第12章 アレルギーが消えた日
白い診察室に、朝の光がやさしく差し込んでいた。
陸は医師からの検査結果の紙を両手で握りしめていた。
「これは……どういうことなんでしょう?」
紙に書かれた数値は、明らかに変化していた。
彼の犬アレルギー、米アレルギー、卵アレルギー、そして花粉アレルギーのIgE値が、
これまでにないほど低下していたのだ。
「体質が変わってきているのかもしれませんね。投薬だけでは説明がつかないほど、急速な変化です」
医師の声に、陸は思わず楓の顔を思い出していた。
彼女と触れ合い、心を許し、マスクを外して——
あのキスの夜から、何かが変わった。
心と体は、まるでつながっているように。
恐怖と孤独で閉ざしていた陸の体は、少しずつ自分自身を許し始めていたのかもしれない。
***
研究室に戻った陸は、検査結果を手に、楓の元へ向かった。
「……見てほしい」
楓がゆっくり紙を受け取った。
そして目を走らせると、ふっと笑みを浮かべた。
「すごい……」
「ねえ、これってもしかして——」
「うん。君の“心のアレルギー”が、少しだけ溶けた証拠かもしれないね」
陸は、静かに微笑んだ。
「楓。僕、やっと“普通に生きたい”って思えるようになった。君とごはんを食べて、君の飼ってる柴犬を撫でて……そんな未来を、本気で見たいって」
楓の瞳が、涙で揺れた。
「じゃあ、今日から始めよう。少しずつ、君の“普通”を増やしていこう」
窓の外には、花粉が舞う季節の風。
でも、陸はもう顔を背けなかった。
それは、100ものアレルギーに打ち勝った“希望のはじまり”だった。




