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46 約束された幸福でもいい

 泣き出したリリスの肩に、ファナはそっと手を添えた。

 リリスはそのまま、胸に顔を押しつける。ファナは静かに背中を撫でながら、やがてレオナルトに視線を送った。


 レオナルトは、無言で頷く。

 ゆっくりと歩み寄り、リリスの肩に手を置いた。


「……リリス」


 その一言に、リリスは顔を上げる。

 彼がそっと腕を広げると、彼女はためらいなく、その胸に飛び込んだ。


 しばらく、誰も言葉を発さなかった。

 ただ、セレノア宮の空気が、四人を静かに包んでいた。


 やがて、泣き疲れたようにリリスの呼吸が落ち着くと、ファナがそっと口を開いた。


「……あの、今日はもう、王宮には戻られないほうが……

 こちらにお泊りになってはいかがですか?」


 リリスが少しだけ身を縮こませる。

 それを見て、エリオットが続けた。


「そうだね。ここには来客用の部屋がいくつもある。

 ……王子としてじゃなくて、リリスの夫として、今日はそばにいてあげてほしい」


 レオナルトが一瞬だけ目を見開き、ファナとエリオットを順に見た。

 二人とも、口には出さないが、確かな信頼と温かさを宿したまなざしを向けていた。


 リリスがそっとレオナルトの袖をつかみ、微かに首を振る。


「……ごめんなさい。もう少しだけ、ここにいたいの」


「……ああ。わかった。……一緒に、いよう。

 ――エリオット、世話になる。」


 その言葉に、リリスは涙ぐみながら微笑んだ。




 王宮には使いを出して、レオナルトは今夜の予定を全てキャンセルし、晩餐までの間に、リリスは落ち着きを取り戻した。

 晩餐は四人で囲み、終始和やかな空気が流れた。

 エリオットは、2人同室の客室を用意した。


 波乱の一日の終わり、程よい広さのダブルベッドに先に寝転んで天蓋を見上げていたリリスは、今日の事、契約の儀からのこと、召喚からの事――とめどなく思い出していた。


 ベッドがきしむ。

 湯あみを終え、寝支度をしてきたレオナルトが、ベッドに入って来た。


 彼はリリスの隣に居場所を作ると、今日一日の疲れを吐き出すように、大きく息を吐いた。


「レオさま……今日は色々ありましたね……」


 リリスが隣に聞こえるだけの声量でつぶやいた。


「ああ」


 レオナルトは淡白に応える。

 でも、彼がそういう態度になるのは不器用だからだと、リリスはもう知っていた。


「……みっともなく、泣いて、ファナ様に慰められてしまいました。

 彼女は義妹になるのに……向こうがお姉様みたい」


「そうだな。でも、構わないんじゃないか?一応、あいつらとは、家族……になるんだから。」


「でも……、私お姉さんぶりたいですよ?実際にファナ様より誕生日早いみたいだし……」


 リリスがむくれると、レオナルトはふふっと笑った。


「レオさまは……ショックでしたよね。

 気持ちをいじられたり、身体が変えられたり……」


「……まあ……そうだな」


 それまで視線だけ向けていたリリスは、身体ごとレオナルトの方へと向ける。

 彼女の動きに気がついたレオナルトは、リリスの頭の下へ手を通して、腕枕して言う。


「魔力を繋げて同質にする……、考えてみれば、それ以前のままでいられるって方がおかしいのに……そこまで思い当たらなかった……」


「それが、常識だ。と思っていたからでしょう?私も、王子と聖女は契約で結ばれて魔力的に繋がる……当たり前すぎて、疑ったことも、理屈を考えたこともありませんでした……」


 リリスは、彼の胸の上に手のひらをそっとのせる。


「エリオットたちには、契約の儀式前に、神殿から説明があったそうだ。異世界や異種族からの召喚の場合は、聖女側に身体の再編がおこると――、実際は、国内から召喚されたとしても、再編が起こっていたわけだが……」


