14-十字架
「……雰囲気が変わったな」
今までのような岩肌とは違って、いかにも人工物らしい金属壁が連なっていた。
「俺より前に出るなよ。ゆっくり行くぞ」
レオンが大盾を構えて、俺たちに後ろを固めるよう促す。
「任せる」
もしレオンがやられたら、すぐに撤退して応急処置をしなきゃいけない。
だから俺は、進んだあとの道に変化がないか、神経を尖らせていた。
進むペースはさらに落ちた。
でも、これだけ警戒してたのに──何も起きなかった。
襲われることも、誰かと出会うこともなかった。
その代わりに、一枚の分厚い鉄扉に行く手を塞がれた。先に進むことができなくなった。
「……どうする?」
レオンは扉から目を離さずに、後ろの俺に判断を仰ぐ。
こういうとき、気を抜かないあたり、さすが歴戦の騎士って感じだ。
「進むには壊すしかないだろ」
「んじゃ、壊すぜ」
レオンが大鎌を振りかぶって、勢いよく鉄扉に叩きつけた。
……今さらだが、自分より大きな鎌と盾を一緒に持ち歩いてるって、ちょっとやりすぎじゃないか?
でもまあ、その“やりすぎ装備”も、今回は通用しなかった。
ガンッ!
「いってぇ……」
衝撃で腕が痺れたのか、レオンは武器を落としかけていた。それでもちゃんと踏ん張ってるのは流石だな。
「……レオンが斬れないとなると、ちょっと面倒ですね」
フェリスが手を口元に当てて、どうするか考え込み始めた。
「俺がやってみてもいい?」
「あ、はい」
「どうぞ」
フェリスがレオンを下がらせてくれて、レイも俺の通り道を作ってくれた。
この鉄扉がどのくらい硬いのか、自分の拳で試してみたくなった。
腰を落として、拳を構える。
一歩踏み込んで、全身の力を拳に乗せ、思いきり鉄扉に叩きつけた。
ドンッ!
拳がぶつかった瞬間、地面がクレーター状にめり込んだ。
その勢いに耐えきれず、鉄扉は一気に吹っ飛んでいった。
「まじ……かよ」
「すご……」
「さすがです」
レオンとフェリスは、目を丸くして驚いていた。
一方でレイは、特に驚いた様子もなく、まるで「いつも通り」とでも言いたげに、静かに頷いていた。
「シン王、後ろに」
レオンが何かに気づいて、俺の前に立ち、大盾を構えて鉄扉の奥を見据える。
「“加護”と“封滅結界”を付与します」
フェリスが手をかざすと、俺たちの身体がほのかに光をまとった。
何が付与されたのか──正直、俺にはさっぱりわからない。
「……生きてるのか?」
鉄扉の奥の奥に、ひとつの十字架を見つけた。
そこに埋め込まれた人物が見えた。見えたのは頭だけで、それ以外は十字架に埋もれているようだった。
肩にかからないくらいの金色の髪が見えていた。だが、それ以外の輪郭はよくわからなかった。
「近づかないとわかりません。行きましょう」
レイの言葉にうなずき、俺は十字架へ向かって歩き出す。
壊れた鉄扉からそこまでは、それなりに距離があった。
やがて、目の前にたどり着いた。
「……生きてそうだな。とても綺麗な……女性だよな?」
十字架の人物の、外に見える顔だけ見ると整い過ぎていて、逆に性別がよくわからない。けど、よく見ると女性っぽかった。
なんの種族なのかもわからないから、単純に女性らしい個体が多い人型の種族の可能性もある。
「能力を使ったらいいのでは?」
「他人の情報を勝手に盗み見るの、抵抗あるんだよな。殺す相手だったら、あんまり抵抗はないんだが」
レイの言葉に俺は首を横に振った。
相手の個人情報を勝手に覗くのは、あまり気持ちの良いものではない。
「それに何より面白くないんだよな。"解析眼"を使うのは」
全ての情報が何となくわかってしまうのは、酷く面白味に欠けるんだよ。
もちろん、どうしても知りたい時は、使うことに躊躇いはない。
「……ここに封印されてるの、可哀想だよな」
目の前の人物は、十字架に埋め込まれていて、身動きひとつできない。こんなの見せられて、何もせずに帰るってのは……さすがに気が引ける。
「マスターのお心のままにすべきでは?」
「言われなくてもそうするよ」
