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100ものアレルギーを持つ男  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
第一章 触れられない恋
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第10章 君の名前を呼びたい

夜、研究室の廊下に陸の足音が響いていた。

 清掃のスタッフが通った直後の床に、彼は決して足を滑らせないように歩いていた。


 それは彼の慎重さの表れ……というよりも、

 彼の“もうひとつの秘密”のせいだった。


 ——陸は、極度の潔癖症だった。


 アレルギーを理由に、すべてを避けてきた。

 でも本当は、それだけじゃなかった。

 目に見えない汚れが怖かった。菌、皮脂、埃、微粒子……それらが、自分を“汚す”気がしてならなかった。


 触れることの恐怖は、アレルギーだけじゃなかったのだ。


 そんな自分を、誰にも言えなかった。


 ***


 ある日、楓が呼んだ。


 「陸くん、これ、見て」


 モニターには、彼の抗アレルギー薬の効果試験データが映し出されていた。

 副作用は少なく、皮膚反応も減少。安定していた。


 「これなら、外に出られる日も近いかもしれないね」


 陸は小さく頷いた。でも、顔は晴れなかった。


 楓はそんな彼を見つめたまま、ふっと声を落とした。


 「ねえ、陸くん。呼んでもいい? フルネームじゃなくて、ちゃんと……名前だけで」


 陸は驚いたように目を見開いた。


 「……“陸”って?」


 「うん。“陸”って呼びたい。私はずっと、“患者”としてじゃなくて、“君自身”を見てきたから」


 陸の心が、わずかに震えた。


 彼の中のもうひとつのバリア——潔癖という名の心の壁が、少しだけ揺らいだ。


 「……いいよ、楓」


 それは、初めて彼が自分の意思で楓を名前で呼んだ瞬間だった。


 その一言に、二人の距離がほんのわずか、近づいたような気がした。

 まだ触れられなくても、

 “名前”で触れ合える距離がある。


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