27 祈りの口づけ
神殿を出たエリオットは、左耳に仕込んであったイヤーカフに触れながら、自身の感知能力を高める術式を発動させる。ファナの刺青を参考に組み上げた増幅機構で、もとはと言えばファナと離れているときに、彼女の様子を確認するために仕込んでいたものである。
――ファナの魔力だけ拾えるようにしたのは良かったけど……やっぱり彼女に意識がないと信号が微弱だ……これは改良の余地ありだな……ファナの意識の有無にかかわらず、彼女の位置や周囲の状況まで拾えるようにしなければ――
エリオットは考えながら、あたりを動き回り、信号の強度を確認すると、より強く感じられる方向へ走り出す。
――早く目覚めてくれっ、そしたらすぐに迎えにいけるからっ!
エリオットは祈るような気持で、ひたすらファナの魔力を追った。
やがて、エリオットは王都の北側、中心部から外れた場所にある墓地へとたどり着いた。
そこは、王都でも特に格式高い墓地で、一番奥の特別な区画には王位を継承しなかった王族やその聖女たちの墓所も設けられている。周囲には公爵家をはじめとして高位貴族の墓所が設けられており、敷地はかなりの広さがある。
「ここら辺からファナの魔力の気配がするんだけど……」
眼前に広がるのは墓石ばかりで、身を隠せるような場所が見当たらなかった。
「……気配は確かにここから出てるのに、どこにも出入口がないなんて」
エリオットがつぶやいたその時、背後の騎士が声をかけてきた。
「殿下、実は、この地下は八百年前のガルナシオン王朝時代の遺跡であり、その一部は王統に連なるも、継承の座を辞された御方やその聖女様方の聖廟として利用されております。」
騎士の一人がそう告げると、エリオットは小さくうなずき、目を細めながら、どこかに潜む気配に鋭く意識を向けた。
「なるほどね、聖廟から遺跡には入れそうだな。すぐに捜索したい。」
「昼間は墓守が裏手の小屋に常駐していますので、すぐに開けさせます。」
騎士の一人が申し出て、すぐに霊廟の方へ駆け出した。エリオットともう一人もそれに続く。
走りながら右耳のイヤーカフに指先を当ててセルジュに声を送った。
「ファナの居場所が分かった。ノルヴァル地区の墓地だ。おそらく古代の地下遺跡内にいると思う。――位置座標を送信。増援を要請する。……だが、僕は待たない。王族の聖廟の入り口から突入する。」
『殿下っっっ!!』
イヤーカフからセルジュの悲鳴のような声が聞こえたが、エリオットは無視しして音声通信を終了する。
墓守が騎士に伴われ、第二王子の気迫に動揺しきって震える指で門扉を開けた。
一瞬の静寂――誰も言葉を発さなかった。
「僕の位置座標は、随時侍従に送っているから、増援の騎士団にも情報が行くはずだ。君たちは僕を支援してほしい。」
エリオットは言って、聖廟へと突入した。
聖廟にはいってすぐのホールには、ここに葬られている者たちの墓誌が整然と並べられていた。その右手には地下の安置室へと続く階段が目に入る。各々が墓守から魔力で光るランプを受け取ると、迷いなく階段を降りた。
やがて棺を安置してある横穴が整然と並ぶ通路に出る。それは数百年間、連綿と使用されているカタコンベだった。ひんやりとしてどこか湿ったような、しかし清浄な空気で満たされていた。
エリオットは、ファナの気配を追ってどんどん奥へと進む。
やがて最奥の板でふさがれた場所までやって来た。
「気配が……ファナはこの奥にいる。」
エリオットが言うと、後から遅れてついてきた墓守が、慌てて止めた。
「で…殿下!その奥はもう何百年も人が入っていない。古代の遺跡が地下の迷宮のようになっていて、私ですら一度入ったら出られるか――」
エリオットは墓守の言葉を無視して騎士に顎でしゃくる。
「壊してくれ」
その一言の背にあったのは、どこまでも静かな怒気だった。
騎士の一人が、体当たりで板を壊す。木材はずいぶん古い物だったようで、騎士の鎧の前にあっけなく破られた。
深淵へと続く通路が、黒々と口を開けている。
その先へ、一歩踏み出したその時だった。
『―――本当にあなたは、規格外ですね』
エリオットの左耳のイヤーカフから、耳障りな男の声が聞こえてくる。
――ファナが!意識を取り戻したっっ!!
エリオットの全神経が逆立った。全身の血が沸騰するようで、とても冷静ではいられない。
――今っ!今行くからっっっ!!
