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3.砂喰らい

 瓦礫の山を抜けたヴィエナとミリアの目の前に砂漠地帯が現れた。砂漠は灰色の荒野とも違う不気味な静寂を湛えている。


「この砂漠を抜ければ、次の集落にたどり着けるはずだ」


 マイニオがヴィエナの足元から呟く。


「砂漠か……ここもさぞかし危険なんだろうね」


 ミリアは砂の向こうに目を凝らしながら答えた。


「この地域は『砂喰らい』が出ると聞いている」

「砂喰らい?」


 ヴィエナはマイニオの言葉に首をかしげた。


「旧時代の巨大な採掘機械が暴走している。今では砂の中を泳ぐ怪物のようなものだ」


 ヴィエナの喉が乾き、恐怖が心の底から湧き上がる。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。


 砂漠の中央部に差し掛かったとき、風の音が次第に大きくなり始めた。遠くの地平線がぼやけ、空が黄褐色に染まる。


「砂嵐だ!伏せろ!」


 ミリアが叫び、砂に埋もれないよう身を低くする。ヴィエナも同じように砂地に倒れ込み、両手で顔を覆った。


「こんなところで止まってたら危険だ!」


 マイニオがヴィエナの心に語りかける。


「でも、進めないよ!何も見えない!」


 そのとき、地面が振動し始めた。


「……来たか」


 マイニオの低い声が、緊張感をさらに高める。

 砂嵐の中から現れたのは、砂を引き裂きながら進む巨大な影だった。その姿はまるで竜のように砂の中を泳ぎ、金属と砂粒が擦れる轟音が耳をつんざく。


「これが砂喰らい……!」


 ヴィエナは震える声で呟いた。


「やるしかない!」


 ミリアは短剣を構え、砂喰らいの動きを見極めようとした。しかし、砂の中を自在に動くその巨体は、目ではとても追いきれない。


「ヴィエナ!私を信じろ!」


 マイニオの声が響く。


「信じるよ!どうすればいいの?」

「砂喰らいの動きは一定だ。砂を泳ぐ際に生じる波紋を見ろ!それが奴の位置を教えてくれる!」


 ヴィエナは砂地を凝視し、動く波紋に意識を集中させた。そのとき、彼女の視界が鮮明になり、波紋がはっきりと見え始める。マイニオの力が視覚を強化しているのだ。


「左から来る!今だ!」


 ヴィエナは飛び上がり、迫る砂喰らいの頭部に向かって鉄棒を振り下ろした。しかし、硬い金属の外殻に弾かれ、ほとんどダメージを与えられない。


「硬すぎる!」

「弱点は胴体だ!頭に気を取られるな!」


 砂喰らいがヴィエナに向かって突進しようとしたその瞬間、ミリアが短剣を砂に突き立て、勢いよく跳び上がった。


「ヴィエナ、後ろに回り込んで!」


 ヴィエナはミリアの指示に従い、砂喰らいの背後に素早く移動する。


「今だ、ヴィエナ!」


 ミリアが砂喰らいの注意を引きつけている間に、ヴィエナは弱点と思われる接合部に狙いを定め、再び鉄棒を全力で振り下ろした。

 鉄棒が命中した瞬間、砂喰らいの動きが止まり、轟音とともに砂の中に崩れ落ちた。その巨体は砂に埋もれ、次第に静寂が戻ってくる。


「やった……の?」


 ヴィエナは肩で息をしながら立ち上がった。


「よくやった、ヴィエナ」


 マイニオの声が、どこか満足そうに響く。ミリアも短剣を収めながら微笑んだ。

 そして二人は砂漠を抜けるために歩き出す。その背後には、砂嵐が遠ざかる中、倒れた砂喰らいの影がゆっくりと砂に沈んでいくのが見えた。

 

 ヴィエナとミリアが砂喰らいを倒し、砂漠の果てを目指して歩き始めてからしばらくが経った。二人は疲労に襲われながらも、目標に向かって進んでいた。だが、静寂が長く続くほど、不安が心を支配していく。


