08 ティアラと耳飾りと
「ファナ、これが君のパリュールだ。護符にもなっているから、できるだけ毎日身に着けてほしい。」
ファナの属性判定と魔力量評価の次の日、朝一番でファナの部屋を訪れたエリオットは、彼女に美しいジュエリーボックスを開けて差し出した。
中には、ティアラ、ネックレス、イヤリングのセットで、銀色の繊細な植物を模した意匠に、丸く砥ぎ出された黒い石が配置されている。黒い石は見る角度を変えると、七色の光が浮かび上がった。
ファナはエリオットとアクセサリーを交互に見比べて、戸惑いを隠せない。エリオットは照れくさそうに頬を赤らめて、ファナに微笑む。
「この国では、王子は召喚した自分の聖女に装身具を贈る習慣があるんだ。聖女を召喚することは、前々から決まっていたから、地金の部分は以前から作らせていて―――石は、君の魔力量の測定が終わってから、すぐに用意させた。これは、王国の北の方にあるカル・ノグル山地で採れる黒曜石で、磨くと七色の光を宿す。全属性持ちの君にピッタリだろ?」
いくらかでも、心にやましいものがある者は、得てして饒舌になるものである。
エリオットは、ジュエリーボックスをファナに押し付け、ティアラを取り出す。結い上げている髪を崩さないよう注意深く、宝石が額に下がるよう取り付けた。
「綺麗だ。すごく似合ってるよ。聖女のティアラって、エルフ王女のティアラと同じ形なんだって。初代聖女がエルフだったかららしいよ。」
「エルフ?」
「うん、何百年も昔、原初の森に棲んでいたっていう、気高い長寿の種族かな。もうこの大陸にはいないんだけどね。」
エリオットは満足げにうなづくと、今度はイヤリングを取り出す。が、既にファナの耳には、大きな輪の形をした土製の耳飾りがはまっていた。
「えーと、イヤリングはもうついてるね……それどうやってつけてるの?」
エリオットが聞くと、ファナは黙って右耳の耳飾りを外して見せる。
「え……穴が開いてるの?すごく大きいね、指、3本分はあるかな……?」
「私は、カムナギィだから村で一番大きな耳飾りを付けてました。小さな頃から耳飾りを付けて、だんだん穴を大きくしてきたんです。耳飾りを付けることは、村の女の誇りです。」
ファナは誇らしげに胸をそらす。
「そうか、じゃあ、その耳飾りを参考に新しいのを作らせるから、僕に耳飾りを贈らせてもらえないかな?その耳飾りは、土で出来てなきゃいけないとか、決まりはある?」
エリオットが聞くと、ファナは耳飾りを穴に戻して首を横に振った。
「いいえ、木や骨で出来たのもあったので、何でも大丈夫です。あ、でも、もしお願いしていいなら、少しだけ大きなものにしていただけますか?」
「良いけど、まだ穴を大きくしたいの?」
「ええ、その……身に着ける耳飾りが、大きければ大きいほど……美しいので……」
はにかんで微笑むファナに、エリオットはまた頬を赤らめる。
「わかった。なるべく早く用意する。」
エリオットはイヤリングを戻すと、今度はネックレスを取り上げて、ファナの首に着ける。
ティアラとそろいの繊細なモチーフは、ファナを貴婦人のように見せた。
「カル・ノグル産の黒曜石は、魔力を込めたり、護身の魔術を刻んだりするのに優れているんだ。いくつか君を守る術式を刻んでおいたから――。」
「……こんな素敵なもの、ありがとうございます。エル様の魔力が感じられて、なんだか安心します」
ファナはネックレスの石にそっと指先で触れた。指先の動きが慎ましく、どこか慈しむようだった。
しばし沈黙が流れる。
「でも――どうして、こんなに良くしてくださるのですか?」
ふいにファナが問いかける。エリオットは一瞬言葉に詰まり、目をそらした。
「……だって、君は……僕の聖女だから」
その声はかすかで、ファナには聞き取れなかったようだ。
「え……?」
聞き返され、エリオットは小さく咳払いをして言い直す。
「……ずっと、楽しみにしていたんだ。聖女を召喚するのを。だから……君に何でもしてあげたくなる」
「……そう、なんですね……ありがとうございます」
今度はファナの方が、照れくさそうに視線を逸らした。
「そうだ。実は、近々聖女召喚の祝賀晩餐会が開かれるんだけど……君、晩餐会って知ってる?」
エリオットがファナの手からジュエリーボックスを取り上げ、テーブルに置きながら言った。
「ばんさんかい?」
「うん。国の重臣たちを招いて、君たち聖女を紹介しつつ夕食を囲む。そういう行事だよ」
「わかりました。そちらにも私、出席するのですね。……ただ食べるだけでいいのでしょうか?それとも、料理を取り分けたり、お酌をして回ったり……?」
ファナは真っ直ぐにエリオットを見つめてくる。どこか場違いなほどに、真剣な眼差しだった。
「……会食で君は、料理を取り分けたり、お酒を注いだりして回るの?」
「はい。カムナギィであればそういった接待は免除されますが、普通の娘は重鎮へのお酌や配膳も行います。私も昔は村の集まりで――」
「ああ、それはしなくていいよ!そういうのは使用人の仕事だし、君に求められるのは……礼儀、マナーの方だね」
「……マナー、ですか」
ファナは聞き慣れない言葉を口の中で転がすように繰り返した。
「うん、マナー。こういう場合はお辞儀をするとか、肉はこういう風にナイフとフォークを使って食べる、とか。」
「……たくさんあったら、覚えきれるか……心配です。」
ファナの目線が膝に落ちる。不安というより、それは「失敗したくない」という焦りにも見えた。
「まあ、王国は、王子のパートナーが異国や異世界から突然連れてこられることが多いから、マナー自体かなり簡素化されているし、特に聖女召喚直後の祝賀晩餐会は、少しぐらい失敗しても誰も責めたりしない」
エリオットは優しく微笑んだ。
ファナはしばらく黙っていたが、やがて、はっとしたように顔を上げた。
「……私、がんばります!」
その言葉には、揺るぎない意志がこもっていた。
「ここにいる以上、相手に失礼がないようにしたいんです。敬意を伝える手段がマナーなら……私はそれを学びたい。どうか、教えていただけませんか?」
エリオットは思わず、目を見開いた。その真っ直ぐなまなざしに、どこか胸を打たれる。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべ、答えた。
「わかった。じゃあ僕が教えてあげるよ。晩餐会で必要な立ち振る舞いから、ナイフやフォークの使い方まで、手取り足取り、懇切丁寧にね?」
エリオットは、自分の言葉が少し嬉しそうに聞こえてしまったのを、咄嗟に誤魔化すように咳払いして言った。
「祝賀晩餐会は10日後だ。」