6.脅威
翌朝、ヴィエナたちは北部監視施設を目指して歩き始めた。遠くに薄く霞む山影を見つめながら、彼女の心には焦りが渦巻いていた。ソニヤの手掛かりを得たことで、一刻も早く進みたいという気持ちが膨らんでいたのだ。
だが、ミリアはその足取りを追いながらも、やがて耐えきれなくなったように口を開く。
「ヴィエナ、本当に行くつもりなの?」
「もちろん。ソニヤを見つけるためにはここを通らないと」
「でも、あの監視施設のことは聞いたことがある。今は廃墟だけど、国家軍の兵士や、遺物が出没する危険地帯なんだって。それに、施設にたどり着くまでの道も簡単じゃない。荒野の中でも特に過酷なエリアよ!」
ヴィエナは一瞬振り返り、冷たい視線をミリアに向けた。
「だからって、どうしろっていうの?引き返すの?」
「そうは言ってない。ただ……準備が必要だって言ってるの!」
ミリアは声を強めた。
「ここで一度立ち止まって、もう少し装備や物資を整えるべきよ。無計画に突っ込むのは無謀すぎる」
「でも、早く進まないと手掛かりが消えてしまうかも」
「……ミリア。お前が言ってることは確かに正論だが、悠長に準備をする気はない」
マイニオの言葉にミリアが鋭く問い返す。
「このまま死ぬ覚悟で行けとでも?」
「そうだ」
マイニオが淡々と言った。
「選択肢などない。ただ、前に進むだけだ」
ヴィエナはぎゅっと拳を握りしめた。
「ミリア……あなたがどうしても嫌なら、無理に来なくてもいい。でも、私は行く。ソニヤを見つけたい」
ミリアはその言葉に答えず、ただ鋭い目でヴィエナを見つめた。だが、次の瞬間、彼女は深いため息をつき、肩を落とした。
「あんたの気持ちは分かったわ。私もついていく」
「ありがと、ミリア」
ヴィエナが微笑みを浮かべた。
そして、一行は再び歩き出した。
北部監視施設へと向かう途中、ヴィエナたちは荒野の中でひときわ奇妙な光景に出くわした。枯れ果てた地面の中にぽつりと現れた一面の緑――それは、まるで荒野にそぐわない美しい草原だった。青々とした草が風にそよぎ、その奥にはかすかに崩れかけた建物が見える。
「ここは……?」
「異常よね。この辺りは荒れ地のはずなのに、こんな緑があるなんて……。しかも、あの建物、どう見ても監視施設じゃない」
「何かの罠かもしれないな」
マイニオが警告を発した。
それでもヴィエナは足を止めなかった。慎重に草を踏みしめながら、一歩一歩、建物へと近づいていく。
建物の正面にたどり着いたとき、入口の上に朽ちた文字が彫られているのが見えた。文字は薄れていて完全には読めないが、いくつかの単語がかろうじて判別できた。
「『次世代兵器試験場』……?」
ヴィエナが小さな声で読み上げる。
ミリアは眉をひそめた。
「やっぱり嫌な予感がする。この場所、絶対に普通じゃない」
「でも、ここにソニヤの手掛かりがあるかもしれない」
ヴィエナは決意に満ちた目で建物を見つめる。
「行ってみよう」
「どうしてそうやって突っ込むことばっかり……」
ミリアは呆れたようにため息をついたが、結局ついていくことにした。
建物の中は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。瓦礫が散乱し、ところどころに錆びた機械が無造作に放置されている。その一方で、壁にはかすかに魔法陣のようなものが描かれており、不気味な光を放っている箇所もあった。
「注意しろ。ここには何かがいる気配がする」
マイニオの声がヴィエナの頭に響いた。
彼女たちはゆっくりと進み、奥へと足を踏み入れていく。すると突然、背後で「ガシャリ」と大きな音が響いた。振り向くと、建物の入口が何かの力で閉ざされている。
「罠だ……!」
ミリアが叫ぶ。
次の瞬間、暗闇の中から鋭い音が響き渡り、巨大な金属の腕が彼女たちに向かって襲いかかってきた。
「遺物!」
ヴィエナが叫び、瞬時に地面を蹴った。マイニオの力が足に宿り、ヴィエナの動きは一気に加速する。
「右へ跳べ!」
マイニオの指示に従い、ヴィエナはすれすれで金属の腕をかわした。その腕は壁を粉砕し、瓦礫を撒き散らす。
一方、ミリアも咄嗟に魔法の矢を放ち、遺物の攻撃を防いだ。
「こんな狭い場所で戦うなんて、最悪ね!」
「文句は後で! 」
ヴィエナは叫びながら、再びマイニオの力を借りて遺物の脚に接近し、鉄棒を振り下ろした。
遺物は一瞬ひるんだが、その赤い目が再び光り、さらに凶暴な動きを見せ始める。
ヴィエナとミリアは互いに背中を預けながら、次々と襲いかかる遺物の攻撃に立ち向かう。
遺物の目が赤い光を増し、轟音と共に再び襲いかかってきた。巨大な腕が空を切り裂き、瓦礫が飛び散る。その中をヴィエナはマイニオの導きで動き回り、反撃の隙を探す。