「マイニオ、このまま進んでも大丈夫なの?」

「安全などどこにもない」


 マイニオの声は冷静だが、わずかに緊張が感じられる。

 その時、地面が再び振動し始めた。


「まさか……まだ生きてたの?」


 ミリアが振り返ると、砂の中から再び巨大な波紋が広がるのが見えた。


「違う……これは別の個体だ!」


 マイニオが鋭く叫ぶ。

 先ほど倒した砂喰らいよりもさらに巨大な影が、砂の中を音を立てて接近してくる。その速度は明らかに先ほどの個体を上回っていた。


「どうすればいいの!」


 ヴィエナが鉄棒を握り締めるが、目の前の状況に焦りを隠せない。


「冷静になれ!動きを読むんだ!」


 マイニオの声が響き、ヴィエナは深呼吸をした。

 砂喰らいが砂を切り裂きながら飛び出し、ヴィエナたちに襲いかかる。その巨体が影を落とし、今にも飲み込もうと迫ってきた。


「ヴィエナ、右へ!」


 マイニオの指示に従い、ヴィエナは力強く横へ跳ぶ。


「ミリア、足を狙え!」


 ミリアは短剣を砂喰らいの足元に投げつけたが、鋼のような硬い外殻に阻まれ、刃が跳ね返された。


「足が硬すぎる!どうすればいいの?」

「足元の砂を崩すんだ!やつをバランスを失わせろ!」


 ヴィエナは砂を蹴り上げると同時に、鉄棒を大地に叩きつけた。その衝撃で砂地が崩れ、砂喰らいの巨体が一瞬揺らぐ。


「今だ、ヴィエナ!」


 ミリアが叫びながら砂喰らいの背後に回り込む。

 ヴィエナは全力で跳び上がり、鉄棒を振り下ろした。今回はマイニオの力が最大限に発揮され、鉄棒が砂喰らいの弱点を貫いた。その瞬間、砂喰らいの巨体が崩れ落ち、動かなくなる。


「終わった……」


 ヴィエナは荒い息を吐きながら砂の上に倒れ込んだ。


「よくやった、二人とも」


 砂喰らいの再襲来を凌いだ二人をマイニオが労う。

 その声には心なしか疲労が滲んでいるのだった。

 

 さらに進んだ先には、朽ちた監視塔のような建物が立っていた。その建物には国家軍の紋章がかすかに残っている。


「ここは?」


 ヴィエナが監視塔を見上げると、ミリアが厳しい表情で答えた。


「昔の前哨基地だろうね。でも、こんな場所がまだ残ってるなんて」


 塔の中に入ると、荒廃した部屋には机や書類が散らばり、時間の経過がその場を飲み込んでいるのがわかる。その中で、ミリアが古びた記録端末を見つけた。


「これ、動くかな?」


 ミリアが慎重に触れると、端末が音を立てて起動し、微弱な光を放った。

 画面には断片的な文字列が映し出されていた。


『実験体S、現在捕縛状態。次の移送地点: 第24防衛拠点』


「実験体S……これってソニヤのこと?」


 ヴィエナが画面を凝視する。


「間違いない」


 マイニオが静かに言った。


「防衛拠点ってどこだろう?」


 ヴィエナの問いに、ミリアは画面を指差した。そこには荒野の地図が映し出されていた。


「たぶんここだ。荒野の北東……かなり遠いけど、辿り着けない距離じゃない」

「ソニヤさんがそこにいる可能性があるんだね……!」


 ヴィエナは拳を握りしめた。


「だが、国家軍の防衛拠点だ。まともに突っ込めば返り討ちに遭うぞ」


 マイニオの警告に、ヴィエナは頷いた。


「それでも行くよ。ソニヤさんを見つけ出すために」


 ミリアは微笑みながら肩をすくめた。


「まったく、無茶ばかり……でもそういうとこ嫌いじゃないよ」


 二人と一足の靴は、新たな目的地に向けて歩み始めた。荒野の風が彼らの背中を押すように吹き抜ける。

 

 荒野の北東にある防衛拠点を目指し、ヴィエナたちは旅を続ける。昼は焼けつくような太陽、夜は身を切るような寒さが彼らを容赦なく襲う。


「ねえ、マイニオ」


 ヴィエナが靴に語りかける。乾いた地面を踏みしめるたびに、小さな砂埃が舞い上がった。


「ソニヤさんってどんな人だったの?」


 しばらくの沈黙の後、マイニオが低い声で答えた。


「彼女は強い意志を持った戦士だった。だが、その心は他人の痛みに敏感だった。自分を犠牲にしてでも、人を守りたいと考える人間だった。だが、その心が彼女を苦しめることになった。力を持つ者の宿命だ。力の使い方次第で人を傷つけてしまう」


 ヴィエナはその言葉を噛み締めながら、自分の足元を見た。マイニオの存在に助けられる一方で、彼女自身もまた力を手にしてしまった。その力をどう使うべきなのか、彼女自身も答えを見つけられずにいた。


