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刺青の聖女と契約の王子  作者: じょーもん
第三章

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28 再び歩くために

「殿下っ!申し訳ありません。ネリファスを確保し損ねましたっ!第三騎士団もこちらに到着――」


 部屋の外までネリファスを追っていた騎士の一人が戻ってきて言葉に詰まる。

 視線の先では、第二王子が聖女の唇を塞いだまま、静かに彼女を抱きしめている。


「……これ、我々……どうすれば」


 もう一人の騎士が、小声で囁く。


「……見なかったことにしろ」


 二人は音を立てないように室外へと出た。


 しばらくして、大勢の足音が近づいてきて、エリオットはようやくファナの唇を離した。

 その唇がてらてらと唾液で濡れて、エリオットは初めて、自分が何をしていたのかに気付いてしまった。喉が焼けるように熱くなり、頬が赤く染まるのを感じた。

 ファナはまだショックから立ち直りきれてないようで、彼の服をしっかりと握ると、彼の胸板に顔を押し付けてくる。その肩が小刻みに震えていた。


「大丈夫。僕、もう今日はファナを離さないから。」


 エリオットは赤面したままなのを自覚しながらも、軽々と彼女を抱き上げて、室外へと足を踏み出す。


 破壊した入口のあたりには、もう第三騎士団の団員が集まりつつあった。


「僕は神殿に向かう。君たちはこの部屋の保存と、周辺の探索、それから……残党の捜索もお願いできるかな、後、出口まで案内してくれる?夢中で走ったら、わからなくなってしまったよ。」


