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06 公爵令嬢エリザベータ・アルセノール

「認められませんわ!認められるものですかっっ!」


 聖女召喚の儀から一夜明けた昼下がり、エリザベータ・アルセノールは大いに荒れていた。

 彼女の手に持っていた扇子は宙を舞い、壁際に控えていた侍女の頬をかすめる。


「わたくしが!この『紅玉の座』のわたくしが!当代で一番魔力の強いわたくしが!聖女に召喚されるのは当然の事なのに!!ねぇっ、リュシア!」


「当然でございます。お嬢様」


 侍女のリュシアは一切表情を変えず、床に落ちた扇子を拾いながら言う。主人がこうなってしまっては手を付けられないのを、彼女はよく知っていた。


「なのに何よっ!召喚されたのは、たかが伯爵家の!!たかが『藍玉の座』のリリスに!、下品な刺青だらけの野蛮人ですって?!納得いかないっっ!いくわけないじゃないっっっ!!」


 今度は腕で、コンソールテーブルに乗っていた金彩の花瓶を薙ぎ払う。華奢な花瓶はカーペットの上で砕け、挿してあった深紅のバラがまき散らされた。

 昨夜彼女が眠りについてから一度は片づけた部屋が、既に昨夜以上に荒れていた。


 もう昨日からずっとこうだった。使用人たちは彼女の勘気に触れないよう、昨日からずっと息を殺して過ごしている。


 公爵令嬢として、このような醜態はいかがなものか―――


 リュシアは胸の内で思いながらも、エリザベータの慟哭が分からないでもないのだ。


 彼女は傲慢で、気位が高く、尊大である。しかし、それは彼女の生まれ持った魔力の強さと、公爵令嬢という立場からすれば当然だったし、誰よりも美しく、優雅に振る舞うために積み重ねられてきた努力が本物なのは、彼女を幼少のころから仕え、先の聖女召喚の儀にも付き添ったリュシアが一番よく知っている。


 その彼女が人生で初めて敗北した。


 しかも、自分より遥か格下だと思っていた令嬢と、同じ人間とすら思えない蛮族の女に、である。

 とはいえ、リュシアも主人を持て余し、静観に徹するので精いっぱいだった。


「お嬢様、閣下がお呼びでございます。」


 ドアが叩かれ、恐る恐る顔をのぞかせた侍従が、視線をさまよわせてリュシアに救いを求めるように言う。


 肩で息をしているエリザベータに代わり、リュシアがうなづいて囁いた。


「承知しました。すぐに参りますとお伝えください。」




 それから間もなく、エリザベータは身なりを軽く整えられ、父の待つ書斎の前に立った。


「エリザベータでございます」


「はいりなさい」


 公爵の許可を待って書斎に入ると、公爵は最近太って腹が出て来た身を椅子に預け、葉巻をふかしている。


「眠れないのかい?ひどい顔をしている。」


「ええ、当然ですわ!あんな女たちに、聖女と王子妃の座を奪われるなんて、心安らかにいられるはずがありませんっ!」


 エリザベータは一旦治まっていた怒りが、再びふつふつと湧いてきて、語気が荒くなるのを止められない。


「ああ、愛しい娘よ、お前の気持ちはよくわかる。そんなお前の気持ちを更に逆なでしてしまう話なのだが……」


 公爵は葉巻の灰を落として、ずいぶん広くなった額を撫でると、エリザベータの目を見つめて話始めた。


「実は先ほど、エヴァンセール伯爵令嬢の属性判定と魔力量評価が行われた。」


「……どうだったんですの?」


 エリザベータがぶっきらぼうに聞くと、公爵はフンと鼻を鳴らして続ける。


「属性判定は、元から持っていた風属性に、火属性と聖属性を加えた3属性。魔力量は、『青玉の座』だと発表され、生前『青玉の座』の聖女だった王太后陛下のブルーサファイアのティアラが下賜された。」


「そう……ですか。『青玉の座』ですか。」


 エリザベータの視線が絨毯に落ちる。


「が、それは表向きの話だ。神殿に潜り込ませている“草”からの報告だと、本当の魔力量は、『緑柱の座』だそうだ。」


「は?」


 エリザベータは目を見開き、公爵を見つめる。


「今なんと?『緑柱の座』?聞き間違えではないでしょうね?」


 殺気立つ娘に、公爵は首を横に振る。


「いや、『緑柱の座』だそうだ。世界を渡ったにもかかわらず、お前より低い魔力だったことに焦ったレオナルト殿下が、『青玉の座』であると宣言された。」


「陛下もお認めになったのですか?」


「もちろん。陛下も同意されている。能力以上を求められるリリス嬢は苦労するだろうが……当然の報いだろう……」


「認められませんわ……聖女に選ばれておいて、私より魔力が弱いなんて。それなのに、私より強いと偽るなんて、王子妃になるなんて、将来は王妃なんて……許せないっっっ!!」