 レオナルトはリリスの手に腕枕していない方の手を重ねて握り込んだ。



「レオさま……、もし、赤ちゃん……できてたら……」



 リリスは囁くように言った。

 レオナルトは一瞬間をおいて、リリスを優しく抱きしめる。


「嬉しいぞ。男だろうが女だろうが、何人だろうが、きっと何より慈しむだろう。

 なんて言ったって、俺とおまえの子だからな。

 もし、婚姻がまだだとか、時期が、とか言って来る奴がいたら、全部俺が黙らしてやる。」


 リリスは胸がいっぱいになり、何も言えなかった。


「安心しろ。契約しようが、身体が作り変えられようが

 ……俺の最愛は、リリス――おまえだ。」


 ただ、レオナルトの手を強く握り返し、身体を寄せる。


「レオ様……私、最初は、身体が作り変えられたって聞いて、すごくショックだったんです。だけど……

 こんなこと、ファナ様達に言ったら怒られるかもしれないけれど……

 考えれば考えるほど、そんなに悪いことじゃない気がしてきたんです……」


 リリスは顔を上げて、レオナルトの目を見つめた。


「私は――生まれたときから貴族の令嬢で、貞淑を美徳とされ、将来は親の決めた殿方に嫁ぐのが幸せだと思ってきました。

 女主人として家を守り、夫を唯一の人として愛し、子を産み、育て――そういうのが、幸せの形だと思ってきました。」


 レオナルトは、何も言わずに、彼女の瞳を見つめ返した。


「レオさまに召喚されて、あなたの唯一になった。

 あなたはとてつもなくかっこいいし、あなたは私からよそ見はしない。そして、契約して、子もたくさん産めることが約束された……

 これって、本来なら、望んでも確約されない幸せですよね……

 だから……わるくないなぁって――」


 彼女は、微笑んでいた。


「――今日……愛してるって言ってくれて……嬉しかったです。

 そういえば、召喚されたころ……レオさま、いつもピリピリしてて、『裏切ったり、失望させたら、容赦はしない』って言っていましたよね。

 なんか、すごい変わられましたよね。もしかして……それも、女神の恩寵だったりして……」


「……かもな」


 二人はお互いを見つめ合って、吹き出した。


「さあ、そろそろ寝よう……明日も早いからな。」


「はい――おやすみなさい。」


 リリスは微笑んだまま言うと、身じろぎして彼の腕の中に居心地のいい場所を見つけ、眠りに落ちて行く。


「――おやすみ、愛している。」


 レオナルトも、リリスのぬくもりを感じながら眠りに落ちて行った。





 翌朝、まだ早いうちに、レオナルトとリリスは王宮へと帰っていた。


「リリス様、すっきりした顔をされていましたね。」


 エリオットの執務室のソファーでいつものように座っているファナは、分厚い名簿をめくっているエリオットに声をかけた。

 彼は朝から、術式魔法研究学会の会員名簿を漁っていた。学会は設立から既に数百年が経過しており、名簿は学会員の生死にかかわらず載っているため、膨大だった。


「そうだね。――僕なりに心配していたんだけど……よかったよ。」


「……そうですね。ところで――見つかりましたか?」


 ファナは立ち上がって、エリオットの横まで行く。

 エリオットは彼女が近づいてくると、嬉しそうに腰を抱きよせた。


「見つかったけど……ほらここ、連絡先が無いからねぇ……事務局にきかなきゃ駄目だな。」


 エリオットは、“No. 17101 古術式学 精霊魔法 ガラトゥス・ミルドア 701年- 725年入会”と書かれた列を指さして読み上げた。


「後ね、面白い物を見つけた。ほらここ、アナスタシアだ。」


 彼は数ページめくって、“No. 17573 王朝魔術史 古術式学 アナスタシア・ノルヴェール 733年-751年 746年入会”という列を指さして読み上げる。


「王朝魔術史が専門なんだね。古術式学かと思っていたよ……アナスタシアは、若干13歳で入会しているね。本当に、早熟の天才だったんだなぁ……」


「エルは何歳で入ったんですか?」


 ファナが聞くと、エリオットは少し恥ずかしそうに言う。


「僕は、15歳の時だったかな。ほら、僕のはここ。」


 また数ページめくって、“ No. 18451(準) 術式理論 構文術式解析学 エリオット・ヴァルトリア 770年- 785年入会”と少し照れながら指さしている個所を読みあげた。


「そうか……僕はまあ、王族って立場もあるから準会員――正式の会員じゃないって事なんだけど……アナスタシアは正会員なんだよね。何歳でなったか知らないけど、彼女の人生が十八年って考えると、やっぱりすごい人だったんだな……」


「ガラトゥス・ミルドアさんのお弟子さんだったんですよね。会ってアナスタシアさんの事、教えてもらえればいいんですが……」


「会ってもらうよ。この手帳を持ち出せば、きっと会わなければならなくなる。」



 エリオットはその日の午前中の内に、術式魔法研究学会の事務局長を務める学者を訪ね、ガラトゥス・ミルドアへの書簡を託した。

 事務局長は最初渋ったが、エリオットは持てるだけの権力と王族の力を駆使し、定例大会で名刺交換したと捩じ込んで頷かせたが、どちらかと言えばそういった権力を笠に着るやり方は彼の最も嫌うところで、帰りの馬車では同行したファナに慰めてもらわねばならなかった。


 返信は、魔術を使って翌日に来た。


「読み通りだったな……やっぱり、あの人にとってアナスタシアは、まだ“終わっていない存在”なんだ。」


 とエリオットはほくそ笑んだ。

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