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蚊としての人生  作者: 内田らいす
序章:戻らない時間
9/21

第9話「解かれた微笑み」

何故だ? 何故、夏が続かない? 大気中のメタンガスや二酸化炭素量は以前より増加しているはずだ。地球温暖化への影響も認められるはずじゃないか。何かが足りないんだ。でも、一体何が? このままでは……夏が、終わる。

 転生の三日前、俺は蒼太と唇を重ねていた。

 なぜこうなったのかというと……。

 

 今から数十分前、俺は春輝の本を読んでいた。これもそろそろ終わりに差し掛かっている。最後まで読んでしまおうか、と考えたが眠気には耐えられない。 本を閉じ、そろそろ寝ようかという時に突然チャイムが部屋に鳴り響いた。鍵のかかったドアがガチャガと音を立てる。来訪者の予想は何となくついている。ドアを開けると、案の定、そこには蒼太が立っていた。


「よっ!」

「何の用だ? こんな時間に」


 俺の問いには答えず、蒼太は部屋へ上がり込んできた。

 別にこんなのもう慣れた。これまでも、こいつが来たときは、俺が引きずり出されるか家に押し入られるかのどちらかだったからだ。


「明日、『神の部屋』に行くんだし、朝早いだろ?」

「おうよ」

「じゃあ、とっとと部屋戻って寝とけ――」

「まあまあ、いいじゃねえか! こうやって話せるのも最後なんだし!」


 なぜお前が決める。ここは俺の部屋なんだから、その台詞は俺が言うはずだろ。いや、絶対言わないけど。そもそも、どうせこいつには何を言ったって無駄なのは分かってる。飄々とした態度で何もかものらりくらりと凌がれる。ただ、そんな蒼太の馬鹿さに、最後だというのに何も変わらない様子にどこか安心感を覚えていた。

 部屋に戻ると俺はベッドに腰かけた。椅子はおろか座布団もないので、蒼太には床に座ってもらった。


「――それで、何しに来たんだ?」

「……別に、そんな大した用はない。ただ、話したくてさ」


 蒼太はヘラヘラと笑いながら答えた。ただ、返事までに微妙な間があったように思えた。本当は何か隠しているんじゃないか、そんな気がした。とはいえ、俺の思い違いということもあるし、わざわざ聞くのも野暮なので、それには触れないことにした。

 いつも通りの他愛のない会話が続いた最中、急に蒼太が声を上げた。


「あ! そういえば!」


 それがあまりにも大きすぎたから、俺は慌てて蒼太の口を手で覆い、人差し指を口の前で立てた。その直後、両隣の部屋からほぼ同時に壁を叩かれた。驚きのあまり、ありもしない心臓が口から飛び出そうになった。


「今何時だと思ってんだ、バカ! 俺が怒られるじゃねえか!」


 小声で怒ると、蒼太はごめんごめん、と言いながらまたいたずらっぽく笑った。反省しているのかしていないのか分からない。とりあえず静かになったところで、俺は改めて蒼太に聞き返した。


「……んで、何が『そういえば』なんだよ」

「あ、そうそう。俺が死んだ時の話とかって話したことあったっけ、って思って」

「多分無いと思うけど、聞きたくもない」


 そう答えると、聞けよ! と言いながら俺の体を揺さぶってきた。この馬鹿がどんな風に死んだか興味はあるけど、どうせくだらない馬鹿みたいな死に方に決まってる。例えば、毒キノコを毒味したとか、新鮮なフカヒレを食うために生きたサメにかぶりついたとか。……結構面白そうだな。でも、なんかムカつくから絶対に聞くもんか。


「そんじゃ、お前が何で死んだのか教えろよ」


 突然そう振られ、俺は一瞬戸惑った。俺の死に方は馬鹿な蒼太から馬鹿にされそうなほどしょうもなさすぎて恥ずかしいし、言っても信じてもらえないと思ったからだ。そもそも、よく覚えていないから、上手く教えられる気がしない。でも、これも断ったらまた面倒なことになりそうだから、答えることにした。


「青信号を渡ってたら轢かれた」

「は?」

「青信号を渡ってたら轢かれた」


 そう繰り返すと、蒼太は吹き出して笑った。


「おま……それって……ええ? そんなことあるぅ?」


 やっぱり笑われた。やっぱり馬鹿にされた。いいですよ、別に。分かってました、分かってましたよ。クソが。でも、ここまで笑われるとは思ってなかった。


「お前はどうなんだよ」

「やっぱ気になるぅ?」

「俺のこと笑えるような死に方なのか?」


 俺ばかり笑われるなんて気に食わない。俺だって絶対こいつの死に方を笑ってやる。そう身構えると、蒼太は話し始めた。


「じゃあ、話してやろう。そう、あれは確か……」

「エピソードいらん。死因だけ言え」

「いいだろ別に! ……あれは確か、二年前の――」

(さかのぼ)りすぎだろ」

「だあぁもう! ヤジを飛ばすなって! ……あれは二年前のことだよ」


 長いけど我慢してくれ、と言い蒼太は語り始めた。自分の死について。


 二年前、あの頃の俺は自分で言うのもなんだが、真面目な方だったと思う。今と比べて、だけど。

 高校に入ってから、同じクラスの奴を好きになったんだ。入学式で初めて会った時から、何となく気になってた。声をかける勇気もなく、それでも目だけはいつもそいつを追ってた。