 エリオットの声は静かだったが、逆らえない熱を帯びていた。


「承知いたしました。それでは、わたくしが出口まで案内いたします。」


 第三騎士団長が進み出た。

 エリオットは鷹揚に頷いて後に続いた。



 聖廟から出ると、そこにはもうエリオットの馬車が横付けされていて、傍らにセルジュが立って待っていた。

 エリオットに抱き上げられて運ばれるファナを見て、痛ましげに表情を歪める。


「ご無事で何よりでした。」


 それだけ言って、彼は馬車の扉を開けた。



 馬車が走り出しても、ファナはエリオットから離れようとしなかった。

 時折、恐ろしい体験を思い出しては身震いし、その度にエリオットに魔力をねだる。

 エリオットは、求められるがまま、自分の魔力を差し出した。


 馬車は間もなく神殿へと到着した。

 神殿には、セラフィオスをはじめとした神官たちや、本来本日ファナの侍女を務めるはずだった女官たちが待ち構えている。


「ご無事に戻られて……」


 セラフィオスが言葉を詰まらすと、エリオットは温度の無い声で


「ファナは、朝から神殿にいた。そうだな?」


 と言う。

 セラフィオスは目を伏せ、小さく頷いた。

 その沈黙こそが、すべての了解を示していた。


 それを見届けることなく、エリオットはファナを抱いたまま入っていった。


 ファナの心情を慮ってか、事件の現場を保全するためかは定かではなかったが、ファナとエリオットは朝とは別の控室に通される。


「それでは、聖女様のお召替えを――」


 エリオットからファナを受け取ろうと、侍女が手を伸ばすと、ファナがサッと顔を青ざめさせた。


「いっ……いやぁっっ!!」


 思わず口をついて出た拒絶に、一番驚いたのはファナ自身だった。

 口を両手で覆い、目を見開いてわなわなと震えている。


「……しかし、お召し物も汚れてますゆえ……」


 困ったように再度手を伸ばす侍女。


「ぁ……やぁ……っっっ!!」


 ファナは錯乱に陥りそうになっていた。


「ファナ、大丈夫だ。僕がいるっ!」


 エリオットは身をよじって侍女から逃れようとするファナを強く抱きしめる。

 涙で濡れた目で、ファナがエリオットを見上げる。

 不安な目が、また魔力(安心感)をねだっていた。


 エリオットは、一瞬ためらったが、侍女の目を無視して彼女に応えることを選ぶ。


 彼女の薄く開いて迎えてる唇にかぶりつき、舌でこじ開けて唾液を流し込む。

 エリオットの唾液が喉奥へと流れ込むたび、ファナの震えが少しずつ静まっていく。

 それは魔力であると同時に、祈りのような体温だった。


 ファナはかすかに呟いた。

「……あたたかい……」

 それは、震える声でありながら、確かに感謝の響きを含んでいた。


「ファナ、これから契約の儀式なんだ。このままの服では嫌だろ?僕が着換えさせてあげるから……いいかな?」


 エリオットは、優しく言い聞かせるように彼女に言う。

 ファナは、コクンとうなづいた。


「――ということで、僕の聖女は、僕が着がえさせるよ。この状態のファナじゃ……君たちには無理だろ?」


 突然の濃厚なキスシーンに目をそらしていた侍女たちに、エリオットが視線を送る。


「――はい、仰せの通りにいたします。」


 一人の侍女が、動揺を隠せず顔を赤らめる。もう一人がそっと肘でつつき、慌てて頭を下げた。



 侍女たちがエリオットのサポートに回り、てきぱきと衣装を用意してゆく。

 今日の彼女に用意されたのは、聖女然としていても、どこか軽やかで華やかな女神を思わせる純白の法衣だった。

 エリオットは、なるべく肌を直視しないよう努めながら、汚れた法衣を脱がし、肌を清めて、清潔な衣類に変えてゆく。

 怯え切っているファナは、エリオットにすべてをゆだねてあどけなく、彼の庇護欲をそそった。


 ――絶対ファナを守る……もう、二度と奪わせない。


 軽やかな薄絹のシュミーズを引き上げながら、エリオットは決意をあらたにした。


 ファナの身支度が終わると、今度はエリオットの身支度だったが、これも一筋縄にはいかなかった。

 とにかくファナが、エリオットから離れることを異様に嫌がった。

 仕方なしに、彼はファナの前で着換えることを選択する。


「大丈夫。僕は離れないから。」


 いいながら、自分も汚れた服を脱ぎ、身体を濡れた布で清めて、新しい衣服を着る。

 シャツを脱いで、しっかりと付いた筋肉が露わになる。彼は着やせするタイプだったらしい。ここまで彼女を抱いて運んできても、ビクともしなかっただけある、たくましい体つきをしていた。

 ぼんやりと彼を見上げていたファナが、突然頬を赤く染め、視線をそらした。それでも彼の身体に触れていないと不安だったらしく、離れることはできない。


「ファナならいくらでも見ていいのに……」


 エリオットが微笑んで言うと、ファナはうつむいて、「うぅ……」とうめいた。

 ファナはうつむいたまま、エリオットのズボンの裾を指先でそっとつまむ。

 離れたくないという想いだけが、彼女を動かしていた。


「さあ、できたよ。見てごらん?」


 すっかり支度が整うと、エリオットはファナを姿見の前まで連れて行く。


「まあ素敵!」

「お似合いでございます」


 二人をほほえましくサポートしていた侍女たちも、口々にほめそやした。


「ファナ、僕の自慢の聖女はどう?とってもきれいなひとだろ?」


 エリオットは、彼女の腰に手を這わしながら、ゆったりと寄り添った。


「どこも汚れてないし、どこも穢されてない。僕の自慢の聖女だ。」


 ファナは何も言わず、鏡の中のエリオットを見つめている。

 鏡の中には、知らない少女がいた。

 けれど、彼に抱きしめられると、その顔が自分のものだと、ようやく思えた。


「今日は本当に、僕は幸せなんだ。こんな素敵なひとと、契約して一つになれる。もう、世界中に自慢して、このひとが僕だけのものなんだって、叫んで回りたい。」


 エリオットは微笑むと、ファナの手を取りその指先に口づけを落とす。


「ファナ、だから、胸を張って、僕の、僕だけの聖女になってください。」



 エリオットの言葉にファナは目を見開いて、それから、エリオットの顔を見上げて、彼に抱き着いた。


「うん……うん……ありがとう……エル……」


「だめだよ。泣いたら、また目が腫れちゃう。」


 くすりと笑って、また泣きそうになる彼女を抱き上げると、エリオットは静かに歩き出す。


 セルジュが扉を開けた。


 契約の儀式が、もうすぐ始まる。

 エリオットに抱かれたまま、ファナは“再び歩くため”の第一歩を踏み出した。

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