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刺青の聖女と契約の王子  作者: じょーもん
第四章

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39 贄の名を越えて

 肉を食べ終わると、ファナは頃合いを見計らって、焚火の周りであぶっていた土の器を焚火の中へと押し込んだ。薪を足して火を大きくすると、やがて器面がススで黒くなる。それもしばらくするとススが飛び、赤っぽい色に変わってくる。


 エリオットはちびちびと肉を食べながら、ファナのすることをしばらく見ていたが、彼女の作業が一段落する頃にすべて食べ終わると、ぽそりとつぶやく。


「ごちそうさま……おいしかったよ。」


 ファナはエリオットの方を向き、ニコリと微笑んだ後また焚火に向き合った。

 いつの間にか陽はずいぶん傾き、日の入りが迫っている。


「その器は……ファナが?」


「はい、これで次から煮物や汁物ができますよ。」


「それは――楽しみだな。」


 エリオットも焚火を見つめていた。


 やがて陽が完全に落ちた頃、ファナは器を火の中から取り出してまだ熱いうちに、集めてあった枯草や落ち葉に大急ぎで埋める。


「これで冷えるまで――明日の朝まで放っておけば出来上がりです。」


 ファナはパンパンと手を払うと、満足げに言ってエリオットを見た。


「もうちょっと……こうしていたいな……」


 エリオットは膝を抱えた姿勢で、顔だけファナに向けて言う。

 すると、ファナは彼のすぐ隣に座って同じように膝を抱えた。身体を少し傾けて、体重を少しだけ彼に預ける。


 二人は焚火がすっかり熾火(おきび)に代わり、夜の闇の中で赤く輝くまでそうやってじっと寄り添っていた。


「そろそろ冷えるよ。中、入ろ」


 エリオットは自分の上着をファナに着せかけながら言って、ファナの手を引いた。



 次の日、またファナはエリオットの執務室のソファーにいた。昨日色々と張り切りすぎたせいか、クッションを抱えて時折うとうととまどろんでいた。

 エリオットの方はというと、いよいよ解読も佳境に差し掛かる。

 昼少し前に彼は全ての資料と自分の作ったメモをまとめると、席から立ち上がる。


「ファナ、あらかた終わったよ。ネリファスのしたかったことが、だいたい見えた気がする。」


 エリオットの声に、ファナは口に手を当て、小さくあくびをして目を覚ますと、寝起きのとろんとした目で彼を見る。


「お疲れ様です。なんだか私、寝てしまって……」


「いいよ、昨日は君が頑張った日だろ?それに――寝顔も可愛かったし。」


 エリオットが彼女の隣に座って彼女の頬を撫でると、「もうっ」とファナが照れる。


「ネリファスは――何をしようとしていたのでしょうか……」


 ひとしきりじゃれ合った後、ファナが切り出した。

 エリオットもそれまで柔らかかった表情を引き締めると、居住まいを正す。


「先日誘拐された君には、少々酷な話かもしれないけれど――それでもいいかな?」


 ファナがうなづいたのを見止めると、エリオットが話し出した。


「誘拐された時にヤツが君に喋っていたから、もうある程度は察しがついてると思うんだけど……あいつは、あそこで、何百年にもわたって、何人もの聖女を改造していたんだ。」


 ファナの身体がわずかに強張るのを、エリオットは見逃さなかった。そっと肩を抱き寄せて、自分の肩に頭を預けさせる。


「地下研究所から押収した資料を分析したんだけど……、聖女の魔力を効率よく強制的に引き出せるようにする術式についてと、聖女を何かの(かなめ)にして、何かを制御する機構に組み込むための改造……それから、被害者の聖女と思われる経歴書が五十名分ほど……」


 そこでエリオットはファナを抱く手に力を込めた。ファナも、不安げに手を握り締めた。


「その中には、ファナ……君のものもあった。」


 ファナの目が見開かれる。見ていられなくなったエリオットは、彼女を自分の胸に抱きこんだ。

 ――でも、続けなければならない。


「実は、経歴書の中に、僕の父上に関するものもあった。僕の事も少し書いてあったんだけど――、僕の聖女は、僕が生まれたときから奪われて、生贄にされることが決まっていたんだ……」


