44 蝶の導く先
アナスタシアやその王子の情報は、なかなか集まらなかった。
レオナルトが閲覧できたのは、そもそもあの二枚目のリストを作ったときに見た『王族記録簿』以上の情報はなく、約四十年前の出来事とは言え、魔法で口外を禁止されているため、王城の者にも、神殿の者にも、貴族たちも聞いても無駄だった。
では、魔法の及んでいない一般市民にも捜査を広げたが、そちらの方も芳しくない。
王侯貴族たちほどではなかったが、こちらも何らかの記憶操作をうっすらと掛けられているらしく、そもそも持っている情報も少なかったため、大した収穫はなかった。
「とりあえず、第三十代国王陛下の王子たちについて、今わかっている情報は――
第一王子が後の第三十一代国王カシアン陛下で、その聖女で王妃がセレニア陛下。この二人は父上であるアレクシス陛下のご両親にあたるな。
第二王子がルキアス殿下でその聖女が隣国から召喚されたイシュティナ聖女。
第三王子がルキアス殿下の双子の弟、ユリウス殿下。聖女は、ノルヴェール伯爵家令嬢のアナスタシア聖女。ノルヴェール家は現在でも存続している。
第四王子がイアン殿下、その聖女はマリエステル侯爵家の令嬢、イサベル聖女。マリエステル侯爵家は三十年ほど前に……どうやら疫病で本家の者が全滅し、傍系への継承も叶わず、断絶したらしい。
後は……父上には、男女の双子の弟妹がいたようなんだが……どちらも新生児の内に亡くなっている。」
アナスタシアの記録の調査を依頼してから数日後、レオナルトとリリスは再びセレノア宮に訪れていた。
王太子内定者を呼び出すのは本来不適切なのかもしれないが、彼らの調査内容を考えれば、王宮ではなくこの離宮の方が、他者の目が圧倒的に少なく、秘密も守りやすかった。
「うーん、レオナルトのことだから、アナスタシアの生家――ノルヴェール家にも、直接聞き取りをしたんだろう?」
エリオットが聞くと、レオナルトはうなづく。
「ああ、現当主がアナスタシアの甥にあたる人物で、貴族会議のために丁度王都に滞在していたから面会したのだが……卿が生まれる前にアナスタシアは既に亡くなっており、直接は会ったことがないと言っていた。
ノルヴェール家も三十年ほど前に王都の邸を売り払っていて――姿絵一枚すら、残っていないそうだ」
更にレオナルトは続ける。
「それから……アナスタシアの実姉ミレイユがまだ存命で、アラン・エイヴァリー辺境伯に嫁いでいることが新たに分かったので調査に向かわせたが――彼女は嫁いで以来辺境伯領から一歩も出ておらず、アナスタシアとも彼女の召還直後に会ったのが最後で、王都でのことも何も知らないと言っていたそうだ。」
「王都の伯爵邸を売り払った――とはいえ、アナスタシアに関するものが何も残っていない、というのは、ちょっと不自然な気がするね……聖女に召喚されたから、といっても、この国からの召還ならば、生家との関りは制限されないから。」
エリオットが考え込むと、ファナが彼の袖を軽く引っ張った。
「エル、あの手紙も見ていただきましょう。まだ直接は見ていただいていないでしょう?」
「そうだね。」
エリオットは懐からアナスタシアの手紙を取り出した。
「書面では詳しいことを書けなかったけど……これが、例の手紙だ。内容が内容だから、こうやって僕が常時肌身離さず持ち歩いてる。」
それをレオナルトに差し出すと、彼は慎重に受け取って、封筒から便箋を取り出した。
横からリリスものぞき込む。
しばらく読んで、深刻な顔で便箋を封筒に戻し、エリオットへ返した。
「……情報が多すぎて、どこから話していいものか……エリオット……お前まさか――女神の恩寵を受けていないのか?」
レオナルトが探るようにエリオットを見た。
リリスは言われて初めて気が付いたらしく、はっとした顔で口に手を当てて声を出すのを抑えていた。
エリオットは、一瞬だけ眉をひそめ、それから、静かにうなずく。
「色々と事情があって――実は、現在、僕の術環には、女神に関する構文が……一切なくなっているんだ……可能ならば、内密にしてほしい……」
レオナルトはしばらく黙ったまま、弟を見つめていた。
「……わかった。誰にも言わない。だが、その構文がどうして失われたのか――いずれ、話すつもりはあるか?」
考えあぐねた末、やっと言うと、エリオットは再びうなずく。
