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刺青の聖女と契約の王子  作者: じょーもん
第三章

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32/68

31 贄と封印、知られざる記録

「お前が正式に調査に参加するなら――こちらも見てほしい。」


 レオナルトはまたヴェイルに合図すると、侍従は再び書類カバンから別の紙束を取り出す。

 エリオットはそれを受け取ると、またパラパラと中を見た。

 書類は1枚につき一人の略歴が書かれているもので、そのほとんどが女性だった。


「うーん……これは、聖女?」


 エリオットは、書面の文字列に視線を這わせる。


 ――マナリア・エリシエル 王国暦324年召喚 

 第十三代国王第四王子 ユリウス=ルフェール・ヴァルトリアの聖女 

 出身は異界の「風の神殿」巫女 『金剛の座』

 王国暦325年 契約の儀前に処置する初の試み

 精霊魔術との親和性が高く、当初『神喰の贄』を想定していたが、次世代の『封印の贄』とする

 王国暦327年 第四王子 魔力暴走にて死去 やはり未契約の王子は聖女なしには保てない

 王国暦328年 先代破棄 本格運用開始

 王国暦381年 破棄


 エリオットは、眉をしかめて、次の一枚をめくる。


 ――セフィナ・ルヴィエル 王国暦595年召喚 

 第二十四代国王第一王子 ラグナ=エドモンド・ヴァルトリアの聖女 

 ルヴィエル侯爵家長女 『藍玉の座』→『青玉の座』

 王国暦598年 王子の継承権を喪失に伴い、神殿へ移管 処置『神喰の贄』

 ※拒絶反応なし、適合率高

 王国暦607年 第一王子死去


 何枚かめくって、エリオットはある事に気が付く。

 契約の儀の後、『神喰の贄』と記された聖女の王子は長くても十年以内で死んでいるが、『封印の贄』と記された聖女の王子は、みな天寿を全うしているように見える。どうもこの二つには、大きな違いがあるように見えた。


「この聖女たちは?」


 エリオットが、一枚一枚丁寧に読みながらレオナルトに聞く。


「ざっと調べたところ、皆、失踪したり、事故死したり、病死したり――『契約の儀』前後で表舞台から姿を消した聖女たちだ。彼女たちに共通することは、王位継承者の聖女ではなかったこと、妊娠出産を経験していなかったこと――」


 レオナルトが鋭い視線のまま答える。

 と、その時、エリオットの手が止まった。 


「え?」


 ――ファナトゥナカ 王国暦788年召喚 

 第三十二代国王第二王子 エリオット・ヴァルトリアの聖女 

 異世界より召喚 巫女か? 『黒曜の座』※魔力量不明

 王国暦788年 予想外の召還事例、近年まれにみる魔力量

 『神喰の贄』としては惜しいが、もはや猶予がない。

 評価次第ではリゼリヤーナとの交換も視野に対応。


 思いがけず、愛しい名を見つけ、動揺が走る。

 言葉が出なかった。

 目の前の紙片に、確かに綴られているのは、ファナの名前だった。


「ファナだ……」


 やっとつぶやいたエリオットに、レオナルトは深くうなづいた。


「……見つけたか」


 レオナルトは、少しだけ目を伏せてから言った。


「――彼女は最初から、“誰かの手に渡る予定だった”のだ」


 エリオットは微動だにせず、その書面を見つめていた。

 紙片を握る指先が、白くなるほど力を込めていた。


「こちらも見てほしい。」


 一呼吸おいてから、レオナルトはあらかじめ一枚抜いてあった経歴書を差し出してくる。

 エリオットはファナの経歴書をそっとテーブルに置くと、その書面を受け取って目を通した。


「え?これって……」


 思わずレオナルトの顔を見る。

 レオナルトは黙ってうなづいた。


 ――リゼリヤーナ 王国暦766年召喚 

 第三十二代国王 アレクシス・ヴァルトリアの聖女 

 出身は大陸外に生息するエルフ 『金剛の座』 王位に就いた後の召還は久方ぶり

 王国暦767年 『契約の儀』直後に処置 即運用開始

 前世代の反乱分子による傷が深く、女神に一刻の猶予もない。

 今代唯一の聖女であるが、『封印の贄』にするほかない。

 王国暦767年 国王 魔力暴走にて危篤 契約直後の離別はやはりリスクが高い

 ※リゼリヤーナも意識を鈍化させたにもかかわらず、王の名を呼び続ける。

 王国暦769年 国王 王国内女性と婚姻、

 クラリーチェ・アルセノール公爵令嬢→正妃『紅玉の座』

 イレーネ・ロスヴァルド辺境伯令嬢→側妃『黄玉の座』  進言が功を奏した

 ※リゼリヤーナ一時不安定に、契約者が別の女と性交渉を行ったためか。

 以後、意識レベルをさらに鈍化させる必要性

 王国暦770年 レオナルト・エリオット両王子誕生。次代継承問題が一つ片付く

 ※エリオット王子の魔力量が少ない。

 贄にできるレベルの聖女が召喚できるか不安材料

 王国暦775年 王の精神面で依存傾向の見られた側妃イレーネを排除。

 リゼリヤーナ以後安定



「――どういうことだよ、何なんだよ、これ、リゼリヤーナって……」


 紙を持つエリオットの手が、小刻みに震えていた。


「父上の……聖女の名だ」


 レオナルトは、言うと、目をつぶって深呼吸をする。


「陛下の聖女は、契約の儀直後に失踪したって……」


 エリオットが所在なさげに問う。


「そうだ。彼女は自らの意思で失踪し、その名は全ての記録から削除され、王の配偶者は、俺の母とお前の母のみとなった。それが今まで知られてきた事実だった。だが、しかし――」