「そんな……何のために……」


 ファナの肩が小刻みに震えている。


「……さっきも少し言ったけど、もっと詳しく話すよ。

 研究所にあった資料の中で、特に多かったのが、“聖女から魔力を引き出す術式”の種類だった。

 それも、ただ奪うんじゃない。持続的に、効率的に、まるで精密な装置のように――

 聖女の身体そのものを、魔力の供給源に組み替える仕組みだった。

 さらに恐ろしいのは、魔力を引き出すだけじゃなく、それを“どこかへ送り出す”転送構造があったこと。

 転送先は、空間座標的に見て、高位の層――つまり、僕らの生きる現実の魔力よりも“上にある存在”へ接続されている。

 ……そして、ネリファスが言った“女神の供物”という言葉。

 この転送先が、君たち聖女の力を使って成り立つ何か――

 僕には、それが“女神”以外に思えなかったんだ。」


「女神って……何なんですか……」


 ファナがエリオットの胸のあたりの服をぎゅっとつかんで、絞り出すように言う。


「女神は、この国の信仰の対象で……王子に聖女と膨大な魔力を与え……恵みと恩寵をもたらし――」


 エリオットが痛みに耐えるような表情で呟くように言う。


「聖女を奪うもの……かもしれない……」


 ファナの視線が、虚空を彷徨う。

 エリオットは、それでも彼女を抱きしめる手を緩めなかった。


「エル?私……奪われるために――この世界に来たのですか?私……女神に捧げられるために……」


 ファナが今にも消え入りそうな、震える声で囁いた。


「違うっ!」


 エリオットがまるで悲鳴のように叫んだ。


「絶対に違う!君はそんな事のために、ここに来たんじゃないっ!」


 ファナが息をのむ。


「君は、僕の……僕だけの聖女……僕の、妻……なんだ。

 絶対に僕が守る。女神にも、奪われたりしない。」


 エリオットは、自分の唇をファナの唇にぶつけた。

 強く押し付けて、まるで食べてしまう様にむしゃぶりつく。

 ファナがあっけにとられて唇を緩めると、その期を逃さず深く彼女へと潜り込む。


「ん………」


 ファナも最初は驚き戸惑っていたが、やがてまぶたを下して彼を受け入れた。






「とりあえず、君の装いには、徹底的に、君を守る術式を刻んである。もちろん転移避けのもね……、それに、君は一回僕に召喚されているから、召喚による奪取もあり得ないし、その点は安心していい。」


 エリオットは自分の腕の中でまどろむファナの髪を撫でながらつぶやいた。


「はい……わかっております。エルの魔力に包まれてることが――だから、私は安心してられる……」


 ファナは夢とうつつの(あわい)を漂う声音で、囁き返す。

 エリオットは、胸がいっぱいになって、ファナの額に唇を寄せる。


「刺青の回路を完全につないだから、僕の魔力もまた上がったみたいで……思った通りに色んな術式を同時に動かせるようになったんだ……だから、もう、君がどこへ行っても、君の周りの状況も、場所の座標だって、即座に分かる……、絶対に見失わないよ……」


 ファナの意識はすでに夢の方へと流されて、エリオットのつぶやきは彼女の耳に入らない。


「まだ、僕たちは、繋いだ回路を切ろうと思えば切れるけど――まだ、僕は僕で、君は君だけど……」


 エリオットの中に、数日掛けて読み解いた術式の数々がよぎる。


「あれを応用すれば……本当の意味で、ファナとずっと一緒にいられるのかもしれない……」


 彼の中で、彼を導くように一本の道筋に、ほのかに灯りがともりだした。

 エリオットは目をつぶり、その灯りを、見失わないように、丁寧に追い始める。

 それを追いながら彼もまた、夢の中へと落ちてゆくのだった。

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