表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の欠片、化物となりて。  作者: 言ノ悠
00-プロローグ
17/19

17-純愛

 レオンが何か言いかけたが、フェリスが手を伸ばしてそれを止めた。

 あの天使は、空気を読んで動いてくれる。こういう時、本当に助かる。


 俺は倒れているミリアリアの上に毛布を掛け、ひと息ついてからレイのもとへ歩いた。


「マスター、どうしたのですか?」


 甲斐甲斐しくそう問いかける彼女の声には、微かに不安が滲んでいた。

 その揺らぎに、俺の中の何かが温かくなる。


「レイ、もういい。記憶は、全部戻った」


 だからもう、無理に“マスター”なんて呼ばなくていいんだ。そう、優しく伝えた。


「マスター……」


 彼女は明らかに動揺していた。視線が彷徨い、指先がわずかに震えていた。


「前みたいに、“旦那様”って呼んでくれよ」


 俺はそっと彼女の頬に触れた。

 懐かしくて、愛しくて……ただ、心のままに。


「……私なんかが、貴方の妻で良かったのでしょうか?」


「他に選ばなかった。ただそれだけだ」


 彼女の自信のなさを、否定も肯定もせずに受け止める。

 それが、昔の俺と彼女の関係だった。


「俺は、お前よりいい女がいなかったから、誰も娶らなかった。……それだけの話だ」


 そう言って、俺は空間からあるものを取り出した。

 レイが、俺が封印される前に捨ててしまった、彼女本来の身体だった。俺と同じセンスのない黒服を身にまとっている。


「こ、これは……!」


 彼女は目を見開き、声を詰まらせた。


「俺が封印される時、お前も一緒に来てくれたな。

 その時に身体を捨てたけど……俺は、こっそり回収しておいたんだ」


 そして、少しだけ笑ってみせた。


「好きな女の身体だぞ。……簡単に手放せるわけがないだろ?」


「で、でも……神様には、旦那様には内緒だって……」


 ああ、思い出した。

 神々は、俺を封印する条件として、彼女に“裏切り”を強いた。

 俺を助けたければ、自分から離れろ。封印されることを見届けろ。……そんな理不尽を、彼女に押しつけたんだった。


「俺の方が、あいつらより手練れなんだよ。そんな策で、俺を止められるわけがない」


 神の知恵とやらが、宇宙の王に通じるとでも思ったのか。

 その見込み違いが滑稽で、今では哀れに思える。


「レイ。……お前の魂を、この身体に戻していいか?」


「……はいっ!」


 彼女は迷いなく頷いた。


 俺は彼女のスライム体に触れ、魂を抜き出した。

 神に作られた“魂の楔”を、俺の力で断ち切って、それを本来の身体へと戻した。


「……どうだ?」


「よく馴染んでます」


「それなら良かったよ」


 少し安堵して、彼女の表情も和らいだ気がした。


 その瞬間──


 ぐぅ……と、静まり返った空気の中で、控えめに、けれど確かに聞こえた音が響いた。


「……っ!?」


 レイが顔を真っ赤に染めて、慌ててお腹を押さえた。黒服の袖が揺れて、彼女の慌てぶりがよくわかる。


「ち、違うんです。そんなつもりじゃなくて……」


 両手をぶんぶん振って必死に弁解する姿に、俺はつい吹き出した。


「フェリス、化物の残骸は残ってるか?」


「あ、えっと……」


 フェリスがレオンのリュックから、調理向きの肉塊を取り出して見せる。


「レイ、作れるだろ?」


「……はい」


 長い黒髪を揺らしながら、小さく頷くレイ。

