第四章 いちかが見た夢
夜の静けさが、陸の新しい家を包んでいた。
柔らかな月明かりが窓から差し込み、いちかの毛並みを銀色に染めている。
いちかは、深い眠りの中だった。
小さな胸が上下に揺れ、夢の中で何かを追いかけているように、前足がそっと動いた。
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夢の世界のいちかは、まるで別の生き物のように大きくて力強かった。
広大な草原を駆け抜け、風を切って走るその姿は、自由そのもの。
空には光る蝶が舞い、彼女はそれを追いかけながら、嬉しそうに吠えていた。
だが、ただの夢ではなかった。
その夢の中で、いちかは不思議な力を手に入れていた。
体中から柔らかな光が溢れ、触れるものすべてに癒しを与える力——。
草花は一瞬で咲き誇り、小川の水は澄み渡り、病んだ小鳥が元気に飛び立った。
いちかが一歩踏み出すごとに、周囲の景色は鮮やかさを増し、まるで魔法のように世界が変わっていった。
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一方、現実の世界では、陸がふと目を覚ました。
隣でいちかの呼吸が乱れているのに気づき、そっと体を撫でる。
「大丈夫か、いちか……?」
いちかは一瞬、目をぱちりと開けて、陸をじっと見つめた。
その目はまるで、夢の中の輝きを宿しているかのようだった。
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次の日、陸はいつも以上にいちかと過ごす時間を大切にした。
散歩中、いちかは普段よりも元気に走り回り、まるで何かを伝えようとしているかのようだった。
陸は不思議に思いながらも、ただその純粋な姿に心を癒されていた。
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その夜、楓が再び訪ねてきた。
「ねえ、聞いてほしいことがあるの」
楓は真剣な顔で話し始めた。
「研究所で、新しい治療法の実験がうまくいったの。
それが、アレルギーを根本的に減らせる可能性があるって」
陸の胸に、希望の光が差し込んだ。
「いちかの夢は、きっと何かの兆しなんだ……」
そう思うと、陸の心は未来への期待で満たされていった。
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その夜、陸は眠れずにベッドの上でじっと天井を見つめていた。
いちかの夢の話と楓の言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
“もし本当に新しい治療法があるのなら……”
“いちかの不思議な力も、何か意味があるのかもしれない”
そんな思いが、彼の胸を熱くする。
翌朝、いつもより少し早く起きたいちかを連れて、陸は再び散歩に出た。
朝の空気は澄み、草の香りが鼻をくすぐる。
歩きながら、陸はいちかの様子をじっと観察した。
普段は慎重に足を運ぶいちかが、今日はまるで何かに導かれるように、まっすぐ前を見て歩いている。
その先には、小さな丘があった。
いちかはそこで立ち止まり、見上げるように空を見つめた。
すると、薄い霧の中から、柔らかな光が差し込んできた。
まるで、いちかの夢の世界が現実に現れたかのようだった。
陸は思わず息を呑む。
「いちか……君は、何を見ているんだ?」
いちかはゆっくりとこちらに振り返り、少しだけ尻尾を振った。
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
***
その日、陸は研究所に向かい、楓と落ち合った。
実験室の中で楓が手渡したのは、小さな試験管と新しいデータだった。
「これが新しい治療法の原理。アレルゲンに対する体の過剰反応を抑え、免疫のバランスを整えるんだ」
陸は真剣に説明を聞きながら、心の中で誓った。
“自分だけじゃない、いちかも、楓も、みんなでこの壁を乗り越えたい”
研究所の窓から見える青空は、どこまでも広くて澄んでいた。
***
夜、家に帰るといちかがいつものように玄関まで走って迎えてくれた。
その瞬間、陸は心の中で強くつぶやいた。
「ありがとう、いちか。君がいるから、僕は強くなれる」
いちかはその言葉を理解しているかのように、彼の足元で優しく鼻を鳴らした。
窓の外では、静かな星空が広がっていた。
その星の光が、まるで新たな未来を祝福しているように、キラキラと輝いていた。




