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刺青の聖女と契約の王子  作者: じょーもん
第四章

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40  信仰の座標

「おめでとう、レオナルト。王太子に内々定したって聞いた。」


 調査がまとまって、日をあけず、レオナルトはセレノア宮を訪れていた。今回も、彼の聖女であるリリスが同行している。


「ああ、またそのうち、父上から呼び出しがあると思うが……」


 レオナルトは、珍しくエリオットの顔を伺うように、言葉を切る。


「何?僕に悪いとか思ってる?それなら全然見当違いなんだけど?」


 エリオットは腕を組んで不適な笑みを浮かべ、レオナルトを横柄に見た。


「僕が王位に就きたい、なんて思ってるのは、あんたくらいだよ。

 王位なんかに興味ないって、ずっと態度で示してきたつもりだけど?」


「そう……なのか?」


 レオナルトは、慎重に判断しようとするように言葉を選ぶ。

 彼にとっては、弟もまた王位継承を望む存在だと、ずっと思い込んでいた。

 王子として生まれた以上、それが“当然の競争”だと思っていたのだ。


「そうだよ。むしろ、あんたが継いでくれて助かってる。

 僕は……国を背負う器じゃない。この手で抱えられるものだけで、もう手一杯なんだよ。」


 エリオットは言ってから、恥かしそうに眼をそらした。


「……ありがとう。」


 レオナルトもまた、恥かしそうに眼をそらす。


「ファナ様、レオ様から聞きました。この前来たときは暢気にごめんなさい。ファナ様、本当に大変だったのに……」


 リリスはレオナルトの後ろから進み出て、ファナの方へ行くと、両手で彼女の手を握った。


「いいえ、リリス様。もうすっかり良くなりました。それに、エルがいろいろと手を尽くしてくださいまして、今は穏やかに過ごせております。」


 ファナは柔らかく微笑むと、リリスの手を握りかえす。


「エリオット、あの資料、すべて解読できたのか?」


「ああ、まあ、大方予想通りだったけどね。」


 エリオットは、レオナルトとリリスにソファーに座るよう勧めながら答える。

 自分は執務机から、資料の束を持ってきて、テーブルに音を立てて置く。


「レオナルト、リリス嬢も?」


 エリオットは「彼女も一緒に聴くのか」と、レオナルトを上目遣いに視線を送る。


「ああ。契約の儀も終わったことだし、これからは公私ともに協力していく関係になるからな。」


 レオナルトが言うと、リリスも表情を引き締めてうなづいた。


「わかった。とりあえず、この聖女たちの経歴書を精査してみたんだ。

 ……やっぱり、ところどころに“女神”って記載があってさ。

 内容から見ても、僕たちが信仰してきた“あの女神”のこととしか思えない。」


 エリオットが言い切ると、レオナルトの眉間にしわが寄った。

 リリスも固唾を呑んで、次の言葉を待っている。


「レオナルトが“女神だ”と言って、間違いであってほしいって……僕も、そう思った。

 それで、その可能性も探ってみたんだけど――」


 一拍置いて、エリオットは視線を落とす。


「……でも、術式や転送構造を読み込めば読み込むほど、

 この聖女たちを“消費”していたのは――やっぱり、僕たちが“女神”と呼んでいる、あの存在なんだ。」


 エリオットは書類の束から一枚を取り出し、そっとテーブルに広げて見せた。


「たとえば、これ。

 “封印の贄”と記載されていた聖女に施される処置術式の設計図なんだけど――この術環の部分、見える?」


 指先が一つの魔術構造をなぞる。


「本来なら、ここは女神から魔力を受け取る補助ラインになっている。

 けど、これは逆なんだ。聖女から魔力が、女神の座標に向かって“転送”される構造になってる。」


 エリオットはさらに声を潜めた。


「しかも――ただの魔力じゃない。

 何かを“制御”するための、演算情報を帯びた魔力なんだ。

 つまり、“聖女の魔力”を鍵にして、何か巨大な構造を――運用しようとしている。」


「我が国に与えられていた恩寵は――無償ではなかった、ということか……」


 レオナルトが、重苦しく言った。

 リリスも口に手を当てて、悲鳴を上げたいのを押し殺すようにしている。

