51 知の殿堂に眠るもの
次の朝、夜明け前から騎士たちは準備をはじめた。
王子たちも夜明けには目覚めて準備を始める。
侯爵家の厨房は、彼らに弁当を持たせてくれた。
侯爵の居城から、ラセド村までは馬車で小一時間、十二騎の騎士のうち、六騎が先行して遺跡周辺の哨戒に当たっている。
後から出発したエリオットたちも、日の出から間もない朝のうちに遺跡の入り口に辿り着いた。
道すがらの魔物は、先行した騎士たちでつゆ払いが済んでおり、王子たちの出る幕はない。
「入口はすっかりツタに覆われてるんだね。でも、少し見える外壁は、確かにガルナシオン末期に流行ったプレシャスブルーのタイルがわずかに残ってるね。」
「……エリオット、お前、詳しいな」
レオナルトが感心すると、エリオットは少し照れ臭そうに、
「出がけに仕入れた知識だよ」
と言った。
エリオットの隣にいたファナは、何やら口の中でぶつぶつ呟くと、両手のひらを空中に突き出して、白く光る蝶を無数に入り口から遺跡の中へと放つ。
「聖属性の魔法で探索用の蝶を作りました。
魔物には聖属性がよく効くと聞きましたので、あれに魔物が触れると動きを封じるように仕掛けてみました。
あらかたの魔物は片付いてると思います。」
ファナは事も無げに言ったが、彼女とエリオット以外の者は唖然とするか、頬を引き攣らせていた。
エリオットだけは、「さすが僕の聖女♪」とご満悦である。
やがて、内部から一回り大きな1匹の蝶が帰ってくる。
「目的地は、一番大きな広間、で合ってますね?
これについていけば、迷わずに行けます。」
ファナは少し得意げに皆に振り返った。
遺跡は観光地として機能しなくなって十年の月日が経ってるものの、そもそも八百年前からあるものだからか、さして荒れてもいなかった。
ところどころ、観光地時代に持ち込んだり補ったりした部分が朽ちているが、歩くのには危険はない。
道すがらには、ファナの聖魔法に動けなくされた魔物が転がっており、それらの始末もしつつ一行は進む。
遺跡を少しずつ地下へと降りながら進んでゆくと、幾度目かの角を曲がって、目的の広間へと出た。
「お前たちは、入り口を警戒してくれ」
レオナルトが随行の騎士二人に指示すると、彼らは一礼して左右の壁際に立ち、周囲に警戒の目を光らせる。
それぞれの侍従や侍女は、すでに遺跡の入り口に待機させてある。
こうして広間には、王子たちと聖女たち――四人だけが足を踏み入れることとなった。
「ずいぶん広い空間だけど……暗くてよく見えないな……」
エリオットが自身の持っていたランプで照らすが、光は闇にのみ込まれ、空間がどこまで続いているか見ることはできない。
「侯爵の話だと、観光地時代の展示用の魔石ランプがまだあちこちに仕掛けてあって、少し魔力を流してやればしばらく灯りが点くようなことを言っていたが……」
レオナルトが入口の壁際を照らして、魔石ランプやそのスイッチを探す。
やがて彼はそれを見つけて魔力を流してみると、天井からぽつぽつと、壁際を下からいくつか、明かりがともり、室内をほんのり薄暗く照らし出した。
広間は神殿の大広間と遜色ないほど広く、なるほど、ミルドアの言っていたように壁一面文字とも文様ともつかない模様が描かれていた。
エリオットは先頭に立ち、とりあえず広間を進んで全ての文様に目を通した。
「確かに――特に意味が読み取れるところはない。けど……」
「所々に、同じ模様が描かれているな。ミルドアの話によれば、模様に魔力を流すと読み取れるようになるのか……」
事前に聞いていたレオナルトは、壁に手を当て、魔力を流す。
すると、彼が触れた場所を中心に模様が不思議な色合いに輝き、ある場所は強く、ある場所は淡く浮かび上がった。
「きれい……」
思わずつぶやいたのはリリス。ファナも感嘆のため息を漏らした。
「……これは、上古神聖文字だ。」
エリオットも壁に近づき、壁面に触れる。すると、彼が触れた場所から波紋のように光が波立って、一定の規則性を持って明滅した。
「読めるか?」
「うん。ここには、ガルナシオン朝の王国暦213年の記録が書いてある。――諸人、魔力用い、魔石用い、王国大いに栄うるも、塵芥、積み重なる事堆く、魔物地に満ち、諸外国より多くの非難……
どうも、多くの人が魔力や魔石を多用した結果、王国は栄えたけど、それによる廃棄物から魔物が生まれて諸外国から強い非難を浴びたようだ。どうも彼らの解釈によると、魔物は魔力を使用した結果生まれると考えられていたらしいね。」
「実際のところはどうなんだ?」
