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100ものアレルギーを持つ男  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
第二部:春風と柴犬の名前
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第一章 新しい家、新しい命

春の光が、まだ家具の少ないリビングにやわらかく差し込んでいた。

 白を基調とした部屋の中心で、陸は段ボールをひとつずつ開けていた。


 引っ越しを終えたばかりの新しい家。

 アレルゲンを徹底的に排除した素材と空調設計によって作られた、**「生きていける家」**だった。


 研究機関の協力もあり、最新の空気清浄システム、特殊加工の床材、低刺激性の壁紙が整えられている。

 何より、この家には「自由に深呼吸ができる安心感」があった。


 窓を開けると、春の匂いがふわりと入ってきた。

 鼻が少しムズムズしたが、それはもう「恐怖」ではなかった。


 陸は、静かに部屋を見渡す。

 広くはないが、天井が高くて、光がよく入る。

 彼が「この家に住みたい」と決めた理由は、間取りでも性能でもなく——


 この家には、小さな庭があったからだった。


 そこに、彼の新しい家族がやってくる。


 ***


 「いちか、こっちおいで!」


 玄関のドアを開けて、楓の明るい声が響いた。

 短い足音がぴたぴたと続き、現れたのは、少し緊張気味な柴犬だった。


 耳がぴんと立ち、尻尾はくるんと巻いている。

 警戒しつつも、好奇心でキョロキョロしているその姿は、どこか昔の陸に似ていた。


 「はじめまして、いちか」


 陸はしゃがんで、手を伸ばした。

 だが、無理に触れようとはしなかった。彼にとってそれは、過去の恐怖と向き合う行為でもあったから。


 いちかはくんくんと陸の指先を嗅いだあと、小さく鼻を鳴らして、ぽすんと彼の膝の上に顎を乗せた。


 それは、「ここが安心だよ」というサインだった。


 楓が少し驚いた顔で言った。

 「……懐くの早いね、この子」


 「僕もびっくりしてる。たぶん、僕ら似てるんだと思う」


 いちかの背を、そっと撫でる。

 アレルギー反応は、出なかった。


 恐れていた「犬アレルギー」は、もう昔の話だった。


 ***


 夜、引っ越し祝いとして、楓が炊いたお米とだし巻き卵の入った小さな食事を用意してくれた。

 以前は避けていた「米」も「卵」も、今の陸は少しずつ食べられるようになっていた。


 「……おいしい」


 そう口に出すのが、恥ずかしくて、でも嬉しかった。


 「すごいことだよね」

 楓はにっこり笑って言った。

 「君は“アレルギー”から逃げるんじゃなくて、向き合って、自分で未来を選べるようになったんだよ」


 陸は照れくさそうにうなずいた。

 いちかが足元で丸くなり、くうくうと寝息を立てている。


 この場所で、もう一度生き直せる。

 誰かと一緒に、名前を呼び、触れ合い、笑い合える。


 ——これは奇跡じゃない。

 たしかに積み重ねてきた「選択」の、結果だった。


 新しい家で、始まった新しい命。

 それは、かつて“生きることに怯えていた少年”が、はじめて掴んだ春だった。


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