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蚊としての人生  作者: 内田らいす
第二生:本能のままに
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第15話「神の部屋/受容」

彼らの拠点である地下施設に招かれた。これから彼らの代表と会う。考えてみると、彼らは環境再生機関である。僕の計画はそれと相反するものになるわけだが……。即刻排除、という結末だけは逃れられることを祈ろう。

 あれから幾つもの死を重ねた。ある時は潰され、ある時は薬剤を撒かれ、またある時は蚊取り線香を焚かれて。結局のところ「美少女の血を吸う」という願いはただの一度も果たせてはいない。果たしてそれは本当に俺の目的だったのか、蚊として生きることは心から望んでいたことだったのか、今はもう分からない。

 呆気なく無様な死を迎えたばかりの俺は「神の部屋」に立っていた。性懲りも無く、何度目かの蚊への転生を果たすために――。


―――――


「今回で十二回目。贖罪もそろそろ果たされたのでないですか?」


 贖罪――犯した罪が何だったのかさえ、もう忘れてしまった。今の俺はただ個人的な願いを叶えたいだっけだ。たった一度、それだけでいいのに。


 神様の言葉に俺は首を横に振ってみせた。それを見て、神様は呆れたようにため息をつく。


「転生させても数日のうちには戻ってきて、また新たな蚊へと転生する。同じことを繰り返すばかりでは、新たな命を与える意味が無くなってしまうではないですか」


 神様の言っていることは正しい。だが、ここまでやっておいて今さら諦められるわけがない。

 最初の方は上手くいかなかったが、ここ数回は惜しいところまでいっている。ただ、すんでのところで美少女の皮膚が針を通さないほどに強固だったとか、どこからともなく現れたカメレオンに捕食されるといったイレギュラーな事が起きるだけ。成功に近づいてはいるはずなんだ。きっと、あと数回も繰り返せば上手くできる。だから――。


「お願いします。俺を蚊に転生させてください!」


 俺は深々と頭を下げる。神様からの返事は無い。戸惑っているのか、呆れているのか、嘲笑っているのかは分からない。俺の耳には、小さな自分の息遣いだけが聞こえていた。


「……顔を上げてください」


 神様が言葉を漏らす。小さく、けれど力強い口調だった。言われた通りに顔を上げ、神様の顔を視界に入れる。そこには、何らかの意思のようなものが宿っていた。


「あなたを蚊に転生させます」


 喜びの声を上げて笑顔を作ろうとした俺だったが、続く言葉がそれを許さなかった。


「ただし、条件があります。今回で蚊への転生は最後にすること。そして、性別はオスであること。この二つです。それが嫌ならば即刻人間に転生させます」


 俺は絶句し、目を見開いた。

 神様の条件ではやり直しなんてできない。いや、そもそもオスに転生するのだから成功自体存在しない。これでは転生する意味がない。


「神様、それじゃ――」

「全部……知っているんですよ?」


 反対の声を上げようとしたのを、神様が遮った。声色も口調も変わっていないはずなのに、聞いた事のないような恐ろしい声に思えた。


「蚊に転生する目的は、少女の血液を吸うこと。何度失敗を重ねようとも、何度転生しようともその目的を曲げようとしていないことも。」


 俺は返す言葉もなく、ただ俯いていた。何もかもバレていたことと、それを面と向かって吐き出されることが酷く恥ずかしかったからだ。だが――それが今の俺の目的だ。目的があるから生きていける、生きようと思える。それが叶わないから、何度だって挑戦する。何が間違っているというんだ?

