16-求愛
「……で、なんでこんなことをしたんだ?」
俺──シン・エルヴァディアは、深紅のドレスをまとった女に、できるだけ冷静に問いかけた。
ミリアリア。金色の髪に、血のように赤い瞳。いかにも吸血鬼然とした容姿だった。
「貴方が、いい男だったからよ」
即答だった。迷いのない返しに、俺の眉がわずかに動いた。
「それがどうして、こんな手荒な真似に繋がる?」
「強引にでも、既成事実を作ってやろうと思ったのよ」
気づけば、彼女は俺の背後に立っていた。攻撃の気配はない。代わりに、柔らかな感触が背中に押し当てられる。
……どうやら本気で、アプローチをかけてきているらしい。
「別に、私だけを選んでとは言わないわ。……それでも、どう?」
「魅力的な提案だな」
正直に言えば、ミリアリアは十分に魅力的だった。妖艶で、品もある。背後から伝わる体温も、それを裏付けている。
「私、貴方の血を吸ってみたいのよね」
「……それが目的か?」
吸血鬼という種族が血を糧とするのは、知識として知っている。
「違うわ。私ほどの存在になれば、吸わなくても生きていける。
それに、好みじゃない相手の血なんて吸いたくもない」
そう言いながら、彼女の牙が俺の肩をそっとなぞった。くすぐったい感触が残る。
「……ねえ、もっと貴方のこと、知りたい。
いろいろ、聞いてもいい?」
「答えられることは……少ないと思うけどな」
俺には記憶がない。過去を語るにも、材料が足りなさすぎる。
「ねえ、あのレイって女。あれは、貴方の女なの?」
「……は?」
意外な質問に、間抜けな声が出た。
「なんでそう思った?」
俺にはその記憶はない。
そうかもしれないと思ったことはあったが、レイの性格で打ち明けてこないということは、それはつまり、そんな事実は無いと考えていた。
「その反応……やっぱり、何か心当たりはあるのね?」
ミリアリアは、確信があってこの質問をぶつけてきたのだとわかった。
「やだ、ちょっと。そんなに動揺しないでよ」
軽く笑いながら、からかうように言ってくる。
「……そんなに動揺してるように見えるか?」
「見えるわよ。そんなに強いくせに、なにを怖がってるの?」
──何を、怖がってる?
「……わからない」
正直な気持ちだった。自分でも、何に怯えているのかわからない。
「じゃあ、話を戻すわ。
つまり、レイという女が妻だったという記憶は、貴方には“ない”のね?」
「ああ、ない」
答えた瞬間、何かが胸の奥で鈍く動いた気がした。何も思い出せていないはずなのに、何かが、ざわつく。
「俺からも、ひとつ聞いていいか?」
「いいわよ。なぁに?」
「なんで、レイが俺の妻だって思った?」
問い返すと、彼女の表情に微妙な笑みが浮かんだ。
「──その秘密、話したら私のことを娶ってくれる?」
……こいつ、本気だ。
俺がそれだけの代価を支払ってでも知りたがっていることを、理解している。
「……わかった」
その答えが、どんな責任を背負うものであっても、俺は自分の過去に手を伸ばしたかった。
「……ほんと、正気?」
しかし返ってきたのは、どこか呆れたような声だった。
「え?」
「貴方ねえ……妻がいる“かも”って状態で、なんで他の女を娶る約束しようとしてるのよ?」
ミリアリアは、まるで信じられないと言いたげにため息をついた。
「……まあ、それもそうだな。けど、今の俺には、それが“わからない”んだ」
「“知らなければ無罪”ってわけじゃないでしょう?
……じゃあ、記憶を呼び起こしてみる?」
「そんなことできるのか!?」
思わず彼女の肩に手が伸びていた。強く掴んだ自覚はあった。
「ちょっと、痛いわよ」
「……悪い」
俺はそっと彼女から手を離した。
「貴方、迷子なのね。
──いいわ。助けてあげる」
その言葉とともに、彼女の鋭い牙が、俺の肩に深く刺さった。
「一瞬だけ、私の眷属になって」
「……っ!?」
その瞬間、俺の中の“何か”が燃え上がるのを感じた。
「レイ、おはよう」
俺──シン・エルヴァディアは、かつての記憶の中にいる“妻”に声をかけた。
「おはようございます、旦那様」
風に揺れる長い黒髪。静かな笑顔。白いワンピースがよく似合っていた。
思わず手を伸ばして、彼女の頭にそっと触れる。
「……どうしたのですか?」
撫でられながら、彼女は不思議そうにこちらを見上げた。
「──思い出した」
この景色、この温度。この感情。
俺は、かつて宇宙のすべてを治めた王だった──シン・エルヴァディア。
「きゃっ……!」
ミリアリア・トランジスタの身体が、何かに弾かれるように吹き飛んだ。
理由は分かっている。
彼女の眷属化によって、俺の中の力が完全に目覚め、封印されていた記憶が呼び起こされた。
だがそれは、主従のリンクを一瞬で破壊するほどの力の奔流だった。
「ゲホッ……!」
彼女が血を吐いたのは、無理もない。
吸血鬼の眷属化とは、血を通して魂を結ぶ行為。その結び目が一方的に破断されたのだ。
「……ありがとう」
俺は、感謝の言葉と共に手を差し出す。
掌から放たれた創造の力で、彼女の身体に負った損傷を修復していく。
「はぁ……っ、ほんと、無茶苦茶ね……で、私のこと、娶ってくれる?」
「思わず即答したくなるくらいには、いい女だ」
それは本音だった。
俺の心を揺らすほどに、彼女は強く、美しく、魅力的だった。
「でも……俺には妻がいる。レイを裏切ることはできない」
レイに聞かずして、勝手に決める話ではない。
「ふふっ、やっぱり。──そういうところも、好きになっちゃうのよね」
ミリアリアは微笑んだ。
「この境界、もうすぐ消えるわ。彼女と、ちゃんと話してきなさい」
「……なぜ、そこまで?」
「惚れた男には、一番いい顔をしていてほしいのよ」
「君に惚れられた男は、幸せだな」
「あら、じゃあ貴方は幸せね」
「……そう思うよ」
血の結界は、静かにその姿を消していった。
俺の視線は、ミリアリアから離れて、レイルバレルに向いていた。
個別情報一覧
名前:シン・エルヴァディア
種族:アビス・オリジン
能力
・創造:Lv.MAX
・全能:Lv.MAX
技術
・模倣:Lv.MAX




