04 属性判定と魔力強度評価
「もう驚くのはやめました」
馬車に乗ったファナは、遠くを見ながら半笑いで言った。
「そうだね。それが賢明だと思うよ。君のいた世界とこことは、全然違うみたいだからね。」
向いに座ったエリオットは、頬杖をついて、面白そうにファナを見る。
「最初に言っておくけれど、君の属性判定と魔力強度評価には、第一王子のレオナルトとその聖女のリリスが臨席することになった。レオナルトは腹違いの兄だが、誕生日が数日しか違わない。リリスは、君とともに、先日の召喚の儀で召喚された聖女だ。彼女はこの世界の出身で、伯爵家の人間だ。先日判定は終わっていて、召喚の儀を経て新たに属性を得た事と、魔力が強化したことが分かっている。」
「……はくしゃく……が分かりませんが……高貴な血筋の方なのですね?」
「そうだ。そして、レオナルトと僕は、とても仲が悪い。僕はどうでもいいんだけど、あいつは僕を目の敵にしていてね。わざわざ判定の場に臨席したいなんて、絶対にあざ笑いに来たか、難癖を付けに来たか……まあ、ろくなもんじゃない。絶対に僕や君に突っかかってくると思うけれど、相手にしないでほしいし、何か言われても傷付かないでほしい。」
ファナは素直にうなづいた。
馬車はほどなくして王都にある中央神殿へとついた。
エリオットのエスコートでファナがタラップを降りると、一足先についていた第一王子のレオナルト一行と目が合った。
「げ……あいつら、もうお出ましかよ……」
エリオットがボソッとつぶやくと、粗野な言い方にファナはぎょっとして彼を見やった。
「……よう、愚弟よ。こんなところで会うとは奇遇だな。」
レオナルトはその整った顔にわざとらしい笑みを浮かべる。隣に立つ聖女リリスが、不安げに眉根を寄せたのが見えた。
「奇遇だね。わざわざ、判定を見に来たんだろ?あんたが僕の聖女に興味あるなんて、思わなかったよ。」
エリオットは肩をすくめて軽く返す。
「可愛い愚弟の配偶者になるのだからな。正当なる王位継承者としても、各個の実力を把握するのは当然の事だ。しかし愚弟よ、本当にそのような禍々しい模様を持つ女が、聖女なのか?お前は本当に、その“刺青の聖女”をパートナーにするのか?」
「余計なお世話だよ。あんたはリリス嬢を選んだ。僕はファナを選んだ。それだけの事じゃないか。それとも何?今更取り替えてくれとでも?」
エリオットは鋭くレオナルトを睨む。
「いや、“刺青の聖女”を、愚弟のパートナーとはいえ、王子妃に据えるなど、王族の品位に関わると、大臣たちや貴族たちから不満の声が上がっていてな。そこのところを浅慮なお前がどこまで考えているか、この兄は心配なのだよ。」
「陛下への謁見もまだなのに、どうしてそんなに話が広がっている……ああ、召喚の儀に臨席していた貴族令嬢たちか……」
「ああそうだ。特にアルセノール公爵令嬢を中心に“刺青の聖女”と王族の婚姻の反対運動が起きようとしている。王族の配偶者が聖女である必要は必ずしもないと、聖女の息子でない私たちが証明してしまったからな。それに、アルセノール公爵令嬢は『紅玉の座』の魔力の持ち主。自分より魔力が低い女は聖女とは認めないそうだ。」
レオナルトの言葉に、エリオットは気付かれないようにリリスを伺う。青玉のティアラを額に頂いた彼女は、心なしか顔色が悪い。
「ご忠告ありがとう。でもファナは、確かに聖女として召喚された。その煩い宮廷雀どもも、証人だと思うんだけどね?」
エリオットは悠然と微笑み、ファナの腰を抱き寄せる。ファナは驚いてちょっとバランスを崩したが、エリオットがフォローして、二人はより密着する形となった。
レオナルトはフンと鼻を鳴らす。
「まあいい、判定をすればすぐにわかることだ。楽しみだよ。お前の“刺青の聖女”がどれほどのものか。」
「あいにくだけど、僕はファナの力がどの程度でも、彼女を手放すつもりはないよ。そんな事より、あんたらの心ない言葉で、ファナが傷付かないかの方が心配だ。」
エリオットはわざとらしくファナの手を取り、その指先にキスをした。
レオナルトの目が鋭く細められる。
「ふん……あとで後悔するなよ。」
その隣でリリスが、ファナを一瞥してから、涼しげな笑みで頭を下げた。
「楽しみにしておりますわ、第二王子殿下。聖女様。」
「……」
エリオットはファナの腰を抱く手に一層力を込めて、笑顔で第一王子一行を見送った。
レオナルトたちが廊下の奥に去ってゆくと、ファナはエリオットの手を抜け出して彼の顔をのぞき込む。
