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刺青の聖女と契約の王子  作者: じょーもん
第四章

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41 消された世代

「聖女のリストについて、こちらでも該当者をさらに精査した。この表が――エリオット、お前が持っているリストを、年代順に並べ直したものだ。」


 場を支配していた重苦しい空気を払うように、レオナルトが一枚の資料を差し出した。


「資料を渡す前に、控えとして写しを取っておいたからな。神殿の記録だけでなく、王宮の文書庫にもあたってみた。」


 エリオットはそれを受け取り、自分の手元の資料と照らし合わせるように目を走らせる。


「そうか……術式の解析にばかり気を取られていて、年代で並べるって発想はなかったな」


 目を追っていくうちに、ふと眉が動く。


「……ふーん。“神喰の贄”はおよそ三十年周期、“封印の贄”は五十から六十年……。こうして表にすると、贄となった聖女に対して、王子たちがどうなったのかがよく見えてくるね。」


 エリオットは指で数行をなぞりながら、思案するように言葉を続けた。


「神喰の場合、王子もほどなく亡くなっている。けれど封印のほうは、王子は比較的長く生きている傾向がある……

 つまり、封印の贄の場合は“契約が継続中”として扱われているんだ。聖女はもう存在していないのに、建前上はまだ存命として――」


 感心したように小さくうなずくエリオットに、レオナルトは「まだある」と言って、さらに一枚の紙を差し出した。


「こちらは、王宮の文書庫にあった王族記録簿から作った一覧だ。

 “聖女を失った元王子”、あるいは“十代から二十代のうちに死亡した王子や聖女”を抜き出してみた。」


 資料をテーブルに広げながら、レオナルトは指先でいくつかの印をなぞった。


「丸が付いている名前は、今回押収された経歴書に記載のあった聖女とその王子だ。」


「……レオナルト、ここ。おかしいよ」


 エリオットがすぐに顔を上げ、示された一点を指差す。


「この世代……僕たちの祖父母の代にあたるね。周期的に見て、『封印の贄』と『神喰の贄』、両方が必要になる時期のはずだ。なのに――」


 彼は表の数箇所を指先で追いながら、言葉を区切る。


「王族が、ほとんど全滅してる……。それなのに、一人として“贄”の経歴書に載っていない」


「気が付いたな」


 レオナルトが短くうなずく。


「もちろん、断定はできない。だが……押収した経歴書は、鍵のかかった箱に厳重に保管されていた。

 “押収し損ねた”とは、ちょっと考えにくいな。」


 彼は表の一点を指し示しながら、さらに言葉を続けた。


「実は、このリストには載せていないが――第三十一代国王夫妻もまた、若くして亡くなっている。

 その子ら、つまり王子や王女たちも、多くが夭折した。そして、生き残ったのは……我々の父上。

 アレクシス国王陛下、ただ一人だ。」


「それで陛下は、十二歳という異例の若さで即位されたのですね?」


 リリスが目を見開いて言うと、レオナルトは静かにうなずいた。


「おそらく、そうだろう。」


 少し間を置いて、ファナが首を傾げた。


「……さっきから不思議なんです。エルやレオナルト様のおじい様の頃の話なのに、おふたりとも、ご存じないのですか?