 レオナルトの目が開かれる。


「実際は、何者かに奪われ、女神の贄とされていた。その書面からはそう読み取れる。」


「女神が……贄?」


 エリオットは、世界が崩れていくような気がした。

 彼は信心深い方ではなかったが、女神信仰は彼の物心ついた時から身近にあり、女神は慈悲深く、彼に聖女を与えてくれる存在であったからだ。

 その慈悲深い存在が、聖女を、そして誰かの人生や運命を喰らっているなど、信じることができなかった。


「陛下には、このことは?」


 エリオットはショックから完全に立ち直れないものの、先をうながす。


「まだご報告していない。正直、このような書面一枚で、父上のお心を乱してよいものか……俺は決めかねている。」


「そうだよね……いずれお伝えしなくてはいけないことだとは思うけど……今じゃない」


 エリオットは持っていたリゼリヤーナの経歴書をレオナルトに戻す。

 レオナルトはそれを注意深く受け取ると、侍従のヴェイルに渡した。


「ファナたちにもしばらくは黙っておくだろう?あんなことがあった後だ、あまり動揺させたくない。」


「ああ、リリスにもしばらくは伏せとこうと思う。」


 二人は立ち上がると、自然と手を差し伸べ、握手を交わす。


「そういえば、王宮の地下牢にエリザベータを拘束している。なかなか口を割らなくて手を焼いているのだが……お前も尋問に参加するか?」


 レオナルトが、今思い出したというように、提案した。


「ああ、そうだね。調査の中心に入れてくれるなら、彼女の尋問に僕も参加するべきだよね。僕の可愛いファナにあんな仕打ちをしてくれた落とし前もつけなきゃいけないし――」


 エリオットは一気に悪い顔つきになって答える。


「――僕ね、術式にはちょっと腕に覚えがあるんだ。彼女には指一本触れなくても、全て吐き出したくなるような、そんな愉快な術式も、いくつか心当たりがあるよ?」


「……また顔つきが変わったな」


 レオナルトは苦笑交じりに呟いたが、 その実、内心では僅かな戦慄を覚えていた。


 弟は穏やかで理性的に見えるが、

 芯には、底の知れない“狂気”を抱えている――

 ファナという光のような存在が、その闇を抑えているにすぎない。


「じゃあ、あとは地下で会おうか。お互い、聞き出すべきことは山ほどある」


 エリオットは笑った。その微笑は、どこか冷ややかだった。


 午後の日差しが、静かに傾いていく。

 再び緊張の影が落ちようとしていた。



「では、リリス様、今日は楽しい時間をありがとうございました。」


 ファナは玄関までレオナルトとリリスを見送りに出ていた。


「いいえ、ファナ様こちらこそ!本当に、あんなことやこんなこと……ふふっ、大変勉強になりました。」


 リリスはすっかり年頃の乙女の顔をして、ファナの両手を取っている。

 それを見て面白くないのはエリオット。


「君たちなんなのさ、距離が近いよ距離が!ファナ、後でリリス嬢と何喋ったか、ちゃんと教えてよね!」


「まあ!エリオット殿下は乙女の秘密をあばこうとなさるの?狭量な男性は嫌われましてよ?」


 リリスが大げさに言うと、エリオットはぐぬぬと追い詰められる。


「おい、そろそろ行くぞ」


 レオナルトが促すと、リリスはひらひらと手を振って、レオナルトのエスコートで馬車へと乗り込む。


「じゃあファナ。僕もちょっと王城へ野暮用に行ってくるから、絶対にここから出ないでおとなしく待っててね?この宮には何重にも術式をかけといたから、ね?」


 このままレオナルトに続いて王城へ行くエリオットは、今生の別れのように言いながら手を握った。


「はい。エルの帰りを待ってますね」


 ファナは微笑むと、彼の頬にチュッとキスを送った。


「えっ?ええええっっっっ??何っなにっなにぃっっ!どこでそんなの覚えたのさっっっ」


 頬を抑えて動揺するエリオットに、ファナはしてやったりと笑顔になる。


「ふふっ、リリス様ですよ。こちらではこのように親愛の情を表すんですね」


「―――――っっっ」


 エリオットは、素晴らしいことを教えてくれたリリスに「ブラボー!」と叫びながら、同時に「なんてことを教えてくれてるんだ……ファナにものを教えるのは、全部僕なのに……!」と、意味不明な叫びをあげていた。

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