11-本音と建前
私──レイルバレルは、主従の義を執り行うための魔法陣を描いていた。
私にはフェリスが、マスターの名を敢えて告げた意味がわからなかった。
彼女には、私が過去に触れてはならない理由を話したはずなのに、何故そんなことをしたのか……本当に理解ができなかった。
後で聞くしかない。聞くことしかできない。話してくれるかはわからない。
聞いたところで理解できるかもわからない。会話とは、所詮はコミュニケーションを取り合うものであって、何かを理解させる道具ではないから。
やがて、私は儀式に使う魔法陣を描き終えた。
何度も行ってきた儀式。それでも彼は、使い方すらも覚えていなかった。
「マスター、彼らに名を」
「わかった。……どうやって使うんだ?」
問い返されたとき、胸の奥にわずかな痛みが走った。
思い出していないのだと、あらためて突きつけられた気がした。
過去の記憶を失っていることは、知っていたはずなのに。
いや、むしろ私は──彼が新たに生きることを願ったのに。
なのに、どうしてこんなにも、思い出して欲しいと願ってしまうのだろう。
「陣の中央に立ってください」
彼が失った手順を、私はひとつずつ教える。
「レオンさん、フェリスさん。あなたたちは、周囲に」
必要な配置を終えたところで、彼が言った。
「レイ、お前もだ」
「私は結構です」
その厚意は受け取れなかった。
……もう、十分過ぎるほど貰っている。
昔に。記憶の向こう側で。
「では、地面に手を」
彼は素直に従い、手のひらを魔法陣に置いた。
「魔力を注いでください。……そのまま、意識を通してください」
主従の義は、魔力に限らず、気力や神力でも成立する。
けれど彼にとって、魔力が最も扱いやすい力であることは知っていた。
注がれた魔力が陣に流れ込んだ瞬間、レオンとフェリスの足元が淡く、そして次第に強く輝き出す。
「付けたい名を、告げてください」
彼はひと呼吸置き、静かに言った。
「レオン・エルヴァディア、フェリス・エルヴァディア」
その瞬間、魔法陣の輝きが一段と増した。
主が名を与えた──眷属の契りが、確かに結ばれた。
「レイ……なんか、また身体が重いんだが……」
ふらつく足取りで、彼はようやく立っていた。
目元を擦る仕草が、少しだけ無防備だった。
「名付けは、実質的に“眷属化”ですから。力の一部を、他者に渡す行為です」
眷属化。それは他者に名を与え、己の力の一部を預ける行為。
彼ほどの存在の力が、ほんの僅かでも移れば、それはもう、他者にとっては別格の祝福となる。
「……なる、ほど」
彼はその場に座り込んだ。思った以上に、力を削がれたらしい。
レオンとフェリスは、自身の手を見つめていた。驚きと戸惑いと、言葉にならない何かが、視線に滲んでいた。
「すげぇ……」
「凄い……ですね……」
当然の反応だろう。
彼の身には、かつて宇宙さえ呑み込むと言われた、異質な力が宿っている。
その力の一部を手にすれば、全能感に似た錯覚が訪れるのも、無理はない。
それがわかっていても、私はマスターの姓を名乗る気にはならなかった。
その姓は私がかつて名乗ることを許された響きであり、言葉であるからこそ、新たに拝名する気にはなれなかった。
過去の私は、マスターに愛され守られるだけの生を過ごしていた。
マスターは、他の可愛い女子を複数娶ることだって、昔の彼だったら余裕だったはずなのだ。
けど、私が居るからと、そんな事はしなかった。それは一種の心地良さがある反面、私自身が宇宙を統治する王と釣り合うのか、という疑問を生んだ。
……だから、記憶を失った彼だからこそ、私のことなど忘れてくれて構わない。
何も気にせずに、何も考えずに、自分の自由に生きて欲しいと切に願う。
「マスター、また少しおやすみください」
私は座り込んでしまった彼をそっと抱える。
「……なんか、ほんとに、眠って、ばかり…だな」
「いいじゃないですか。寝る子は育つと言いますし」
その言葉に応じることもなく、私の腕の中で、彼は静かに目を閉じた。
星のような瞳が消え、灰色の髪が、わずかな風に揺れる。
ここはダンジョンの奥深く。それでも、風が吹くことはある。
その理由は知らないが、今この風だけは、妙に心地よかった。
けれど、言葉にならない何かが、ただひたすらに渦巻いていた。
個別情報一覧
名前:レイルバレル
種族:イモータルスライム
能力
・個別情報一覧
・全耐性:Lv.MAX
・物理無効:Lv.MAX
・溶喰:Lv.5
・変身:Lv.4
・分裂:Lv.2
・結合:Lv.2
技術
・体術:Lv.6