 そんな中ファナだけが、よくわからないという表情で戸惑っていた。


「あの――皆さんの言う『女神』って……一体、何なのですか? さっきから聞いていたら、まるで、実体があるようで……」


「おい、エリオット、まさか……お前、自分の聖女に“女神”のこと説明してないのか?」


 レオナルトが驚いたように身を乗り出した。


「あー……言い忘れてたかも……」


 リリスは「信じられませんわ」とエリオットを非難する目を向けた。


「そうだよね、ファナは魔力や魔法の無い世界から来たから、世界の仕組みからして全然違うんだよね……」


 エリオットは、どこから話そうか、少し思案してから話し始めた。


「この国で『女神』と呼ばれている存在は、おそらく、実体かそれに準ずるものを持っているんじゃないかって思われている。

 王国の伝承では、初代国王が女神と邂逅し、女神は“魔物を操る悪”と戦うことを条件に、王子たちに“聖女”を遣わすことを約束したんだ。

 聖女は王子と魔力を分かち合い、悪を討ち果たし、王国は建国された。

 王子と聖女は結ばれ、子をなして繁栄を築いた。

 それ以来、女神は、国内に恩寵を与え、王子一人ひとりに、聖女を召喚させる存在として信仰されている……」


「『女神は必ず王子と恋に落ちる乙女を聖女に選ぶ』とも言われてますわね。」


 リリスが自分で言ってから、恥かし気に頬を染める。


「でも……私は、聖女になったからとか関係なく、レオ様のこと、好きになったと思いますけどね。」


「……リリス、それは嬉しいが、今この場で言うことでは……」


 レオナルトも思わず頬を染め、視線をそらす。

 気まずい沈黙が落ちたのは一瞬だったが、リリスはさらに赤くなった。

 レオナルトまで巻き込んで、見事に墓穴を掘った形だった。


 兄とその聖女のじゃれ合いに、エリオットは冷ややかな視線を送って咳払いをすると、場を仕切り直した。


「――前に、『魔力は誰でも持っている』って話したこと覚えてるかな?」


 ファナは少し考えてうなづく。


「はい、でも、魔法が使えるほどたくさん持っているのは、エルみたいな王族や、リリス様のような貴族だけなんですよね?」


「うん、そうだね。魔法を使えるのは王侯貴族だけ。実はそれにはからくりがあって、この『判定の儀』で自動的に手のひらに刻まれる『詠唱術式起動環』……通称『術環』があるから、修練なしに魔法が使えるようになるんだ。」


 エリオットが言うと、ファナは自分の手のひらを見る。

 レオナルトが腕と足を組んで、横から補足する。


「『判定の儀』を行えるのは、基本的に王侯貴族と神官のみ。もちろん、修練を積めば魔法は使えるようになるが、恐ろしく時間がかかる。しかも、『術環』には女神から補助的に魔力を授かって、より強力な魔法を使える仕掛けもある。」


 ほらここだ、とレオナルトは自分の手のひらをファナに見せた。術環に軽く魔力を流すと、それは淡く光り出す。


「この部分に、女神に働きかける構文が入っている。女神から魔力を“貸与”される……それを日常的に実感できるからこそ、王侯貴族は自然と女神を信仰するようになったのだ。」


 エリオットも同じように自分の術環を光らせて、ファナに見せようとした。


「ほら、ここだよ。この部分――……」


 言いかけて、エリオットはぴたりと動きを止めた。


 ――ない。


 女神の構文が、術環の中から完全に抜け落ちている。

 その瞬間、一気に血の気が引いた。


「……な、なんでもない。」


 とっさに笑ってごまかしながらも、内心では激しく動揺していた。


「でも、王国の神話にも、神殿の教義にも、女神が供物や代償を要求するなんてありませんよ。」


 リリスがエリオットの動揺に気が付かずに発言する。


「そうだな……王国建国時の悪を打ち取って以来、女神は我々に施しこそすれ、何も要求してこなかった。だからこそ“慈悲深い存在”と信じられてきたわけだが……」


 レオナルトがまだ腕を組んで難しい顔をする。


「でも、この資料を信用するならば――

 女神に“供物”を捧げている者がいて……そして、女神もそれを――受け取っている。」


 ファナの声は穏やかだったが、はっきりと響いた。


「何百年も。何十人もの聖女が。

 継続して捧げられているという事実が――それを証明しています。」

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