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05 黒曜の座

 ファナの判定が、魔具の破壊で終わった後、第一王子一行はそそくさと神殿を後にした。

 ファナとエリオットは今後の話し合いのために、大神官に応接室へと通された。


「まさか、判定の魔具が爆散するとは……こんなことが生きてるうちにあるのですな。」


 聖なる花から作られた花茶を飲みながら、大神官セラフィオスはため息をつく。


「元から判定の魔具に不具合が生じていた可能性は?」


 エリオットも花茶に手を伸ばしながらたずねる。


「ありえませぬ。昨日のリリス聖女の判定では正しく判定結果を示しておりましたし、今日の判定の前にも、わしを含めた数名の神官でテストしましたが、異常はありませんでした。」


「そうか……」


 応接室を沈黙が支配する。


 セラフィオスはティーカップをソーサーの上に戻すと、並んで座るエリオットとファナを見比べた。


「しかし、あの魔具が爆散するほどの魔力とは……、太古の世界を支配していたというルミナ・ドラゴンか、800年前に姿を消したエルフ女王アレヴィシアか……比較対象が人間の枠を超えて、伝説上の話になってしまいます……あれほどの魔力を有して、ファナ様が人の姿を保っていることが信じられませぬな。」


「……セラフィオスもあいつのように、ファナがなにか変な術でも使ったと思うの?」


 エリオットのまなざしが鋭くなる。


「いやいや、そうではございませぬ。小手先の術など用いても、あの魔具を壊すことはできませぬ。ファナ様、ちょっと手を見せていただいてもよろしいか?」


「手?あ、はい。」


 ファナはセラフィオスに両手のひらを上に差し出した。


「失礼、少し触らせていただきますぞ。」


 セラフィオスはファナの手を取り、手のひらをなぞり、手の甲を撫でて、袖をたくし上げる。


「わしの目が間違っていなければ、ファナ様が召喚された時も、判定のために魔力を最大出力で放出した時も、この刺青が輝いていた。ふむ……この形は……上古神聖文字に似ている……この部分は原始聖典・アストラ典章の聖句に似ているような……ファナ様、少し魔力を流していただけますかな?」


「は…はいっ!」


 ファナが魔力を流すと、セラフィオスが触っていた部分からバチッという音がして、青白い火花が散った。


「うっ……これはまた特異な……エリオット殿下はファナ様の魔力の源に触れたのでしたな。よくぞ御無事で……」


 セラフィオスが手をさすりながら言う。


「僕がやってみようか?ファナ、手を貸して、僕に魔力を流してみて?」


「わかりました。では……」


 ファナは今度はエリオットの手を取り、また魔力を流す。

 今度は火花は散らず、エリオットは心地よさに目を細めた。


「うーん、まだ光らないね。もっと強くしてもいいよ。」


「じゃ……じゃあ、いきますよ?」


 更に魔力を強めると、ふわりと衣服が浮き上がって、刺青が淡く光りだした。


「おお!なんと美しい……!!そして、恐ろしい魔力量じゃ……」


 セラフィオスが感嘆の声を上げると、ファナはくすぐったそうにはにかんで、まだ魔力を下げる。


「何かわかりましたか?」


 エリオットと繋いでいた手を放して、ファナはセラフィオスに向き直った。

 セラフィオスはひげを撫でつけながら、少し考え、語り出した。


「仮説の域を出ないのじゃが……通常魔力は、へその下あたりにあると言われる魔力の源から、血管や骨を伝って手のひらから放出される。無詠唱で魔法を放てても、手や杖を差し出さないと魔法が放てないのはそのためじゃ。体の中を伝わる魔力は、魔力抵抗によって源で生み出された時よりも放出されるときは小さくなってしまうのが普通なのじゃが……、ファナ様の場合は、刺青が魔力回路のようなものになっているようなのじゃ……」


「「魔力回路?」」


 エリオットとファナの声が重なる。


「うむ。しかもその回路は、伝導率が非常に良いばかりでなく、経由することによって魔力が増幅されているようでしてな。もちろん、ファナ様自身の魔力量も恐ろしく高い。最高位の『金剛の座』をも凌駕するやもしれぬ。それが刺青を経由して、増幅されるのだから……恐ろしいことですぞ」


