は忘れた。過去の記憶が無いんだ」
言いながら思う。名前が無いといちいち面倒だな。
「この下から……だと?
……悪霊跋扈しているこのダンジョンの?」
その男は信じられない、といった表情をしていた。根は素直で腹芸が苦手そうだ。
「ま、それは何でもいいか。それより、俺の家に近付いた理由を言え」
だがしかし、次の瞬間には的確な質問が投げられた。初撃から殺しに来た割には、随分と冷静な印象を受けた。
ってか、こいつの家だったのかよ。
「誰かに会えるかなって……そう思って」
こんな素朴な理由で納得して貰えるとは思わなかったが、事実それ以外の理由は無い。
「くっ、クハハハハっ!!
なんだお前っ!
おもしれーなっ!!」
すると、目の前の男は腹を抱えて爆笑し始めた。
いや、なんで笑われたのか何もわからないのだが??
「ああいや、悪い悪い。気分を悪くするな。
この魔境なヘルダウンスフィアで、そんな馬鹿げたことをやろうとしてるのが面白くて……くくっ」
いや、それ訂正になってないだろ。馬鹿にしてるだろ。
と思ったが、隣のレイも柔らかに面白そうに笑っていたので、俺が常識外れなことは理解した。
だから、何も言わなかった。むう……
「俺の名はレオン。
訳あって、このダンジョンに封印されている悪魔だ」
笑い過ぎて溢れた涙を拭いながら、彼は快活に言った。
悪魔だった。人じゃなかった。
しかも封印されてる、か。自分で自分を危険な存在ですとアピールしてるようなものじゃないか。
「……なんか、ドン引きした顔してるけど、てめーも下から上がってきたなら、封印されてた口だろ?」
レオンにそうやって言われて、記憶の無い俺はふと考えた。
言われてみればそうだ。俺が目覚めたあの部屋は、俺を封印する為の箱だったのではないか……って。
「いや、悪い。本当に記憶にない」
「封印を壊すって、そんなに簡単なことじゃねーんだぞ?
壊した記憶が無いってのか?」
"そんな簡単に出来てたら、俺たちはこんな場所にいねえ"と、レオンは悪態を吐いていた。
「……苦戦した記憶はない。壊した何かが封印だったのか?」
「あながち、あんたのお気楽さを見ると、無いとは思えねえな」
「そんな気楽に生きてるつもりは無いが……」
「いや、お気楽過ぎるだろ。
そんな脳天気な感じで、普通は生き残れねえよ」
"特にこのダンジョンでは"と、レオンは続けざまに呟いた。
突然に、一軒家の玄関扉が開いた。
ぎぃ、という音が鳴ったから、自然と俺とレイの視線が一軒家の方に向かった。
そこには、銀髪で見た目麗しい、まるで聖母のような女性が立っていた。レイほど長くは無いが、それでも長く美しい髪を揺らしていた。
「フェリスっ!?」
レオンはそれを見て、焦ったように叫んだ。
そうか、さっきこいつは俺"たち"って言ってたな。この階層に住んでいるのはレオンともう一人──今、彼がフェリスと呼んだ女性なのだろう。
「レオン、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
静かで品のある足取りで、彼女は俺たちの目の前まで歩み寄ってきた。
「初めまして。私の名はフェリス。
貴女の名はレイルバレル。
そして、貴方は……シン、ですね?」
彼女はごく当たり前のように、レイの真名を口にした。
どうしてその名前を知っているのかはわからない。しかも、それだけじゃない。
「……いや、俺に“名前”はないはずだ」
そう、俺は“シン”なんて名を聞いた覚えがない。
だから、今の自分の認識のまま、彼女の言葉に否定で返した。
「そうなのですか?
……そのようですね。失礼致しました」
フェリスは小首を傾げてから、その所作のひとつが、整い過ぎた容姿から彫刻のような印象を与えながらも、何かを見て思い至ったのか、柔らかに頭を下げた。まるで失言だったとでも言うように。
「レイルバレルさん、少し時間をいただいてもよろしいですか?」
「……はい」
レイはフェリスの誘いに、渋々といった具合に頷いた。
「レオン、その方とお話しててください」
「おうよ」
フェリスの言葉にレオンは頷く。
「だってよ」
そして、彼の大きく太い腕が俺の肩に回された。暑苦しい……いや、暑くはないんだが、暑く感じるんだよ。
「では、マスターは少しお待ちください」
「わかった」
レイは躊躇いもなく、フェリスのあとを追って一軒家の中へと入っていった。
扉が閉まる音が、妙に遠く響いた気がした。
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