 お父様の幼い頃のことなら、聞いていてもおかしくないと思ったのですが……」


 ファナの言葉に、場がふと静まる。


 やがて、レオナルトが重々しく口を開いた。


「……父上の聖女が姿を消して以降、父上ご自身も、そして当時を知るはずの重臣たちも、皆そろって口を閉ざしている。

 祖父たちの世代の事、父上の聖女のことは、まるで……“なかったこと”のように、誰も語らない。王子教育の中でも、その時代の記述は意図的に欠落している。」


 それを聞いたリリスは、「あっ」と小さく声を上げて、何かを思い出したように言った。


「そういえば……昔、おばあさまに、若い頃のことを尋ねたことがあるんです。

 王子様や聖女様の話を聞かせてって。でも――そこだけ、どうしても話してもらえませんでした」


 一瞬、言葉を探すように間を置いてから、リリスは静かに続ける。


「その時代のことは、魔術で……口外を禁じられているそうです。

 貴族も、王宮の使用人も、誰もが、話そうとしても喉が詰まってしまう。

 でも、おばあさまは、それだけじゃないとおっしゃっていました」


 彼女はファナを見つめながら、声を少しだけ落とした。


「“喋ろうと思えば、心には残っているのよ。でもね――思い出すだけで、口に出すのも耐えられないの”って。……それほど、忌まわしい出来事だったのだと、思います」


 それは初耳だったのか、エリオットもレオナルトも興味深そうにリリスの言葉に耳を傾けていた。


 すると、レオナルトが静かに補足する。


「ちなみに、父上の聖女失踪については、魔術による黙秘はかかっていない。

 だが……それを口にすれば、粛清される。それだけのことだ。だから、誰も語ろうとしない」


 思わず、ファナが小さく肩をすくめ、耳をふさぐような仕草をする。


「だ、大丈夫です。私、秘密を守るのは……得意なので」


 その反応に、場の空気が少しだけ和らぐ。


 だが、ふと何かを思い出したように、エリオットが資料の束に手を伸ばした。


「……ねぇ、ここ、見て」


 彼が抜き出したのは、リゼリヤーナの経歴書だった。


「――王国暦七六七年。

 “前世代の反乱分子による傷が深く、女神に一刻の猶予もない”。

 ……この“前世代”って、つまり僕たちの祖父母世代のことだよね?」


 彼の指がその一文をなぞる。


「もしかして、祖父母たちが魔術による黙秘を強いられてるのって――この“反乱分子”に関係してるんじゃないかな?」


「ふむ……これはネリファスの記録か。となると――“反乱分子”とは、この『贄の制度』に抗った者たち……つまり、王子と聖女のことだな?」


 レオナルトがエリオットを見やると、彼も静かに、しかし力強くうなずいた。


「ああ。父上の幼い弟妹が“反乱”に加わったとは考えにくい。

 だからおそらく、“反乱分子”とは――父上の一つ上の世代……第三十一代の国王、その弟王子たち、そして彼らの聖女たちのことだろう」


 エリオットは一枚の資料に目を落としながら、続けた。


「彼らはネリファス――いや、女神そのものに対して、何らかの形で抵抗した。

 その結果、女神が疲弊し、しかも“贄の更新時期”が重なってしまった」


 その場にいた三人の視線が、エリオットとその手元の資料に注がれる。


「……だから、第三十二代国王である父上の聖女――本来なら王妃となるはずだった唯一の聖女を、“贄”に差し出すしかなかった。

 ――そう読み取ることも、できるよね」


 しばし、重苦しい沈黙が場を包んだ。

 それぞれが、自分の中で開示された情報を整理しようと努めている。


 やがて、レオナルトがふっと息をつき、肩をすくめながら言った。


「……とはいえ、王太子に内々定された私でさえ、この時代の資料にはおそらく触れられない。

 となると、ここから先は――手詰まりだな」


 そう言って、彼はわずかに苦笑しながら、両手をお手上げのように上げて見せた。




 レオナルトとリリスは、引き続き調査を進めることを約束し、王宮へと戻っていった。


 彼らの乗った馬車が遠ざかっていくのを見送りながら、ファナはそっとエリオットの顔を伺う。


「――女神に抗った方々……どんな方たちだったんでしょうね?」


 エリオットはしばし考え、空を仰いでから答えた。


「さあね。レオナルトの作った表を見る限り、第二王子と第三王子は双子だったらしい。

 亡くなった時期も近かったし……もしかすると、その二人が主導していたのかもしれない」


 そして小さく笑いながら、ひとこと付け加える。


「まあ、推測の域を出ないけどね」


 そう言ってエリオットは、そっとファナの手を取り、エスコートするように歩き出す。

 二人は静かに、セレノア宮の中へと戻っていった。

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