「そんな……僕にはそんな風には思えないけれど……ファナの魔力は暖かくて優しくて……」


 エリオットが先ほどまで繋いでいた手を見る。


「ふむ、その気になれば、神殿のドームをも吹き飛ばせる魔力量を、殿下は心地よく感じるのですな?」


「え、それほどなの?」


 驚いて目を見張るエリオットにうなづきながら、セラフィオスは懐を探って、小ぶりな箱を出す。箱の中には、手のひらに載るほどの淡く輝く球が入っていた。

 セラフィオスはその球を取り出し、エリオットに差し出す。


「簡易の測定魔具です。握って魔力を込めてみて下され」


 エリオットは球を受け取ると、両手で包み込んで、魔力を込める。指の間から光がこぼれると、そっと手のひらを開いた。

 球は透き通った濃い青になり、青と黄緑の光の粒が立ち上っていた。


「これは……」


 エリオットは球を見つめたまま、言葉を失った。


「属性の変化はありませぬが、魔法強度評価は……その青色だと『青玉の座』に相当します。殿下は『藍玉の座』であったと思いますので……『緑柱の座』『紅玉の座』を飛び越えて……フォッフォッフォッ…3階級特進ですぞ!」


「……僕も魔力が上がってる?こんなことって……あるの?」


「よっぽど、ファナ様と相性が良いのでしょうなぁ。いやぁ、めでたい、めでたいことです」


 セラフィオスが笑うと、ファナは恥ずかしそうに頬を染めて膝に置いた手を見つめていた。

 エリオットも少し頬を染めて、咳払いをする。


「……僕の魔力が上がったことは、内密にしてもらえると助かる。それで、この後夕方に陛下へ謁見するんだが……属性は、隠しようがないから全属性で報告しようと思う。魔力強度は……どうしたらいいと思う?まさか、伝説級とか、災厄級とは報告できないよ?」


「そうですな、神殿としましても、ファナ様ほどの魔力保有者がむやみに恐れられてしまうのは避けたいところ……しかし、レオナルト殿下とリリス様が魔具が爆散するのを見ておりましたからなぁ……」


 セラフィオスはまた髭をしきりとなでつけ、考えをめぐらす。


「『黒曜の座』」


 一緒に考えていたエリオットが、呟いた。


「『黒曜の座』でどうだ?魔具が砕け散る寸前に、黒く染まったのが黒曜石のようだった。どうせ測れないなら、作ってしまえばいい。」


「良いですな。そうしましょう。魔具が黒くなったのは事実ですからな。」


「よし!決まりだ。では陛下には、魔力強度は『黒曜の座』で報告し、調度品もそれに見合ったもので整えよう。」


「『黒曜の座』……」


 ファナが嚙みしめるようにつぶやく。


「気に入った?ファナは“黒曜石”って知ってる?」


 エリオットが聞くと、ファナは大きくうなづいた。


「はい。黒曜石は、夜空から降り注いだ星のかけら。トカムナカムゥィが人に与えた、最も重要で最も素晴らしい贈り物。私たちはそれで刃物や(やじり)を作ります。とても重要な石です。」


 嬉し気に語るファナに、エリオットは目を細めて、それからハッとセラフィオスの方に向き直る。


「気になっていたんだけど、ファナと話していて、僕が言った単語が分からない時と、ファナが言った単語が分からない時があるんだ。これはどういうことか……わかるかな?」


「ふむ……、おそらくそれは、お互いの概念にない事象や、固有名詞なのでしょうな。実は聖女が異世界や異国から召喚された場合、女神の恩寵により、こちらの言葉を自然と使えるようになるのです。しかし、お互い元から知らない物事や、概念はそもそも言語の壁以前の問題、文化が違えば違うほど、そういった通じないものが多く生まれることになるのでしょう。」


 セラフィオスはにこにこ笑いながら言った。


「そうか、そうなんだね。じゃあ、わからなかったら聞くようにするよ。」


「そうしなされ。では、今日はこの辺で。また後日、聖女の役目についてお話しいたしますので、神殿へのお越しをお待ちしておりますぞ。」





 セラフィオスに見送られ、神殿を発ったエリオットとファナの一行は、昼食をはさんで、国王へと謁見した。

 謁見は正式なものではなく、国王の執務室で行われた。

 王妃の臨席がなかったため、エリオットはひそかに胸をなでおろした。


 ファナが全属性持ちだと告げられると、国王は喜色を見せたが、レオナルトから判定の魔具を壊したことはすでに伝わっていたらしく、前代未聞の『黒曜の座』に警戒の色をにじませた。


 最終的には後日レオナルトと共に聖女お披露目の晩餐会を催すと告げられ、エリオットとファナの長い一日が終わったのであった。

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