目覚めてから、レイに常に"心のままに"と言われてきた。だから、気になったらやってみる。今さら戸惑う気にはならない。
「全解」
“全解乃誓”を発動すると、十字架にヒビが入り、徐々に中の人物の身体が露わになっていく。その途中で、フェリスが一枚の布をそっと掛けた。
「私がこちらを受け止めるので、レイさんはシン王を受け止めてください」
フェリスが、十字架から解放された人物を抱きとめた。レイは彼女の指示にうなずきつつ、どこか怪訝そうな顔で俺を見ていた。
「どうした?」
その表情が気になって、俺は首を傾げる。
「お身体……大丈夫なのですか?」
そう言われて、ようやくレイの視線の意味を理解する。
「ああ、そういや……平気だな。……慣れたのかもしれない」
これまでは“全解乃誓”を使うたびに、意識を飛ばしていた。
でも今回は、まったく問題ない。むしろ、やけに元気なぐらいだ。
自分の身体なのに、何がどうなってるのかよくわかってないってのは、面倒な話だ。
しかも“解析眼”で自分を見ることもできない。まあ、そもそも自分の姿が見えないから当然なんだけど。
今は俺のことよりも優先させるべきだ。気持ちを切り替えて視線をフェリスに向けた。
「フェリス、そっちはどうだ?」
封印から解放された人物の容態を確認する。
「特に問題は無さそうですね。目立った外傷があるわけでもないので……」
「そうか。じゃあ、彼女が目覚めるまで、しばらく様子を見よう」
俺がそう言うと、フェリスは小さくうなずき、そっと膝の上に彼女を乗せたまま姿勢を整えた。
レイも傍らに立ち、何かを感じ取るように、指先で彼女の髪にそっと触れる。
「魔力の流れは……あります。ただ、すごく弱いですね。
おそらく封印による長期的な消耗。今は、眠りの中で回復している段階かと」
「じゃあ、無理に起こさないほうがいいな」
「はい。自然に回復するのを待ちましょう」
何かが壊れそうなくらい静かな空気が流れる。
誰も言葉を発さず、ただ彼女の呼吸が安定していることを確認し続けるだけだった。
俺は彼女の顔を、改めてじっと見つめた。
美しい、というよりも……整いすぎている。
人間離れした、どこか現実味のない雰囲気がある。
──とはいえ、レイやフェリスも現実離れしてる。フェリスは特にそうだ。知らない人が見ても天使だとわかるだろう。
だから正直、驚きはそこまで大きくなかった。
むしろ「またすごいのが出てきたな」ってくらいの感覚だ。
たしかに綺麗だけど、目が慣れてしまっていた。
「レオン、鼻の下を伸ばさない」
「うぇ……んなことしてねえって……」
フェリスにぴしゃりと釘を刺されて、レオンはどこか気まずそうな顔をしていた。
容姿だけで言うなら──封印から解かれたばかりのあの女性よりも、フェリスの方がよっぽど整っている。
なのにあっちで鼻の下を伸ばしてるって……正直、ちょっと馬鹿なんじゃないかと思ってしまった。
俺はというと、彼女を見ても特に何も思わなかった。
やっぱり、いつも隣にはレイがいるからかもしれない。
免疫というか、耐性がついてるというか……
……“いつも隣にいる”?
そう思った瞬間、自分の中に引っかかりが生まれた。
もしかして……俺とレイって、そういう関係だったのか?
思い出したわけじゃない。けど、これまでの彼女の振る舞いを振り返ると──そうとしか思えない気もする。
でもな、それならレイの性格上、「私はあなたの妻です」くらい、平然と口にしていてもおかしくないはずだ。
「……どうしました?」
声に出してはいなかったはずなのに、レイがこちらに問いかけてきた。
「いや、なんでもない」
気づけば、彼女のことをじっと見つめていたらしい。
そう指摘されて、俺はちょっと気まずくなって、慌てて視線を逸らした。
個別情報一覧
名前:シン・エルヴァディア
種族:???
能力
・直感:Lv.MAX
・個別情報一覧
・創造:Lv.MAX
・暗視:Lv.MAX
・解析眼:Lv.MAX
・火魔法:Lv.MAX
・雷魔法:Lv.MAX
・全解乃誓:Lv.ERROR
技術
・格闘術:Lv.MAX