第2話「明け方の雑夢」
前回の後書きで「夏が終わるまでには完結させたい」と言ったのに、いつの間にか8月になっていました。頑張ります。
〈昨日、午後一時頃、海水浴場で「子供が行方不明になった」と警察に通報がありました。行方不明となったのは十歳の男の子で、家族や友人らと海水浴場を訪れ、海に入っていました。その後、午後二時頃、意識不明の重体で発見され、緊急搬送されましたが、搬送先の病院で死亡が確認されました〉
昼食のうどんを食べていると、何気なくつけていたテレビから水難事故のニュースが流れてきた。夏になると毎年のようにこんなニュースを聞くから、正直うんざりする。勝手にどこかへ行く子どもも子どもだが、親は一体何してるんだか。
「十歳で死んじゃうなんてねぇ……一も気をつけなさいよ」
母さんが食べる手を止めてそう言った。俺はうどんを勢いよく口に流し込んで答える。
「うん、分かってるって。でも別に海に行く予定ないよ」
「海だけじゃなくて、交通事故とかにも気をつけろって言ってるの」
「はいはい」
思い返してみると、俺には家族で海に行った記憶が無い。もう、家族で旅行! なんて歳じゃないし、そんな時間だってないけど。それでも、一度でいいから行ってみたかったな。
「オレが連れて行ってやろうか?」
ペットのオオサンショウウオが水槽から勢いよく身を乗り出して言った。水が溢れ、床は水浸しになった。しかし、その水はどんどん床に染み込んでいき、完全に元通りになるまで五秒とかからなかった。
「いや、嬉しいけど、君、羽根ついてないから無理だろ」
「そんなこと言ってる場合か!? もう追いつかれるぞ!」
振り返ると怪物の群れがすぐ側まで来ていた。脱線した列車からもう追いついてきたのだ。家を飛び出すと、オオサンショウウオを大急ぎで車の運転席に乗せ、俺も助手席に乗り込んだ。オオサンショウウオはサングラスをかけると辺りを眩い光が包み込んだ。そして、真の姿であるカワウソの姿に変身した。
「さあ、行くぜ!」
カワウソはアクセルを吹かし、勢いよく車を発進させた。だが、怪物も猛スピードで追いかけてくる。先頭の一体が車に追いつき、助手席のドアに掴みかかった。必死にドアを押さえるが鍵が開いていたのか、ドアが開いてしまった。咄嗟に取り出したキュウリを握りしめ、後部座席を占有する袋いっぱいのゴミを次々に外へ投げ捨てる。ゴミを受け取った怪物は、勢いそのままに遥か後方へと転がって行った。
「助かったみたいだな」
「俺の運転もなかなかのモンだろ?」
安堵したのもつかの間、目の前に唐辛子の神輿が現れた。
「危ない!」
後ろを警戒するカワウソに、俺は咄嗟にそう発したが間に合わず、車は神輿に激突してしまった。衝撃とともにエアバッグが膨らむ。全身を走る痛みに耐えながら、意識の無いカワウソを連れて、炎上する車から離れる。十メートルほど離れたところで車は爆発を起こした。
気がつくと、俺はどこか別の場所にいた。車も神輿も怪物も、カワウソの姿も見えない。かなり吹き飛ばされてしまったようだ。そこは知らない場所のような知っている場所のような、不思議な所だった。カワウソの名を呼びながら辺りをさまよっていると、人々が槍を持って走ってきた。襲われると思った俺は身をかがめて隠れたが、彼らは俺に見向きもせずに走っていってしまった。そうだ、戦いはまだ終わっていない。全てを操り、この惨状を引き起こした奴がいる。それを倒さない限りこの殺戮は続く。外へ出た俺は、一匹の犬の姿を認めた。その顔を見た時、俺は確信した。こいつが全ての元凶なのだ、と。
「殺さなくちゃ……」
槍を取り出すと犬の元へ走り寄った。数メートルというところまで近づいても、犬は襲ってくる様子はなかった。罠に足を取られ、全身を貫かれたことで弱って動けないようだった。もはや罠から抜け出そうともせずにただ悲しげにか細く鳴き声を上げていた。その姿に胸が傷んだ。俺だって分かっている。この犬も怪物になりたくてなったんじゃない。でも、殺さなくちゃならない。
俺は槍を振りかぶると、犬の頭に振り下ろした。それは上手く刺さらずに、弾かれる。俺は何度も何度も槍を突き立てた。その度に、槍先が硬い物にぶち当たる。それを繰り返すうちに、ついにそれを突き破る感触がして槍先が犬の頭部に飲み込まれた。直後、犬は振り絞るような鳴き声を上げながら崩れるように倒れ、ピクリとも動かなくなった。
喜びと興奮で、手が小さく震えた。その時、目元に熱を感じた。頬を伝う何かを拭う。
涙。
これで皆助かるんだ。それなのに、どうして涙が出るんだろう。
―――――
「んっ」
重い瞼をこじ開けると、そこは俺の部屋。ベッドの上だった。見渡してみても、変わったところはない。いつも通りの光景だった。
「夢……か……」
そっと胸を撫で下ろし、再びベッドに倒れ込む。ふと目元に違和感を覚え、そっと手をやってみると、何故か濡れていた。あんな意味不明な夢にも関わらず俺は泣いていた。どうして、と考えようとした瞬間、全身を不快感が襲った。
そういえば昨日、家に帰ってきてからそのまま寝ちゃったんだっけ。制服のまま着替えていないし、汗で体が痒い。「学校」が始まるまで時間はあるからシャワーでも浴びてこよう。そう思い、俺はのそのそとベッドから這い出した。
靴下、制服、ズボン、と一枚ずつ脱いでは放り投げる。最後に相棒の姿を露わにして、準備完了。今日も元気だ。
シャワーを浴びながら、俺はふと、さっきと夢のことを思い出していた。展開が急すぎる奇想天外な大冒険……も気になるのだが、この時俺が考えていたのは始めの部分だった。夢に母さんが出てきた。生きていた頃と寸分違わぬ姿と声だった。ニュースの内容といい母さんとの会話といい、やけにリアルで懐かしい感じがした。今の生活も悪くはないが、やっぱり心のどこかで寂しいと感じているのかもしれない。
そう思うと何となく恥ずかしい気分になってきた。誰も見ていないと分かっているが、俺は両手で顔を覆った。同時に笑いがこぼれた。
汗を流し、全身を洗い終え、俺は浴室を出た。着替えを用意していなかったので、とりあえず全裸のまま朝食の準備をする。
別に誰も見てないし、家の中だから犯罪じゃないもん。それに、制服を着たままご飯食べて汚す方が面倒だしね。
そんなこんなで朝食をとったり歯を磨いたりゴロゴロしたりしているといい具合の時間になったので、制服に着替えた。
いつも遅刻ギリギリだから、皆驚くかもしれないし、ひょっとしたら、誰か褒めてくれるかもしれない。そんな期待を抱きながら俺は家を出た。
ありがとうございました。続きます。