「ああ、たぶん、今の状況だと、いずれ話す必要は出てくると思う。その時には必ず――」
「わかった。では、今はアナスタシアの手紙について話そう。
手紙によれば――アナスタシアは、女神や聖女の召還制度の秘密に触れてしまい、義憤に駆られて戦ったように思えるが……」
レオナルトが言うと、エリオットもうなづく。
「ああ、聖女を贄にして女神に捧げていたことを言っているのかもしれない。でも、もしかしたら、彼女はそれ以上の情報もつかんでいたのかも……だから、このセレノア宮に隠したって情報は、ぜひ見付けたい……でも、僕たちも数日ここで探しているんだけど、まだ何の手掛かりも得られていない。」
エリオットが言うと、しばらく考え込んでいたリリスがぽつりと言う。
「……蝶が導く、か。なんだか比喩としても、他の表現と浮いてる気がしますね」
「ああ、僕たちもそう思って、セレノア宮内に蝶の紋章や、モチーフ、アイテムがないか探したんだけど、一切なかったんだよね。そもそも蝶って、儚さや娼婦の象徴だって王侯貴族には嫌われてるから。」
「そう……ですよね。蝶のモチーフの物って、あんまりないです。でもわざわざこんな表現をしたって、絶対にこれが手掛かりにしか思えないんですが……」
四人は頭を集めてしばらく考えていたが、結局いい案は出なかった。
しばらくの沈黙の後、レオナルトが静かに話を締めた。
「……では、引き続き調査は継続しよう。何かわかったことあれば、また言ってくれ」
レオナルトとリリスを見送るため、玄関まで四人で歩く。
四人が、中庭に面した回廊に差し掛かったとき、リリスがふと中庭を見て、声を上げた。
「ねぇ、あそこを舞っている蝶……あまり見ない種類ではありません?色がなんだか、あの手紙の封蝋と同じような……」
エリオットが慌てて懐から手紙を出して見比べてみる。
「本当だ……全然気が付かなかった……」
彼が驚くと、リリスは片目をつぶり、唇に笑みを浮かべて言った。
「ふふっ、貴族の令嬢は、そういうところばかり気にしておりますのよ」
「あの蝶を追えば――アナスタシア様の秘密の場所が分かるのかしら……」
ファナが一足先に中庭に出て、蝶に近づくと、蝶はふわりと彼女から逃げるように羽ばたいてゆく。
更に追うと、蝶は中庭から回廊の方へ、そして、宮の中へと羽ばたき始めた。
四人は顔を見合わせ、誰も何も言わず、その蝶を追い始める。
蝶は、まるで振り返るように一度宙で輪を描くと、再びゆっくりと宮の廊下を飛んでいった。
四人が導かれたのは、宮の裏手にある井戸だった。
奇しくもそこは、数日前にファナが土の器を作ったり、ウサギをさばいていた場所からほど近い場所で、今も宮の調理場で使われているものである。
蝶は井戸までひらひらと飛ぶと、敷石の一枚の上に止まり羽を何度か開いたり閉じたりすると、すーっと見えなくなった。
「これ……ですね。」
リリスがごくりとつばを飲む。
「ああ、これだな」
レオナルトがかがんでその敷石に手を伸ばす。
「特に何の変哲もない敷石に見えるが……」
首をかしげるとエリオットもそのそばにしゃがんで、敷石を撫でまわしてみた。
「――あの手紙、エルの“カムナギィ式詠唱魔法”で現れましたよね……今回ももしかしたら……」
ファナが言うと、「カムナギィ式とは何だ」というレオナルトを無視して、エリオットが手を打つ。
「それだ!ファナ、こんな場合は、どんな魔法にしたらいい?」
ファナは少し考えると、
「《土の子よ 抱きし秘密を ここに示せ》で……」
と言い、冬の間土に埋めて置いた食料を春になって探すときのおまじないだと付け加えた。
土の中に食料を?!と戸惑うレオナルトとリリスを置き去りにして、エリオットは早速術を使うために集中する。
やがて――
「《土の子よ 抱きし秘密を ここに示せ》」
エリオットが、はっきりとした口調で唱えると、先ほど蝶が消えた場所の敷石が一瞬薄紫色に淡く光り、そこを中心に数枚の敷石がパタンとめくれて、下から空洞が現れた。
「……開いた……な。」
やや呆然と、レオナルトがつぶやく。
「うん……開いたね……」
エリオットが、そっとその空洞を覗いた。
空洞は、石で囲われており、中にはよく使いこまれた飴色の革表紙の手帳が一冊入っている。
その手帳もまた、手紙と同じように、つい昨日まで持ち主が使っていた気配が残っていた。