 その立ち姿は変わらず凛としていて、しかし今は少しだけ緩んでいた。


 俺が王であった頃、日々の食事のほとんどを彼女の手で作ってもらっていた。

 激務だったし、ゆっくり食事を楽しむ時間も場所もなかったが──彼女の料理は、確かに俺を支えてくれた。

 どこに行っても変わらない衣食住を、彼女は提供してくれた。


「旦那様……」


 上目遣いでこちらを見上げる。細身の体がわずかに揺れ、その瞳が何かを期待していた。


「どうした?」


「あのスライムの私を、今の私も使えるようにできませんか?」


 俺を見つめる彼女の目が、少し輝いているように感じた。可愛い。


「……ふむ。どんな形で使いたい?」


「スライムの身体は、色んな形になれるので便利なのです。料理器具を使うときだけでも……」


 たしかに、あの身体には応用性があった。

 ただ、ひとつの魂でふたつの身体を操るのは難しい。

 融合させるという手もあるが──それは、身体の変質を伴う。


「……どうしたのですか?」


 俺の迷いが顔に出ていたらしい。


「レイの身体に傷が付くのは嫌なんだよなぁ」


 魂は変わらなくても、形が変われば、俺の中での彼女は別物になってしまう。


「……ああ、そうすれば良いのか」


 俺はスライム体に新たな“核”を創り出し、魔力でコントロール可能な補助媒体として仕立てた。

 魂の代わりに動かせるよう設計したコア。今のレイの意思で操作できるように、指輪の形に加工する。


「レイ、多分指に合うはずだから」


「えっと……はい」


 左手薬指には既に指輪があったため、俺は右手薬指にはめてやった。


「……ありがとうございます」


 レイは心做しか、指輪を付けてもらったことに喜んでいる気がした。

 いつまで経っても、こういうことで喜んでくれるのが可愛いんだよな。

 王として過ごす中で、俺の唯一の癒しだった。


「なるほど、こうやって使うのですね」


 そして次の瞬間には、指輪から刃物を取り出し、味気なかった衣服を、美しく整った漆黒のドレスへと変えてしまうなど、新たな道具をすっかり使いこなしていた。


「……相変わらず、そのセンスには脱帽だよ」


 俺が渡すものを、こうまで自然に使いこなせる。

 それが、レイという存在の、本質的な優秀さなのだ。


「こう……ですかね」


 レイは指輪に意識を通すと、その中に仕舞われていたスライムの一部を呼び出し、そっと床へ滑らせた。淡い黒の髪が肩先で揺れる。細く長い指先を器用に動かしながら、彼女はミリアリアの下へとスライムを滑り込ませ、毛布の下にぴたりと沿わせるようにベッドの形を作っていく。


「即席ですが、これで少しは楽になるかと」


 そう言って立ち上がった彼女は、まっすぐこちらを見て言葉を続けた。


「旦那様、貴方は相変わらず女性の扱いがなってません」


 わずかに唇を尖らせて、淡々とした声音でそう言われた。けれど、その表情はどこか柔らかい。


 俺は思わず笑ってしまう。小言のはずなのに、どうしようもなく懐かしくて。……嬉しくて仕方がなかった。


「フェリスさん……いいえ、フェリス、その肉を投げてください」


「えっ、はっ、はいっ!!」


 フェリスが戸惑いながらも手にしていた肉の塊を放り投げると、レイはそれを軽やかに受け取り、その直後──刃状に変化した触手で瞬く間に細かく斬り裂いた。


 本当に一瞬だった。まるで最初から千分割されていたかのような精密さで、肉片がふわりと空中に舞う。


 ……え? その指輪って、そんな使い方できんの?


