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刺青の聖女と契約の王子  作者: じょーもん
第三章

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30 王子たちの決断、聖女たちの密談

 その日の最後の残光が消え、夕紫の帳が、ゆっくりと夜の濃紺へと移ろうころ、セレノア宮の門を二人を乗せた馬車がくぐった。


「おかえりなさいませ、殿下、奥様」


 玄関に出て待っていた侍女たちが、タラップを降りてくる二人に微笑みながら頭を下げる。


「“奥様”はまだ早いんじゃない?よく考えたら婚姻の儀はまた別にあるんだし、婚約者って特別な今しかない期間を楽しむのも、悪くない気がしてきたよ。」


 幸せである、というオーラを全身からほとばしらせながらエリオットが言うと、やることやっといて今更何を言っているのかこの王子は、という心の声をありありと表情に載せながら、侍女長が返す。


「では――婚姻まで、主寝室はお使いになられない、ということでよろしいのですね?」


「え?」


「殿下のご命令により、侍女一同、本日より寝室のご準備を整えておりました。

 ですが、婚姻までは節度を守りたいという高潔なお考えとあらば……」


「あーーーーっっ!却下却下っっっ!! ファナは僕の妻! 今日から一緒に寝て起きる!!」


 本気であわてるエリオットに、ファナも、セルジュも、侍女たちも笑った。

 笑い声が、セレノア宮の静かな夜に、ぽつぽつと灯る明かりのように広がっていった。




 次の日の昼過ぎ、セレノア宮は珍しい人物を迎えていた。

 自らの聖女を伴って現れたのは、第一王子のレオナルト。この宮を訪れるのは初めての事だった。


 朝一番の先触れで、来訪はわかっていたものの、ファナを伴って出迎えたエリオットも、侍従のセルジュも戸惑いを隠しきれずにいる。


「……契約、おめでとう。」


 タラップから降りて、エリオットの前に立ったレオナルトは、やや不機嫌そうな顔をして、目線をそらしながら言う。その目元が赤らんでいることに、隣に立つリリスはクスクスと笑っていた。


 セルジュに先導されて、応接室に向かう。


「リリスはファナ聖女と話がしたいそうだ。」


 扉をくぐる時、レオナルトが言った。リリスがにこりと笑ってうなづいている。


「俺も、お前と話を詰める必要がある。」


「わかった。ファナ?大丈夫かな?」


 エリオットがファナを見ると、ファナも微笑んでうなづいた。


「はい。ではリリス様こちらへ――」


 彼女を誘おうとしたファナの腕をエリオットは引き寄せて、その額に口づけを落とす。


「昨日の事を思い出して、体調が悪くなったら、すぐに僕を呼ぶんだよ?コイツなんて放っといてすぐに駆け付けるから」


「貴様ぁっ!」


 レオナルトがうなり、リリスはほほえまし気に笑う。



 応接室に二人きりになると、レオナルトはようやく椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。


「……リリスには、まだ全ては伝えていない。ファナ聖女がかどわかされかけた、とだけ、言ってある。」


「ふぅん、そう。で、何かわかった?」


 エリオットも彼の向かいに腰を下ろし、視線をまっすぐにぶつける。

 柔らかい口調の裏に、鋭い刃が覗いていた。


「ファナ聖女がとらわれていた部屋……ネリファスの地下研究所とでも呼ぼうか……そこからは、昨日のうちに目ぼしい資料は押収した。だが――」


 レオナルトの声がわずかに低くなる。


「……昨夜、何者かが現場を襲撃した。見張りの騎士は重傷。資料の大半は火を放たれて、ほとんど灰だ」


「……奴が、帰って来たんだね。まあ、転移の術を使える時点で、捕えられなかったことを責めるつもりはないけど……厄介だな。唯一良かったことは、王宮には結界が張られて奴が転移する余地がないことだね。ファナに転移防止の術式を仕掛けるか……何かあれば僕が強制転移するように組み直すか――」


 エリオットは手を組んで遠くを見るようにぶつぶつとつぶやいた。


 レオナルトはそんな弟をしばらく見つめた後、出されていたティーカップに口を付けて、唇を湿してから思い切ったように切り出した。


「押収した資料は、すぐに騎士団で内容の調査が始まったんだが……いかんせん、専門分野が違いすぎる。術式理論の専門知識が無ければ読み解くことは不可能な代物、という事が分かった。とはいえ、神殿や学者どもに渡すには、問題のある内容であることは薄々感じている……」


 レオナルトが背後に立っていた、侍従のヴェイルに合図すると、彼は書類カバンから一束の紙束を差し出した。

 エリオットはそれを黙って受け取ると、パラパラとめくる。


「うーん……なんだろう、即答はできないんだけど……魔力を吸い上げて――どこかへ転送する、ような……術環の魔力転位構造を軸に、層位をより高次元に変換して―――あー、これ、ちょっと契約の儀の魔力同調の構造応用……?」


