第7章 心のバリア
研究室に戻った陸は、胸の奥に何かが引っかかっているのを感じていた。
楓と交わした約束は確かなものだった。だけど、体が許さない感覚が、どうしても拭えなかった。
「好きになってはいけない」——
それは彼の心のバリアだった。
過去の痛み、拒絶、絶え間ない孤独。
陸は何度も心にその壁を築いてきた。傷つかないために、誰も近づけないために。
楓はいつもそこにいるのに、彼は自分を守ろうとして距離を置いた。
「……僕は、君に触れられると死ぬかもしれない」
陸の声は震えていた。
「それでも、君は僕のことを見てくれる?」
楓は静かに頷いた。
「私は陸くんの体じゃなくて、心を見てる。君の痛みも、不安も、全部。たとえ触れなくても、私はここにいるよ」
その言葉は、陸の心の硬い壁に、少しだけ亀裂を入れた。
***
ある日、楓が小さな箱を持ってきた。中には手作りのマスクと、香料無添加のスキンケア用品が入っていた。
「陸くんが安全に過ごせるように、少しでも役に立ちたい」
彼女の優しさに、陸は涙をこらえた。
「ありがとう……楓」
彼の心はまだ完全には開かない。けれど、確かに彼女との距離が縮まっていくのを感じていた。
心のバリアはまだ厚いけれど、二人の絆は、少しずつ、ゆっくりと紡がれていった。