 そして、幾千もの触手で、落ちてくる肉片の全てを受け止めた。


「旦那様、前に作った空間に調味料が入っています。そもそも、今の旦那様に位相の違う空間へアクセスできますか?」


 さらりと、とんでもないことを聞いてくる。


「ん? ああ、それは……できる、な」


 言いながら試してみると、手元にはいつのものかすら定かでない塩の袋が握られていた。表面は少し湿気を帯びている気もするが、使用には支障なさそうだ。


 基本的に世界は三次元で成り立っている。それは宇宙の端に行っても変わることはない。

 だがしかし、そこにもう一つの軸を加えて、四次元として物事を捉える手法が存在する。

 その手法を使うと、この宇宙とは別の、全く違う空間を生み出すことができるのだ。

 小さな空間を創ることすら、莫大なエネルギーが必要となるから、一般人には全く関係のない話だけどな。


「それ、ください」


「わかった」


 レイは塩の入った袋を受け取ると、指先で器用に封を切った。細かな肉片ひとつひとつに、まるで舞を舞うような所作で塩をふりかけていく。


 その手際の良さは、料理人の域を超えていた。いや、もうほとんど芸術だった。


 懐かしさを感じる。


「旦那様、火を」


 レイが静かに告げる。濡れ羽色の長髪が肩を揺らし、黒の瞳がこちらをまっすぐに見つめていた。


 その声に従って、俺は手のひらの前に青い炎を創り出す。高温、殲滅用。無意識に、いつもの癖で威力を高めすぎていたらしい。


「赤くていいです。もっと温度を下げてください」


「あ、ああ……」


 レイの指摘に慌てて調整を加える。思えば、何かを焼き尽くすつもりはない。調理なのだから、それに合った火加減が必要だ。俺は何をしているんだか。


 調整した赤い炎を浮かべると、レイは無数の触手で支えた肉片の束を、まるで舞うようにその上に翳した。一枚一枚、丁寧に、炙っていく。


「……その触手って、燃えても大丈夫なのか?」


 思わず尋ねる。レイの今の身体はスライム体ではないが、指輪から展開されているとはいえ、あれほど炎に近づけていて平気なのだろうか。


「変身していれば、材質の構成ごと変わりますから。たとえば、こうして鉄板の形にすれば、その通りの強度になりますし」


 言いながら、いくつかの触手をまとめて鉄板状に変化させてみせる。黒く艶めいた板が、焼ける音とともに肉を焦がす。均一な焼き加減。見事としか言いようがない。


 ……俺が創った指輪なのに、俺の知らない使い方をしているとはな。


 本当に、流石だよ。言葉もなく、ただ素直に感嘆するしかなかった。


「フェリス、レオンも、いかがですか?」


 炙った肉の香ばしい匂いが漂いはじめた頃、レイは小さく息を整えてから、二人に穏やかに声をかけた。鉄板のように変形させた触手の上に焼き上がった肉を並べながら、控えめに振り返る。


 塩を軽く振っただけの素朴な料理だが、この場にいる誰にとっても、それはひときわ温もりを感じさせるご馳走だった。


「い、いいのですか?」


 フェリスは一瞬驚いたように目を見開き、戸惑いの表情を浮かべる。凛とした立ち居振る舞いを常とする彼女が、今は少しばかり肩の力を抜いている。


「はい。色々と……ご助言をいただきましたから」


 レイは黒く深い瞳を細め、やわらかに微笑んだ。真っ直ぐに返すその目は、どこか懐かしささえ感じさせる優しさを湛えている。


 フェリスは少し視線を逸らしたあと、恥ずかしそうに頬をかすかに染めて苦笑する。


「……レイさんは、意地悪ですね?」


 その言葉は、責めるよりも、むしろ親しみの滲むものだった。


 レイとフェリスのあいだで、かつて何があったのか──俺には正確なところはわからない。

 だが、このひとときの空気だけで、少なくとも今は、穏やかに向き合えているのだと伝わってくる。


 焙られた肉の香ばしい匂いが、夜の空気にじわりと溶けていく。


 ひとつ、またひとつと、焼かれた肉片が皿の上から消えていく。

 誰からともなく差し出される手。ときおり交わる短い言葉。


 空になった皿を見て、レイがもう一枚もう一枚と、肉を火に翳した。

 フェリスの手元には、いつの間にか即席の器ができていた。

 レオンが小さく頷くと、彼女がそれに肉をそっと盛る。


 俺も少しだけ食べたが、残りはレイの口元に突きつけた。

 少し困ったような顔をしていたが、彼女は自分ではほとんど食べていなかった。

 だから、文句を言われても止める気はなかった。


 火の揺らめきに照らされた顔には、それぞれの影と光が浮かんでいた。

 小さな笑い声が、風に乗って、遠くへと流れていた。

 個別情報一覧ステータス


 名前ネーム:シン・エルヴァディア

 種族レイス:アビス・オリジン

 能力アビリティ

 ・創造クリエイト:Lv.MAX

 ・全能オールマイティ:Lv.MAX

 技術スキル

 ・模倣コピー:Lv.MAX

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