 俺がそんなことを思っていると、神様は一呼吸おいて、話し始めた。


「私に言わせれば、あなたは生きてなどいません。あなたの言う目的など過去の欲望、その復讐に過ぎないのです。たとえ同じ魂であろうと、同じ記憶を持っていようと、転生したあなたは別の存在なのです。過ぎたことに縛られて無意味に時を過ごすのはやめなさい」


 淡々と、つまらない話でもしているかのような口振りだった。実際、そうなのだろう。生まれ変わっても過去にすがり、その復讐のために新たな時間を生きるなんて、よく考えてみれば馬鹿げている。――そうだ。思い返してみればこんなもの、蚊になることを受け入れるためにヤケになって考えたものでしかなかった。血を吸う以外にも、蚊としての生き方はあるはずなんだ。

 長い夢から覚めたような気がした。


「神様、何か分かった気がします。最後に一度だけ、神様の条件で転生させてください。今度こそ精一杯生きたいんです。このまま人間になるんじゃ、これまで無駄にした命に申し訳ないから……」

「それがあなたの今の目的、ですね」


 神様はにっこりと笑って答えた。直後、小さな箱を取り出し、俺に手渡した。


「……何ですか、コレ」


 箱を開けてみると、そこには瓶が入っていた。中にはドロリとした緑色に濁った液体が詰められている。


「…………何なんですか、コレ」

「それは恋愛神特製の"聖水"、私からの手向けです。最後の一生が有意義なものとなるために。さあ、どうぞお飲みください」


 いやいや、「お飲みください」って……いくら恋愛神特製の聖水って言ってもさすがにこれを飲む気にはなれないよ……。でも、神様は俺を信じて渡してくれたわけだし……。

 思い出せ、あの時の口にした血液の味を。もしくは……そうだ、友達に渡されたジュースのイメージで行こう。




友人「ごめん、お待たせ!」


 俺「済んだか?」


――小学生時代の夏休みのこと。開放されている学校のプールからの帰り道。家まであと少しというところで、友人と俺はプールに引き返していた。


友人「うん、大丈夫。付き合ってもらってごめんな。でも、ありがと」


 俺「プールに脱いだ水着を忘れるとか、水着履いてきてパンツを忘れるならまだしも、プールにパンツを忘れるって、どうやったらそんなことできるんだよ」


友人「いやー、俺もおかしいと思ったのよ? やけに開放感と躍動感があるし、何か擦れ――」


 俺「黙れよ! お前の✕✕✕がどうとかの説明いらねェから!」


――俺が軽く頭を小突くと、友人はいたずらっぽく笑った。


友人「にしても暑っちいなあ……」


 俺「プールから出て、まっすぐ帰れば少しは涼しかったんだよ」


友人「あ、自販機だ。ジュースでも買おうぜ」


 俺「金持ってない」


友人「いいよ、俺のせいで暑い思いさせちゃったし、俺が払ってあげる。何がいい?」


――俺は気に入っている缶ジュースを指さした。友人が金を入れ、ボタンを押す。衝撃音と共に、缶が取り出し口に落ちた。


友人「ほれ」


 俺「サンキュ」


――タブにかけた指に力を込めて引く。


 よし、このイメージで!


――そのまま勢いよくジュースを喉に流し込む……。


 液体を口に入れた途端、尋常じゃなくドロドロした感触と奇妙な苦味が口の中に広がった。

 クっっっソ不味い。くだらないことに付き合わせたあげく、夏の炎天下でヘドロを飲ますって嫌がらせか!?

 イメージが何の意味も成さなかった。

 何とか飲み終えたが、頭と腹がグルグルする。口を抑えて、腹の底から込み上げてくるものを必死に堪える。


「あの……これって本当に"聖水"なん……ですか? ものすごい不味いん……ですけど」

「『良薬は口に苦し』と言います。より強い効果、大きな結果を得るには多少の苦しみを受け入れるものです」


 そういう意味だっけ? まあ、神様が言うならそうなんだろう。この不味さも、神様からの信頼の証として好意的に考えよう。

 空になった瓶は宙に浮かび上がり、再び神様の手元に戻った。


「さあ、準備は整いましたね。これから始まるのは新しい未来。人としての欲望の復讐ではなく、『蚊としての人生』を全うなさってください」


 もはや飽きてきたお馴染みの調子、お馴染みの展開で俺の体は光に包まれた。


「期待しています」


 消える寸前、神様はその言葉とともに小さく笑ったように見えた。

つづく


タイトルコールも無事にねじ込めました。

ここからが本当の「蚊としての人生」です。

終章となる第三生をお楽しみに!

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