02-ダンジョン
暫く歩いていた。
何も変わり映えしない岩肌が永遠と流れていた。
あの木部屋に閉じこもっていても、俺は眠るしかなかった。
それを考えると、外に出てきたこと自体に後悔はない。
けど、これではただ歩いているだけの作業ゲーにしかならない。
歩いても歩いても、終わりのない一本道。
視界が開けたとはいえ、陰気臭いことに変わりはない。
鬱々とした感情にはならないが、気分が好転することはない。
そろそろ歩き始めてから、一日が経過する頃だと思う。直感でしかないから、間違ってる可能性はある。
『合ってます』
レイが教えてくれた。合っているらしい。
直感があってたことが嬉しいのか、一日歩き続けても、何も光景が変わらない事実が悲しいのか、微妙な気持ちになった。
走ってみるか。
幸いにも俺は何も着ていない。
……何も着ていない。
ちょっと待った。
走る前に服を用意した方が良い、よな?
でも、どうやって服を用意すればいいんだ?
さっきの部屋には寝具しかなかったし……
『"衣服創造:Lv.MAX"を取得しました』
レイの言葉が脳内に響いた。
俺が願ったから、勝手に"能力"が創られたっぽいな。
てきとうに動きやすい格好を……
長い袖のTシャツと、長い袖のズボンを身にまとって、それから靴を履いた。
……よし、これで走れるな。
そう思って前を向いたら、俺の進路を塞ぐ影があった。
『オーガロスです。
オーガ族の最上位種であり、神話級の化け物です』
そのオーガロスとやらは、岩のように分厚い腕を持ち、全身は粗い皮膚で覆われていた。灰色にくすんだ肌は、まるで乾いた土にひび割れが走ったかのようだ。
両肩は異様に盛り上がり、筋肉の塊のような首からは、牙の突き出た醜悪な顔が覗いている。潰れた鼻、濁った瞳、獰猛な笑みを浮かべていた。
身長4mほどはありそうだった。
この一本道では、端からすり抜けたりは出来なさそうだ。
『倒しましょう』
そんな神話級とか言われてるような敵を、俺が武器なく倒せるとは思えない。
『倒せます』
レイの言葉と、俺に振り下ろされるオーガロスの拳が重なった。
「急に殴ってくんなよ……」
悪態を吐きながら拳から逃げる。オーガロスから距離を取った。そして、右拳でオーガロスの頭をぶん殴った。
オーガロスの頭が弾けて、身体が地面に転がった。
「まじか……」
人型の化物の頭が弾けたことは、それなりにショッキングな光景だった。俺の力が強過ぎることを明確に認識できた。
『まだ終わってません。続きが来ます』
さっき倒したオーガロスと同じ姿の巨躯が、何体も前方に立ち塞がっていた。
その後ろには、三つ首の狼が咆哮を上げ、尾を引きずる超巨大な蛇が岩を砕きながら進んでくる。
気づけば、道の周囲が“化物”で埋まり始めていた。
一体一体が常識外れの存在で、なのに、まるで日替わりメニューのように次々と現れる。
俺の姿を見た瞬間、奴らは全員こちらに顔を向けた──“それ”が合図だったかのように。
無造作に振るった俺の拳は、防御姿勢を取った化物たちの身体を簡単に貫いた。
結論から言えば、どんな化物も一撃で倒すことができた。
俺は何者なんだ?
