9/12
第9章 触れられない距離
研究室の空気はいつもより重く、静かだった。
陸と楓は向かい合って座っているが、間に見えない壁が立ちはだかっているようだった。
「もう少し近づきたいのに……」
陸の心の声が聞こえる気がした。だが、彼の体はそれを許さない。
ほんの少しの接触さえ、体に激しい反応を引き起こす。
「僕たちは、どうしても“触れられない”」
楓はそっと陸の手を見つめた。
「でも、心は繋がってるよね?」
陸はうなずいた。
「うん。でも、それだけじゃ足りない時がある」
彼女は微笑んだ。
「だからこそ、私は工夫する。君が安全に過ごせる方法を、一緒に考えたい」
その言葉は、陸の心に染み渡った。
触れ合うことができなくても、心はいつだって近くにある。
***
その日、楓は特殊な素材で作られた薄いバリア手袋を持ってきた。
触れても陸の皮膚に刺激を与えない、特注のものだった。
「これなら、少しは近づけるかもしれない」
陸は手袋をはめた楓の手を見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。
その瞬間、世界が少しだけ優しくなった気がした。