「右! そこだ!」
マイニオが叫ぶと、ヴィエナは反射的に飛び込んだ。遺物の脚部に体重をかけて蹴り込むと、機械音が響き、バランスを崩させる。
「ヴィエナ、危ない!」
背後からミリアの声が響く。彼女は魔法の光をまとった矢を放ち、遺物の攻撃を受け止める。
ヴィエナはさらに間合いを詰めた。
「マイニオ、この巨体を倒すにはどこを狙えばいいの?」
「胴体中央のコアだ。だが、あそこに直接攻撃するには高く跳ばなければ届かない!」
「なら、その方法を考えて!」
ミリアが再び矢を構え、叫んだ。
「時間を稼ぐわ! ヴィエナ、準備して!」
遺物はミリアの魔法を警戒して動きを変えたが、それでも彼女の的確な矢は敵の注意を引き付け続ける。ヴィエナはその隙を見逃さず、建物内の瓦礫を足場にして一気に跳び上がった。
「今だ!」
コアがむき出しになった瞬間、ヴィエナは手にした鉄棒を振り下ろした。マイニオの力がその一撃に宿り、青白い光が爆発するように放たれる。
「これで終わり!」
鋭い金属音と共に遺物は動きを止め、崩れ落ちた。機械から放たれていた赤い光が次第に薄れ、建物の中に静寂が戻る。
ヴィエナは荒い息をつきながら地面に降り立った。
ミリアが周囲を警戒しながら近づいてきた。
遺物は動かず、ただの鉄の塊と化したように、ただそこに横たわっていた。
「どうやら終わったようだな。だがこの施設全体が危険だ。早く出た方がいい」
ヴィエナとミリアはマイニオの言葉にうなずき、崩れかけた廊下を駆け抜けた。出口に近づくと、背後で施設全体が大きな音を立てて揺れ始めた。
「急げ!」
ギリギリのところで外に飛び出すと、背後の建物が轟音と共に崩れ落ちた。粉塵が舞い上がり、緑に覆われた地面も次第に枯れていく。まるで建物そのものが施設と共に消え去る運命にあったかのようだった。
「本当に危ないところだったわね……」
ミリアが息を整えながら言った。ヴィエナは瓦礫の山を見つめる。
「手がかりを探そう。この近くに何か残っているかもしれない」
「あの遺物の記録が残っているなら、ソニヤの情報も手に入るだろう」
二人は瓦礫の中を調べ始めた。ヴィエナは瓦礫から見つけた剣を装備し捜索を続ける。
やがて、朽ちた金属片の中から不自然に整った黒い円盤のような物体を見つけた。それはかすかに光を放ち、ヴィエナの手に冷たい感触を残した。
「これは……?」
ヴィエナがその円盤を覗き込むと、そこにはかすかに「ソニヤ」という名前が刻まれていた。ヴィエナとミリアが顔を見合わせる。
「どうする?」
ヴィエナは黒い円盤を握りしめながらミリアに問いかけた。その声には期待と不安が入り混じっていた。
ミリアは冷静に円盤を見つめた後、軽くうなずいた。
「この円盤が何を示しているのか確かめるべきね」
「でも、どうやって使うの?ただの金属片に見えるけど……」
ヴィエナは円盤を持ち上げ、光の加減で刻まれた文字を眺める。
その時、マイニオが口を挟んだ。
「それはただの金属片じゃない。この形状と質感、どこかで見覚えがある。かつて戦場で使われていた記録装置かもしれない」
「記録装置?」
「そうだ。この円盤には、おそらく何かしらの映像や情報が残されているはずだ。ただし、これを解析するには専用の機器が必要になる」
ミリアが考え込むように額に手を当てた。
「専用の機器……荒野でそんなものを見つけるのは簡単じゃないけど、軍の拠点や技術者の隠れ家が近くにある可能性はあるわ」
ヴィエナは周囲を見渡しながら口を開いた。
「この近くにもっと何かが隠されているんじゃない?」
その言葉にミリアは目を細めた。
「確かに、調査する価値はあるわね。けれど、また同じような危険が待っているかもしれない。それに——」
突然、風が大きく舞い上がり、二人の会話を遮った。乾いた大地を叩く音が近づいてくる。
ヴィエナが足を止めると、遠くの地平線に影が揺れ動くのが見えた。
「略奪者だ!」
ミリアが即座に反応し、矢をつがえた。
「ここはまだ安全じゃない!」
ヴィエナは即座に円盤をポーチにしまい、剣を握りしめた。
「逃げるべき? それとも戦うべき?」
マイニオがヴィエナの動きに合わせて促した。
「戦闘を避けるのが最善だ。だが、追いつかれるなら立ち向かうしかない。ミリアの矢があれば多少は時間を稼げるはずだ」
ミリアは唇を引き結び、敵の動きをじっと観察した。
「人数が多い。こっちの方が不利よ」
風が強まり、略奪者たちの叫び声が聞こえる距離まで近づいてくる。その中には剣を振り上げる者、鎖を持つ者、さらには槍を構えた者が混じっている。
ヴィエナがマイニオの力を解放する。彼女の周りに青白い光が走り、体が軽くなる感覚が広がった。
ミリアも弓を引き絞り、鋭い目つきで敵を睨みつけた。
「手短に終わらせるわよ!」