15-神祖の吸血鬼
「……」
ここは……どこ?
「シン王、目覚めましたよ」
銀髪の、まるで天使のような女性が──私、ミリアリア・トランジスタの目に映った。
彼女は、すぐそばにいる細身の男性に語りかけている。
状況はまったく掴めない。だから、まずは彼らの関係性を調べることにした。
“血眼”を使用。
褐色肌の男性と目の前の銀髪の女性──この二人には血の繋がりこそないが、家族同然の絆があるようだ。
一方で、黒髪の女性と灰色髪の男性のあいだには、かつて“家族に近い何か”があった気配が、薄く掠れたように残っている。
それは、壊れて消えかけた絆の残響。
褐色の騎士と銀髪の女、そしてあの灰色髪の男性。三人の間にもつながりはある。
けれどそれは、血縁でも家族でもない。もう少し曖昧で、どこか距離のある関係……そんな印象。
黒髪の女性と、褐色の騎士と銀髪の女は、ほとんどつながりを見つけられなかったわ。
「……身体が、暖かい」
何かしらの加護か、魔力の干渉がある。目覚めたばかりの私でも、それは感じ取れた。
「良かった。意識ははっきりしてますか?」
銀髪の女性が、やわらかい声で問いかけてくる。
「ええ、ありがとう。……あなたたちが、助けてくれたのね?」
起き上がろうとしたそのとき、彼女にそっと肩を抑えられた。
「起き上がれば、その美しい肢体が丸見えになってしまいますよ」
その言葉で、ようやく自分が何も身につけていないことに気がついた。
そんなことで恥じるような年齢ではない。けれど、改めて言われると、やっぱり少しは意識してしまうものね。
「シン王とレオンは、あちらを向いていてください」
銀髪の女性がそう言った瞬間、彼女の背に六枚の翼がふわりと広がった。
天使“のような”ではなく、本当に天使なのだとわかる。
彼女は六枚の翼で、私の身体を周囲から隠してくれた。
その翼はとてもキレイだったわ。こんなことの為に使っていいのかしら?
「これに着替えてください。サイズの微調整は──」
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
私は静かに立ち上がり、自分の手首をそっと噛んだ。
牙が皮膚を破り、にじんだ一滴の血が地面に落ちる。
その血液は、やがて私の足元を中心に、静かに、薄く広がっていった。
次第に深紅の布となり、滑らかに私の身体を包み込む。
「美しいですね。……羨ましいです」
そう口にした銀髪の女性は、とても容姿が整っていた。
下手をすれば──いえ、正直に言って、私よりも整っているかもしれない。
そんな彼女が、私の身にまとった深紅のドレスを見て、静かに感想を述べた。
「そ、そう言われると……少し照れるわ。
特に、貴女みたいに綺麗な人に言われたら」
本当に綺麗な人から褒められると、さすがに照れてしまう。
……寝起きだから、余計に気が緩んでいるのかもしれないけれども。
「あら、ありがとうございます。
でも、そんなに謙遜しなくてもいいんですよ。貴女も、とてもお綺麗です」
彼女の声には穏やかな響きがあって、まるで相手を包み込むようだった。
目の前の女性は、私よりも落ち着いていて──どこか、精神的に大人びた印象を受けた。
「シン王、こちらを向いても大丈夫です」
彼女は視線を私から背後の細身の男性へと向けた。
声を受けて、彼がゆっくりこちらを振り返る。
華奢な体つきに、飾り気のない黒ずくめの服装。
どこか無頓着で、洒落っ気など微塵も感じられない。それでも……
顔立ちは、私の好みだった。
灰色の髪。夜空を映したような瞳。
その目を見た瞬間、彼が秘めている力に気づく。
底知れない、圧倒的な力。
そして、私は思い出した。
なぜ自分がここにいるのかを。
私は吸血鬼。神組の吸血鬼と呼ばれていた。
その力を、神々は恐れた。
故郷を壊され、抗い、そして……封じられた。
殺せなかった。だから、封印された。
私が弱かった。それだけのこと。それ以上でも、それ以下でもない。
「俺の名は、シン・エルヴァディア」
彼は、こちらの気持ちには触れず、それでも柔らかな口調で名乗った。
「この女性はフェリス。後ろを向いているのが、レオンだ。
それから……」
シン・エルヴァディア。
姓を持つということは、それなりの身分なのかしら。
いいえ、そうでなければおかしいわ。
私が感じ取れるだけでも、神々が相手にならないほどの力を持っているもの。
「私はレイルバレルと申します。レイと呼んでくださいね」
黒髪と黒い瞳の女性が、すっと目の前に現れる。
その動きに、わずかに胸が跳ねたけれど、顔には出さなかったつもりよ。
「私はミリアリア・トランジスタ。吸血鬼よ」
助けてもらったのだから、いつまでも警戒していても仕方ない。そう思って、私は素直に名乗った。
それに──シン・エルヴァディア。
あの男のことが、どうしても気になっていた。
王と呼ばれているらしく、顔も体つきも、私の好みにどんぴしゃ。
何より、彼が持つ力……あれほどの存在感を感じ取れる時点で、私を封じた神々をも上回っているのは明らかだった。
しかも、あんなに優しそうに話すのよ?
ここまで揃っていて、心が揺れない女なんているのかしら。
「……シン王って、呼べばいいのかしら?」
少し踏み込んでみることにした。
「いや、勝手にあいつらがそう呼んでるだけだよ」
彼はすぐに否定したけれど、その言葉はどうにも謙遜に聞こえる。
私の目から見ても、彼が“王”と呼ばれるのは自然なことに思えた。
「それで……あなたは、何者なの?」
一度はその謙遜を受け入れる。否定するのは、かえって野暮だもの。
「俺は……何者なんだろうな。
実は昔の記憶がなくてさ。最近になって、ちょっとだけ思い出したりもするけど……」
そう言って、彼は照れくさそうに頭をかいた。
その仕草はまるで庶民のそれで、王族らしさなんて微塵もなかった。
「ねえ、ちょっと手荒な真似をしてもいい?」
彼のすぐそばに歩み寄り、耳元でそっと囁く。
「……何をするつもりだ?」
彼の訝しむような表情。直後、褐色肌の男が素早く武器に手をかけたのが視界に入った。
優秀な騎士ね。ただ、殺意も敵意もなければ反応が遅れる──それが、戦士という存在の限界でもある。
私は自分の腕に爪を立て、鋭く引き裂いた。
迸った血が弧を描き、空間に散る。
血液は瞬く間に霧のように広がり、私と彼とを包み込んだ。
境界の外から中は見えず、私たちにも外は見えない。
これは、吸血鬼に許された最強の結界術。
ここはもう、他者の干渉が及ばない“内側”。
「てめえっ……!」
騎士──レオンが怒声を上げた。
「気にするな、レオン」
シンは落ち着き払っていた。驚きも、警戒もない。
周囲の騎士や天使ではどうにもできない結界。
今この瞬間、この結界の内側において、彼は私の問いに真正面から向き合える場所にいる。
私と対峙しても、怯えることなく、冷静でいられる男。
私は、ますます彼という存在に興味が湧いてしまうのだった。
個別情報一覧
名前:ミリアリア・トランジスタ
種族:ディヴァイン・ヴァンパイア
能力
・吸血:Lv.ERROR
・血眼:Lv.ERROR
・血培養:Lv.ERROR
・血覚醒:Lv.ERROR
技術
・血闘術:Lv.MAX
・血技術:Lv.MAX