エリオットは暗闇に駆け出した。
『かっ……はぁっ――』
ファナの呻く声が聞こえる。
もっと速く、もっと――
気持ばかりが先走り、身体が思う様に進まない気がして、エリオットは唇を噛む。
いくつかの角を曲がり、通路を進んだ。
『――大丈夫、王子に腰を振って悦んだその身体でも――』
ファナをなぶる、嗜虐に満ちた声がイヤーカフを通じて耳に流れ続けた。
怒りで目の前が真っ赤に染まるような気がした。
やがて、今までで一番、ファナの気配が濃い壁の前へたどり着く。
『「――さあ、苦しいだろう?辛いだろう?早く意識を手放してしまえ!」』
壁の裏側と、イヤーカフからの音声が重なった。
――ここだっっ!!扉が魔法で隠蔽されている?!
『「あああああああああああああっっっっ」』
ファナの悲痛な叫び声が耳をつんざく。
エリオットは夢中で壁に向かって魔力を放つ。
手から放たれたのは風魔法、圧縮された空気が閃光を放ち、轟音と共に、部屋の扉がはじけ飛んだ。
「ファナぁぁぁぁっっっ……ッ、来た……今、来たからっ!!」
砂煙もものともせず、エリオットは室内に飛び込んだ。
まず目に入ったのは、漆黒の施術台の上に磔にされたファナの姿と、それに覆いかぶさるように手で口をふさいで魔力を流し込むネリファスだった。
「貴様ぁぁぁっっ!」
エリオットはそのままの勢いで体当たりでネリファスを突き飛ばす。
「そいつだっ!そいつを拘束しろっっ!」
続いて入って来た騎士たちに指示を飛ばしながらエリオットはファナの身体を手早く確認した。
刺青の回路が、赤や青に、せわしく明滅している。
「……エル」
ファナが涙にぬれた目でエリオットを見上げ、力なくつぶやいた。
「ファナっ!来たからっ。もう大丈夫だよ!」
エリオットは、イヤーカフから聞こえてくる会話から、ファナの身に何が起こったか、だいたい把握していた。
ファナの手足を拘束していた術式を解除しながら言う。
「まだ君はどこも変えられていないからっ、間に合ったからっ」
「……でも、魔力を口から……あの人の魔力が……身体にいっぱい――」
ファナの目に再び涙があふれてくる。
エリオットに上体を起されると、ファナは突然口に手を当てて嘔吐きだす。
「うぇぇっ―――うぇっっ」
ファナの身体が拒否反応を起こしていた。吐き出そうとするが、何も吐き出せず、苦しそうに嘔吐きつづける。やがて胃液か何かを吐き出し始めるが、それはネリファスの魔力を纏って暗闇で赤黒く光っていた。
エリオットはひたすら彼女の背中を左手でさすり、右手は彼女の下腹部に当てて自らの魔力を送るようにした。
背後では、2名の騎士とネリファスが攻防を繰り広げている。ネリファスも魔法を駆使して抵抗を見せ、なかなか決着がつかなかった。
「くそっ、回路は無事だが……今回は魔力汚染が酷いっっ。どうしたら――」
エリオットが悪態をつくと、ファナが不安げに彼を見上げる。
「私……侵されちゃった……汚れちゃった……エルの……エルだけの、魔力でいっぱいだったのに――」
またファナの瞳に涙が湧き上がってくる。
エリオットはハッとしてファナを見てから、彼女の目を見て叫ぶように言った。
「大丈夫だっっ!ファナは汚されてなんかないっ!犯されてもいないよっ!あーもうっ!」
――体液なら、多量に僕の魔力を含んでいるし、刺青の接点と粘膜の接触から直接魔力を注ぎ込めば――
エリオットの脳内で、瞬時に考えが浮かんでまとまった。
「ファナ、ちょっと前開けるよ?」
言うが早いか、聖女の法衣の前を止めている金具を外し、昨日の夜入れたばかりの新しい刺青をさらけ出し、手のひらで覆う。
「ファナ、口開けて。僕の魔力を流し込むから。」
エリオットは彼女のあごに反対の手を添えて、少し上向かせ、口を開けるよう促す。
何をされるかわからないファナは素直に従った。
軽く開けられた彼女の唇に、かぶりつく。
ファナが目を見開いた。
舌で唇を割り開き、口の中をまさぐって唾液を流し込む。
「飲み込んで」
口を合わせたままエリオットが言い、刺青に当てた手からも魔力を流し始める。
ファナは言われたとおりにこくりと喉を嚥下させ、飲み込んだ。
即時に慣れ親しんだエリオットの魔力が身体に回り始めるのを感じた。
「いい子……」
彼は言うと、再び彼女の唇に食らいつく。
唾液と魔力を、一心不乱に流し込み続ける。
「――ん」
ファナはだんだんと身体が楽になっていくのを感じた。
見開いていた目を閉じて、全てをエリオットにゆだねる。
二人のまわりは、いつの間にか静かになっていた。