 だんだんと自分の世界へと入って行ってしまう弟に、レオナルトは咳払いをする。


「エリオット、騎士団として、お前に協力を要請したい。」


 エリオットは資料から顔を上げると、目を見開いてレオナルトを見た。


「レオナルトが――僕を名前で呼んだ……」


「はっ?俺だってお前の名くらい――」


「それに、自分の事、『俺』って言うんだ――」


 エリオットはニヤニヤと笑みを浮かべてレオナルトを見る。


「ったく、お前は俺の事を何だと――」


 レオナルトは照れを隠すために咳ばらいを何度かした。


「――いいよ。全面的に協力する。今回だけじゃない。この件が全部解決するまで、協力……いや、調査の中心に、僕を入れてほしい」


 エリオットが真剣な声音で良い、レオナルトは目を見張った。


「意外だな……お前なら、契約したばかりの聖女との時間を優先すると断られるのも覚悟していたんだがな……」


「ファナが僕の最優先事項なのは変わらないよ?でもね、僕はファナを狙った犯人が許せないし、目的もわからない事も気持ちが悪い。第一、犯人が野放しになってる以上、ファナを王宮の敷地から出す事もできない。僕はそんな窮屈な思いをさせたくないからね。」


「……ぶれないな」


 レオナルトは呆れつつもどこか納得した顔をしていた。




 その頃、ファナはリリスを小広間に誘い、お茶を用意させていた。


「改めて、エリオット殿下とのご契約、おめでとうございます。」


 リリスは丁寧に礼をする。

 ファナもにこやかに礼を返した。


「以前お伺いした時は、『契約の儀式』はおろか、ご自身のお気持ちにも気づかれていらっしゃらなかったのに、昨日のエリオット殿下は見せつけるようなご寵愛ぶりで……この数日で何がございましたの?」


 リリスは早速気になっていたことを、声をひそめて問いかける。

 ファナは少し頬を赤らめながら、つられるように声をひそめてて答えた。


「その……リリス様に言われて、エルへの気持ちをよく考えまして……思いを告げましたところ、すぐに契約の儀を行うことになりました。」


「まあ!ファナ様から愛を告げられたのですね!?その……お二人は、どこまで進んでらして?」


 リリスは興奮した様子で身を乗り出してくる。


「どこまでとは……エルには、刺青を入れてもらいました。すごく痛かったですが、とても幸せな時間でした。」


「刺青?!」


「その後は、『初夜の儀』をーー」


「え!?しょ…しょ…初夜?!もしかして、もう……?」


 リリスの頬が真っ赤に染まるが、ファナは嬉しそうに答える。


「はい。身体を繋ぎまして、愛していただきました。しかし、次の朝、いざ歯を抜いていただこうとお願いしましたが、王家では抜歯の風習はないとーー」


「抜歯〜〜〜!?」


 リリスはとうとうはしたなく声を上げて、ソファーに沈み込んだ。


「刺青に、初夜に、それから抜歯??意味がわからないわ。もう……キスで喜んでた私が、子供みたいじゃないの!」


 リリスが投げやりに言うと、今度はファナが身を乗り出す。


「その……リリス様はレオナルト殿下と、キスされたんですか?キスって、口吸いのこと、ですよね?エルが……そんな風に言ってたんで……」


「……そうね?たぶん、そうとも言うわ」


「その……リリス様は『初夜の儀』はお済みではないんですよね?」


「もちろんじゃない!普通は婚姻を結んだ後にすると思うわよ!」


 なぜキスの話なのに、初夜が出てくるのかわからないリリスが、これ以上ないほど顔を真っ赤にしている。


「初夜の前に、口吸いをされたんですか?!口吸いって、閨事(ねやごと)以上に……淫らじゃないですか!神聖な口と口を合わせて、唾液を交換して……。」


「だっ……唾液を……交換って、ちょっと……!?」

――エリオット殿下!ファナ様にどんなキスなさってるのよ!?


 リリスは心の中で悶えた。が、ファナは心底心配そうにリリスを見る。


「その……初夜より先に口吸いを求められるなんて、レオナルト殿下は本当にリリス様を大切になさってくださってますか?あ、それともリリス様が、身体をつなげる前にどうしても唇を捧げたかったとか……」


 ファナはポッと頬を赤らめると、少し興奮したように続ける。


「リリス様は意外と大胆なんですね?」


「一体、ファナ様の常識は、どうなってらっしゃるの〜〜!!」


 小広間に降り注ぐ午後の日差しの中、リリスはカルチャーショックにのたうちまわっていた。


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