37 契約の祝福
神殿の大聖堂の扉が重々しく開き、大神官セラフィオスに伴われて、二人の若者が静々と花道を進んでゆく。
赤みがかった金髪で薄青い瞳の青年、レオナルトと、白金に近い金髪にエメラルドの瞳のリリスだ。
今日は、レオナルトは騎士服に似た盛装をしている。リリスはオーガンジーをふんだんに取り入れた華やかな聖女の法衣に身を包んでいる。
レオナルトは決意に満ちた勇ましい表情で、リリスは幸せに包まれた微笑を湛えて、参列者の前を通り過ぎて行った。
「リリス様、綺麗ですね。」
王族の参列者席で、エリオットと並んで座っていたファナが、彼らを見ながらつぶやいた。
「そうだね。でも君がレオナルトを褒めなくてよかったよ。」
嫉妬してしまう、とエリオットは苦笑いする。
やがて、大聖堂の中央に用意された舞台に上ると、参列者は水を打ったように静かになった。
「皆々様、本日はご参列、誠にありがとうございます。かかる日を迎えられしこと、神々のご加護と聖女の御導きに深く感謝申し上げます。今ここに、第三十二代国王アレクシス陛下の御子、レオナルト・ヴァルトリア王子と、その聖女、リリス・エヴァンセール様との『契約の儀』を、厳かに執り行います。」
先日と同じように、セラフィオスが挨拶を述べると、『契約の儀』のみで歌われる聖歌が、神官たちによって女神に捧げられた。
その間、厳めしい顔で立つレオナルトのわきを、肘でつついて、リリスは微笑む。
リリスのささやかないたずらに、レオナルトは緊張が表情に出ていたことに気が付き、眉を少し下げて彼女に微笑み返す。
仲睦まじい二人の様子に、参列者もほほえましく囁き合った。
やがて、儀式はクライマックスへと差し掛かる。いよいよ、王子と聖女が契約を成立させ、互いが唯一の伴侶となる。
舞台の上に、大規模な魔法陣が展開され、その中央で、レオナルトとリリスが向かい合い、互いに手を取り指を絡ませた。
「リリス。私の聖女として――契約を成してほしい。」
「はい、レオナルト殿下。」
リリスが微笑むと、レオナルトはこいねがうように続ける。
「そして――私の伴侶として、生涯を共にしてほしい……」
神官たちが、契約の術式を詠唱し始める。
魔法陣に青白い光が走り、契約に関わる術式が次々と詠唱されているのがわかる。
「もう……レオさま、こんな時にプロポーズなんて……ずるいです。」
光の中でリリスは、一瞬驚いた顔をしたが、嬉しそうな泣きそうな顔で答える。
「返事は?」
レオナルトは少し不安そうに彼女の瞳をのぞき込む。
リリスは絡めた指に力をこめ、満面の笑みで答えた。
「はい、よろこんで。」
彼女の瞳から一筋、涙が光った。
契約の術式詠唱も、いよいよ終わりに差し掛かった。
レオナルトとリリスは、瞼を閉じて、額と額を合わせる。
レオナルトの背後に青白く契約の魔法陣が浮かび上がった。リリスの後ろにも、幾輪もの青白い百合の花が咲き乱れる。二人の属性を示す赤や黄緑の光の粒が舞い踊り煌めいた。
やがて、二人を象徴する魔法陣と百合の花は融合し、光がはじけた。
参列者たちが感嘆と祝福を口々にする。
やがて大聖堂は歓声に包まれた。
「ここに、王子レオナルト・ヴァルトリア殿下と、聖女リリス・エヴァンセール様との契約、厳かにして無事、結ばれましたことを宣言いたします。」
セラフィオスが宣言を述べると、歓声はさらに大きくなった。
参列者たちが、温かなささめきに包まれて神殿を後にする頃――
夕日に照らし出され、ファナはエリオットと神殿の回廊をゆっくり歩きながら、式の余韻に浸っていた。
「とてもいい式でしたね。私たちの時とは、ずいぶん違いましたが。」
ファナが言うと、エリオットの目が少し泳ぐ。
「そ…そうだね。……兄弟のやに下がった顔を見るのは……複雑な気持ちだったけどね」
「お前がそれを言うのか?」
後ろから声をかけられた。
エリオットが振り返ると、レオナルトがリリスを伴って、こちらにやってきていた。
「レオナルト様、リリス様、おめでとうございます」
「ファナ様、ありがとう。」
ファナも向き直り、丁寧に頭を下げると、リリスが微笑んで答える。
「見送りに来たの?」
エリオットが決まり悪そうに目線をそらしながら言うと、レオナルトは勝ち誇ったように答える。
「俺は、契約後すぐに控室にしけこんだどっかの誰かとは違うからな。」
「っっなぜそれを知って―――」
エリオットの頬がみるみる赤く染まる。
ファナはエリオットの隣でキョトンとしていて、リリスはくすくす笑っている。
エリオットはしばらく悶えていたが、顔を撫でて表情を繕った。
「……契約、おめでとう。」
レオナルトから視線を外して、照れからか顔を真っ赤にして、エリオットはぼそりと言った。
レオナルトは一瞬何を言われたかわからなかったが、エリオットの意図に気が付くと、くしゃりと表情を歪めて
「……ありがとう」
と言った。