 エリザベータは唾を飛ばして言うと、テーブルをこぶしでたたいた。

 肩で息をしている娘に、憐みのまなざしを投げかけながら、公爵はまた葉巻をぷかりとくゆらした。


「悔しい気持ちは痛いほどわかる。私とて、お前が聖女に選ばれないなど、女神の采配には納得がいかない。しかし、王子はレオナルト殿下とエリオット殿下の二人のみ。今代の聖女召喚の儀は此度のみだ。」


 公爵の言葉に、エリザベータはこぶしを強く握りしめた。


「エリザベータ、お前は、聖女になれなくとも、王妃にはなりたいか?」


「……え?」


 エリザベータは父の言葉に思わず顔を上げた。公爵は再び葉巻の灰を落としながら、ゆっくりと娘に視線を定める。


「王妃になりたいのではないか?」


「でも……、王族は聖女と契約して、王妃として迎えるのが通例では……」


「今の王妃陛下は、聖女ではない。」


「?!」


 エリザベータは初めて知った事実に目を見開く。


「おかしいとは思わなかったかね?なぜ、唯一無二の聖女と契約して王妃として迎えているのに、側妃であるエリオット殿下の御母堂がいるか。」


「そういわれてみれば、そうですわね。」


 公爵はうなづいて続ける。


「エリザベータの生まれる前の話だし、社交界でもタブーになっていて、話題に上らないようにしているから、若い者が知らないのも無理はない。」


 彼はまた葉巻を一口吸って、間を置くと、少し低い声で言った。


「実は陛下はご自分が召喚された聖女を、契約した直後に失っておられる。」


「え?!」


「ああ、陛下の聖女は、異国のエルフの女だった。闇属性以外の5属性を操り、魔力量も最高位の『金剛の座』を頂く、優秀な聖女だった。だが、陛下と契約を交わした直後、姿をくらました。元から腕の立つ強い戦士でもあったし、彼女に匹敵する魔力を持つ者もいなかったから、誰かに(しい)られたとも考えられない。陛下は聖女に捨てられた、と噂になり、陛下の矜持を大きく傷つけた。もちろん、そんな噂を口にしたものは、陛下の逆鱗に触れて、最悪粛清されたがね。だから、親たちは恐れて、この話を子どもたちにはしないんだ。」


 エリザベータは父をじっと見つめて、話の続きを待っている。


「陛下は荒れに荒れた。そんな陛下をお慰めしたのが、エリオット殿下の御母堂である、側妃のイレーネ殿下だった。聖女を失ったものの、当時、王の血を引く王子は陛下一人しかいなかった。新たに王妃を迎える必要があったが、陛下が愛したイレーネ殿下は武門で名高いロスヴァルド辺境伯の娘、魔力には恵まれない家系で、彼女自身も決して魔力量は多くなかった。王家は魔力の高い娘を正妃に据える決断をし、白羽の矢が立ったのがお前の伯母上である、クラリーチェ王妃陛下だ。」


「でも、伯母様は神殿の奉仕活動もされてて、聖女として活動なさっているのでは……」


「ああ、でも、彼女が聖女を名乗っているのを見たことはないだろう?」


「……!」


 エリザベータが手で口を覆う。


「王妃も、側妃も聖女ではない。だから我々貴族は、今回の聖女召喚の儀を固唾をのんで見守っていた。()()()()()()()()王子殿下たちが、ちゃんと聖女を召喚できるのか……。結果は知っての通りだ。儀式で二人の聖女が召喚された。これで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事が確定した。」


「お父様!」


 エリザベートの頬に血の気が戻る。喜色を浮かべた彼女は、父親の傍にかけよって、その手を取った。


「レオナルト殿下の選んだリリスは、『青玉の座』と偽った力の弱い聖女、エリオット殿下の押し付けられた聖女は、全身刺青だらけでとても王族の配偶者にふさわしくない蛮族の聖女。リリスからレオナルト殿下を奪っても良いし、後ろ盾のないエリオット殿下を王に押し上げて、政治の実権を握っても良い。手段はえらばない。さあ、エリザベータ。お前は誰の王妃になりたい?」


 公爵の瞳が怪しく光る。


「王妃になれるなら、どちらでもいいわ。でも聖女は2人とも、その座から追い落としてやりますわ」


 エリザベータの唇は、にんまりと弧を描いたのであった。



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