 夏休みが明けてしばらくした頃――大体今くらいの頃に、俺はそいつに告白したんだ。でも断られたよ。当たり前だと思った。だって、相手も男だったんだからさ。まあ、そいつはこのことを秘密にしてくれるって言ったから、俺はそれを信じたよ。でもある時、クラスの中で俺はこう呼ばれたんだよ。「ホモ野郎」ってな。俺は気づいたよ。あいつは秘密にできなかったんだって。ふざけんなって思った。でも、好きな奴を憎むことなんてできなかった。俺は「冗談だよ」なんて誤魔化したけど、無駄だったよ。

 初めのうちはなんて事なかったけど、次第に酷くなった。学年が変わっても気持ち悪がられたり、嫌なことさせられたり、挙句の果てに"見世物"にされたり。気持ち悪いのはどっちだってんだよ。だけど、俺は受け入れるしかなかったよ。いや、自分からやってた。皆から笑われてるんじゃなく、俺が皆を笑わせてるんだって思い込みながら。バカな振る舞いをして、バカなことやって、何も考えずにバカとして生きていれば苦しくもない。

 最後の日、屋上に連れてこられた俺に何人かのスマホが向けられた。「ここから飛べ」って言われた。変な話だけど、俺はこいつらの期待に応えなきゃって思った。もちろん本当に飛ぶつもりなんてなかった。真似だけでも大袈裟なリアクションをすれば笑ってくれると思った。でも……俺は落ちた。フェンスにかけた足が滑ったんだ。その時、歓声が聞こえた気がした。聞き間違えかもしれないけど。


「――まあ、こんなもんだ。笑えるだろ? 自衛のためにバカをやるつもりが、本物のバカになっちまって……」


 俺は何も返せなかった。想像してたものと程遠かったからだけじゃない。これまでにも「学校」で記憶を消されてきたはずなのに、ここまで鮮明に覚えていることが怖かったからだ。

 自分が受けた痛みは長く残るものなんだ。死者の祟りなんてのもあながち間違いじゃない。

 しばらく何も言えずにいたが、絞り出すように俺は声を出した。


「……一つだけいいか」

「何だよ」

「ふざけたテンションからこんな話聞かされるとか、怖すぎるだろ」

「ごめんごめん。でも、誰かに知ってほしかったんだよ」


 だからといってこんな置き土産、誰も喜ばない。そもそもあと数日で俺も転生するわけで、何の意味もないじゃないか。そんなことを思ったが、言葉は声にならなかった。


「じゃあ、死んだ後もバカみたいに振る舞うのは何でだよ。もう関係ないだろ?」


 そう聞くと、蒼太は恥ずかしそうに笑みを漏らした。


「何で……って、死んだ後くらい楽しい方がいいだろ? バカな奴が一人でもいりゃ、辛い死に方したやつも過去を忘れて笑えるだろ」


 つまり、俺も皆もコイツのキャラ作りにまんまと引っかかってたってわけだ。だけど、そのおかげで楽しくやれていたのは間違いない。誰も自分の過去に囚われることなく……。

 蒼太はおもむろに立ち上がると、俺を見下ろして言った。


「じゃ、俺帰るわ。ごめんな、最後だってのに暗い感じで終わっちまって」


 玄関へと向かう背中を俺は追いかけ、引き止めた。不思議そうに微笑む蒼太に、声をかける。


「なあ、俺ができることあるか? 俺が知ってる蒼太じゃなく、本当の蒼太として答えてほしい」


 俺たちは過去に囚われることなく転生できる。でも、このままじゃ蒼太だけは過去に囚われたままだ。同じクラスの連中や自分自身で造った「蒼太」じゃなく、本来の蒼太として最後を迎えるべきだ。そう思った。

 俺の言葉に、蒼太は返答を探すように辺りを見回し、何度か瞬きをした。一度深く息を吐くと、蒼太は答えた。


「じゃあ……最後にひとついいか?」

「何だよ」

「俺と、キスしてくれないか?」


 はああ!?

 思わず出そうになった叫びを飲み込んだ。できることって話だったじゃん! 何でそんなこと……いや、でも……。

 今度は俺が返答を探す番だった。


「いいだろ? 何か思い出にさ」

「思い出って、お前……明日になったら記憶は全部消えるんだぞ?」

「分かってる。でも無駄じゃないって思うから。お前だって、そう思ったから春輝とまた会う約束したんじゃないのか?」


 何も返せなかった。いつもならバカな返答やだるい絡みをしてくるはずなのに、調子が狂う。でも、こいつの言う通りだ。ここでの事はきっと無駄にはならない。たとえ思い出せなくなるとしても。


「……分かったよ。言っとくけど、俺はお前に恋愛感情は無いからな」

「分かってるよ」


 その直後、蒼太の腕が俺の肩を抱き、唇が触れた。俺の腕はやり場が分からず、真下に垂らしたままだ。当然だが何も感じない。強いて言うとすれば、湿った鼻息が当たってくすぐったい。

 十秒にも満たないキス。でも、蒼太はどこか満足げだった。


「色々とありがとな。じゃあ、またな。"イチ"」

「それやめろって……ああ、さよなら」


 それだけ言葉を交わすと、蒼太は扉の向こうへ消えた。

 無音に戻った室内。不意にあくびが出た。そういえば、寝ようとしてたのを蒼太に邪魔されたんだっけ。でも、もうこういう事もなくなるって思うと寂しくなるな。目を擦りながら鍵をかけようとすると、ドアが再び開いた。そこには笑顔を浮かべた蒼太が気障ったらしいポーズで立っていた。


「な〜んてね。帰るとでも思っ」

「帰って!」

「はーい」


 最後の最後まで、こいつは……。

つづく


次回からようやく本編、のつもりです。

しかしながら、最初の話は「神との邂逅〜転生」というよくあるやつの予定なので次話は読まなくていいです。

話数は序章と同じくらいになると思います。

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