「うーん、現代ではそうは考えられていないかな……どう発生するかは完全には解明されていないけれど、異世界から時空の亀裂を通ってやってくるとか、自然界の魔力が凝って発生するとか、まあ僕たちが知っているような説が有力だね。
続きを読むと……この年は、魔物を捕らえて、さらにそこから魔力を抽出する研究が評価されているようだね。」
エリオットが言うと、レオナルトとリリスはあきれたような顔をした。
「魔物から魔力を抽出……そんなことよく思いつきますね……」
レオナルトとエリオットは順に壁へと手をかざし、魔力を流し込んだ。浮かび上がった文字を、エリオットが端から読み上げてゆく。
それから分かったことは、この広間はガルナシオン朝末期の社会問題と魔力や魔術に対する研究が記録されているという事であった。
「……王侯貴族や聖職者だけでなく、平民も日常的に魔術を用い、豊かな暮らしを享受していたらしい。その魔術は現代のように術式や術環で統制したものではなく、魔力の出所は自然界にもともとあったもの……当時は今よりも世界は魔力に満ちていたのかもしれない……」
エリオットは右壁面を眺めながら解説する。
それから、左壁面へと視線を移して続けた。
「しかし、そんな“良き時代”も長くは続かなかった。ガルナシオン朝暦二百年頃を境に、王国は主に二つの問題を抱え始める。人々が魔力に依存し過ぎた結果の魔力枯渇と、魔物の大量発生……当時の研究者たちは、生き残りをかけて様々な方向へと模索を始めた。
あるものは、魔物をより効率的に狩る魔術を研究し、結果現代の聖魔法に近いものが開発された。またあるものは、無尽蔵に使っていた魔力を術式によって、より効率的に使用し、枯渇に対応しようとした……これは現代の術式理論へとつながっている。
そして、ある者たちは魔力を多く保有する生物から魔力を抽出する……という方向に研究を進めてしまった。」
エリオットは、広間の一番奥、正面化の壁の前に立って、改めて魔力を流して光らせた。
「ガルナシオン朝王国暦235年、この“生物から魔力を抽出して運用する”という考えの一派が、王国の覇権を握ってしまった。彼らが目を付けたのは、長寿命かつ高魔力を保有し、それをさらに精霊や自然との呼応で増幅させられるエルフたちだった。この頃の彼らは、“精霊魔法の使い手により有効な”彼らを無力化して生け捕りにする方法を研究し、獲得してしまう……
この部屋の記録はここまでで終わっているが、おそらく、大規模なエルフ狩りが行われ、エルフは狩りつくされるか、逃げるかしてこの大陸から姿を消した……これは、八百年ほど前にこの大陸からエルフが消えた、という僕たちが知っている歴史とも符合するね。」
「エルフを……狩る? そんなことが可能だったんですか? でも、それも前王朝が行ったこと……我々が秘匿しなければならない内容とも思えませんが……」
リリスが不思議そうに首をかしげると、エリオットとレオナルトも「たしかに」とうなずき、考え込んでしまう。
そんな中、ファナは再び壁面に歩み寄り、細部をじっと観察してから、ぽつりと口を開いた。
「ミルドア先生は、エルにわざわざ、昔の魔術の研究者の本をくれましたよね?
……今、私たちは、ただ魔力を流して、目に映った部分だけを読んだだけです。
でも……先生が“秘匿するべきだ”とお考えになったのは――それ以外の部分ではないでしょうか?」
「それだ!」
エリオットは叫んで、勢いよく壁画に向き直る。
「偏光パターンを変えて……いや、そもそも普通に魔力を流しただけでは光らない構文があるとしたら……。
……あれ? この部分を光らせるには、もしかして……」
彼はしばらく独り言をつぶやきながら、試すように壁面に手を当て、先ほどとは異なる魔力の流し方をしてみる。
すると――
今まで光っていた線がすっと消え、それまで見えていなかった線が、青白く浮かび上がった。
「やっぱりそうだ。ファナ、君の精霊魔法を使ってみてくれ。ここに漂ってる精霊の気配を増幅させるように。」
「えっ? は、はい……」
戸惑いながらもファナが集中し、静かに魔力を解き放つと、壁面の光り方が再び変化する。
「やっぱりそうだ。ミルドア先生は古術式学の権威で、ご自身も精霊魔法を研究していたから、これに気づけたんだ……!」
エリオットが興奮気味に言うと、レオナルトがいぶかしげに眉をひそめた。
「……一体、何をしたんだ?」
「精霊魔法で、壁面に隠された“もう一つの構文”を浮かび上がらせたんだよ。
たぶん、最初に僕たちが読んだのは、この施設が“知と歴史の殿堂”として使われていた時代の記録。書いたのは、当時の主流派の人間だ。
でも――今、浮かび上がってきたこの構文は、きっとその主流派と対立して、打倒した“もう一つの派閥”が遺した記録だ。」