『お答えすることはできません』
レイは黙秘した。また答えてくれなかった。
記憶が無い。強過ぎる肉体。様々な能力の数々。俺は明らかに普通じゃない。
『普通とは?』
レイ、俺はそういう哲学的な話がしたいわけじゃない。
ってか、時々お前は変な問い掛けしてくるよな。支援補助の枠から逸脱してるだろ。
『それより、先に進みましょう。走りましょう』
疑問も、驚きも、関心すらも──相も変わらず完全に無視して、レイは淡々とそう告げた。
レイが答えてくれない以上は、言われた通りに先に進むしかない。
さて、走るか。
俺は走り出した。
ぐんぐんと速度が上がり、歩いていた時とは比べ物にならないほどに、あっという間に地面を走破する。
そして、行き止まりに辿り着いた。
どれくらい速度が出てたか教えてくれ。
『およそ時速100kmです』
異常に速いな。通常の人の速さは時速35km程だったはずだ。
軽く走った程度でこの速さか。
『左に上の階層に繋がる階段があります』
レイの言葉で視線を向ける。すると、確かにそこには階段があった。
この場で無駄に時間を使う必要はない。階段以外何も無いから、時間を消費することが逆に難しく感じた。
上に向かう階段に足を掛けた。岩肌をくり抜いたかのような構造で、非常にしっかりした造りになっていた。
『999階層に到着しました』
階段を上り切ると、レイの言葉が脳内に響いた。
999階層の風景も、1000階層のものと何ら変わりはなかった。
『1000階層のデータを元に考えると、走れば半日程度で次の階層に行けるでしょう』
ってことは、地上に出るまで500日くらいか。
先が長いなぁ……
後ろ向きな気持ちを切り替えて、俺は再び走り出した。
もちろん、全力で走ることはしない。というか、全力で走り込むのは少し怖い。
途中、見た事のない化物が前方に見えた。それなりの速さで走っていた俺は、立ち止まるのが面倒に感じられた。
ひょっとしてひょっとすれば、そのまま体当たりすれば、突破できると俺は思った。
けど、そのまま体当たりするのは、無意識的に忌避感があった。
だから、前方の化物が俺を待ち構える姿勢を取ったことを確認して、寸前で踏み込んで身体を空中に浮かす。
右足を前に出して、走り込んだ勢いのまま、飛び蹴りを叩き込んだ。
『ドラノイス。神話級のドラゴニュートでした』
化物の体躯が爆散してから、レイの言葉が脳内に響いた。
あれがドラゴニュートなのか、と思いながら振り返らずに俺は先に進む。
次から次へと、進路を阻むように化物が現れたが、それを立ち止まることなく倒して進んだ。
もう何体倒したのか、数えるのも面倒になった。
道は単調だが、化物の方はバラエティ豊かに出迎えてくれる。歓迎されてる気はまったくしないけどな。
最初に現れたのは、巨大な黒い蟹だった。
左右の鋏が地面を抉り、胴体は小山ほどもある。殻の表面には古代語のような文様が蠢いていた。
『クラグスパイナー。殻神と呼ばれた甲殻種の神話級個体です』
足元を滑り込むように踏み込んで、下から拳を突き上げた。甲殻ごと内部が砕け、蟹はその場で崩れ落ちた。
続いて現れたのは、燃える狼の群れだった。
一体一体が大型トラックほどあり、全身を覆う炎が空気を焼く。三つ首、四つ首の異形も混じっていた。
『ファルクハウンド群体。次元灼狼と分類されています』
拳を振るうたび、狼の咆哮が焼けた金属音のように響いた。けれど、一撃で沈まなかったのは最初の一体だけだ。
二撃目以降、連中の姿はもうなかった。
岩が割れる音がした。
……違う、音じゃない。震えだ。
次の瞬間、地面から触手状の根が一斉に伸びた。岩を砕き、空間を突き破り、俺に絡みつこうとする。
中心からせり上がるのは、植物でも動物でもない、“存在”としか言いようのない何か。
人の顔を模した無数の瘤が、幹に刻まれている。
『ヘルミナリド・マザーツリー。世界呪詛の根源とされる神話級個体です』
「植物が呪い吐くんじゃねぇよ……」
跳躍し、空中で回転しながら全体に向かって回し蹴りを放つ。風圧すら爆風に変わり、瘤ごと樹体を裂いた。
光が生まれた。目が焼けるほどの閃光とともに、真っ白な球体が現れる。
球体は何も語らない。ただ、そこに“在る”。
重力の歪み、空気の崩壊、音の消失。全てが、その“存在”に飲まれていく。
『デウス・コア。言語体系に基づかない存在。観測された時点で空間消失を起こす理論上の神体です』
「それ、ぶっ壊しても大丈夫なのか?」
返答はなかった。拳を構える。光が歪む。圧力が骨を軋ませる。
それでも一歩踏み込み、殴る。
空間ごと、何もかもが弾け飛んだ。
進むごとに、奴らは増えた。
炎と氷を同時に纏う竜。
自分の影から這い出る悪魔。
音楽のような言語を話すガス状生命体。
俺は止まらない。踏み潰し、蹴り砕き、殴り倒す。全て一撃で。
やがて、道の先が開けた。
気配が薄くなる。敵はいない。そこにあるのはただ、石の階段。
『次の階層への接続口です。お疲れさまでした』
「……本当に、走り抜けただけだったな」
息が上がっていないことにも、驚かなくなっていた。
俺は、振り返らずに階段を上る。
神話級の化物たちが蠢く999階層──走破、完了。
個別情報一覧
名前:
種族:???
能力
・直感:Lv.MAX
・支援補助:Lv.ERROR
・能力創造:Lv.MAX
・暗視:Lv.MAX
・衣服創造:Lv.MAX
技術
・格闘術:Lv.MAX