13/34
プロローグ:春がきた
春風が頬を撫でる季節。
陸ははじめて外の空気を“怖くない”と感じた。
花粉症用の眼鏡もマスクも、今では予防程度。
薬と心の回復は、確実に彼を自由へ導いていた。
そして——
陸は、柴犬と暮らすという新しい夢を叶える準備をしていた。
きっかけは楓がスマホで見せた、1匹の小さな柴犬の写真。
「この子、保護犬なんだけど……すごく、陸くんみたいな目をしてるの」
その犬の目は、どこか怯えながらも、誰かを信じようとしているように見えた。
「名前、つけてくれる?」
楓の問いに、陸は少し迷って、そして口にした。
「……いちか、ってどうかな」
「いちか?」
「“一か八か”の“いちか”……今の僕みたいでさ。怖くても、一歩踏み出してみたいんだ」
楓は微笑んで、彼の手をそっと握った。
「その一歩、私も一緒に踏み出すよ。いちかと一緒にね」