「……相手にしないんじゃなかったんですか?」
「ごめん、なんか、自分の事ならそうでもないんだけど、いざ君のことを言われたら、なんか頭に血が上っちゃって……」
エリオットはため息をついて、ファナに微笑んだ。
「さあ、僕たちも行こう。奥で神官たちが待っている。」
神殿の奥の間では、大神官セラフィオスが判定の魔具を用意して、エリオットと聖女を待っていた。
一段高いところには席があつらえられていて、先ほどのレオナルトとリリスがまるで王と王妃のように、尊大な態度で椅子に身を預けていた。
「ファナ様、さあ、こちらへ」
セラフィオスは、中央に用意された白金の円環の中にファナを誘う。ファナは一瞬不安げにエリオットを見たが、エリオットが彼女にうなづくのを見ると、意を決したかのように進み出た。
白い円柱の上に、淡く輝く水晶玉のようなものが設置されていて、ファナはその前に立たされた。
「それではこれより、エリオット殿下の聖女の属性および魔力強度の判定を行う。では、ファナ様、魔力の放出は殿下から教わりましたな?まずは少しづつ、ゆっくり、この球に魔力を流しなされ」
「こ……こうですか?」
ファナは球に手をかざして、魔力を少しづつ流す。
すると、球が淡く輝きだし、いくつかの色のついた光の玉が踊り出した。
「青が水、緑が風、赤が火、黄色が土で……それに、聖属性の白に闇属性の紫……ほう、これは、これは……全属性でございますな。」
「全属性!?」
レオナルトが椅子から立ち上がって身を乗り出し、叫ぶように言った。
「狼狽えなさるなっ!今でこそ珍しいとはいえ、王国の全盛期には全属性持った聖女も一握りとはいえ居りました。では、ファナ様。今度はありったけの魔力を、できうる限り素早く、この球に込めてみなされ。」
「は……はいっ」
ファナは居住まいをただすと、もう一度球に向かい合い、魔力を放つ。
その瞬間だった。
ファナの刺青が青白く脈動し、彼女の瞳が怪しい青白い光を放った。
手から放たれた魔力は一瞬の閃光となって球に走り、耳鳴りがする。
皆が見つめる中、球は青白く光り輝いた後、中心から外側へ、闇がにじみ出るように黒く染まったかと思うや否や、粉々にはじけ飛んだ。
あたりは一瞬、音のない静寂に包まれる。
「な……」
レオナルトの息をのむ声が響く。
「……黒?魔具がはじけ飛んだ?」
白金の円環のすぐ近くで控えていたエリオットの頬に、血のしずくが滴った。飛び散った破片が頬をかすめていたのだ。
だが次の瞬間、大神官セラフィオスが声を張り上げる。
「測定不能!!球が黒く染まったのは、最大値を超えた過負荷で、焼き切れたためじゃ!そして、砕け散ったのは……人である規格を越えて、魔力を有している者の証し……こんなことは……有史以来初めてじゃ……」
声はだんだん尻すぼみになり、最後の方はぼそぼそとつぶやくように言う。
沈黙が神殿に満ちた。
「……化物がっ!」
レオナルトが吐き捨てるように言った。
「異形の女がこの王国の魔力基準を超えるとはなっ!何か卑しき術でも用いたか?不浄な力を持ち込んだのではあるまいな!!?」
「レオナルトっっっっ!!!」
エリオットが噛みつくように吠えて、帯剣の柄に手をかけ、一歩前に出た。
「彼女は正当に召喚された“聖女”だ!貶めるような真似は、誰であれ許さないっっ!」
「お前に、その怪物が御せるのか!!『藍玉の座』の魔力しか持ち合わせないお前にっ!」
「御せるとか御せない、じゃないっ!彼女は化物じゃないっっっ!人間だっ!」
怒りと―――どこか畏れに似た光を宿したレオナルトの瞳を、エリオットはまっすぐに睨みつけた。
レオナルトの横で、リリスはただ黙っていた。砕け散った測定器の残骸を穴のあくほど見つめ、かすかに手を握る。
一方ファナは、砕け散った測定器を呆然と見つめていた。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「壊し……ちゃった……?」
その声にエリオットはハッと我に返り、彼女に駆け寄った。
「うん。でも大丈夫。壊したってことは、“とてもすごい”ってことだよ。」
エリオットはそっとファナの肩を抱き寄せる。
「安心して。僕がいる。」
ファナは震える指先でエリオットを手繰り寄せると、その胸に顔をうずめた。
(これは……、この私の時代にも現れるとは……、あの“封じられし聖女”の再来か……これが、女神の御意思だとでもいうのか?!)
心の中で叫び、身を寄せ合う二人を見守りながら、大神官セラフィオスは、小さく胸元で祈りを結ぶのであった。