 旅を始めて数日目、ヴィエナたちは荒野の中で異様な光景に遭遇した。砂漠の真ん中にぽつりと立つ、一本の枯れ木。その周囲には無数の動物の骨が散らばり、不気味な雰囲気を漂わせている。


「なんだここ……?」


 ミリアが周囲を警戒しながら枯れ木に近づく。


「近づくな!」


 マイニオが急に声を荒げた。その瞬間、地面が震え、周囲の砂が渦を巻き始めた。


「また遺物!?」


 ヴィエナが鉄棒を構える。

 砂の渦から現れたのは、巨大な蛇のような形をした機械――長い体を持ち、全身が銀色に輝いていた。その動きは滑らかで、生物と見紛うほどだった。


「ヴィエナ、相手の動きに惑わされるな!足元に集中しろ!」


 マイニオの指示を聞きながら、ヴィエナは蛇遺物の動きを見極める。

 蛇は素早く地面を滑り、ミリアに向かって一撃を繰り出した。ミリアはなんとか飛び退くが、砂の中から別の部分が現れ、彼女の背後を狙ってきた。


「ミリア、伏せて!」


 ヴィエナが叫ぶと同時に、鉄棒を全力で振り下ろした。蛇の体の一部が激しく火花を散らしながら崩れ落ちる。


「ナイス!」


 ミリアが立ち上がり、短剣を蛇の目に投げつける。だが、目の部分を覆うガラスのような部品に弾かれてしまう。


「弱点はどこ?」


 ヴィエナが叫ぶと、マイニオが即座に答えた。


「頭部ではなく、背中にある動力部だ!だが、あれを狙うには近づくしかない」


「近づくって……あれに?」


 ミリアが唖然とするが、ヴィエナは覚悟を決めた表情で鉄棒を握り直した。


「わかった。私が囮になる!ミリア、隙を作って!」


 ヴィエナは蛇遺物の前に立ち、全速力で走り出した。蛇は素早く追いかけてくるが、その動きは規則的だった。彼女はマイニオの声に従い、巧みに蛇の攻撃をかわしながら距離を保つ。

 その間に、ミリアは砂の上を転がりながら蛇の背後に回り込んだ。蛇の動きに集中している隙を突き、彼女は短剣を全力で背中の動力部に突き刺した。


「今だ、ヴィエナ!」


 ミリアの声を聞き、ヴィエナは蛇の正面から跳び上がる。鉄棒を頭上に振り上げ、一気に蛇の背中に叩きつけた。

 激しい衝撃音とともに、蛇遺物の体が崩れ落ち、赤い光が消える。

 そうして二人と一足は息を整えながら道を見据えるのだった。

 

 荒野の旅路を進む一行。防衛拠点が近づくにつれ、地形は次第に険しくなり、砂漠の中に鋭い岩肌が顔を出し始めた。風は冷たく、どこか湿り気を帯びている。遠くには荒野に似つかわしくない緑の影が見えた。


「森……?」


 ヴィエナが驚いた声を上げる。ミリアも目を細め、遠くを見つめる。


「ここら辺に森なんてあった?」

「自然なものではないな」


 マイニオが低く答える。


 近づくにつれ、それがただの森ではないことが明らかになった。枯れ木と濃い霧が立ち込めるその場所は、命の気配を拒絶しているかのようだった。木々は黒く腐り、その表面には何か奇妙な模様が浮かび上がっている。霧の中からかすかな金属音が響き、どこか遠くで機械が動く音が聞こえる。


「遺物が潜んでいるのかもしれない」


 マイニオが警告するが、ヴィエナはその場をじっと見つめた。


「ここを通らないと防衛拠点には行けないよね」

「迂回するのも危険だ。この地帯は国家軍の巡回ルートに近い」


 ミリアが答えると、ヴィエナは意を決したようにうなずいた。


「わかった、行こう。慎重に進めば何とかなるかもしれない」


 森に足を踏み入れた瞬間、周囲の気温が急激に下がる。霧は厚みを増し、視界はほとんど遮られた。木々の間を進むたび、どこからともなく低い唸り声のような音が聞こえる。


「……誰かいる?」


 ヴィエナが声を潜めて問いかける。ミリアは短剣を握り直し、警戒を強める。


「ただの音ではない。何かがこちらを監視している」


 マイニオの声がヴィエナの頭の中に響いた。


 その時、霧の中から一対の赤い光が現れた。それは機械の瞳のように冷たく、鋭くヴィエナたちを捉えていた。


「来るぞ!」


 マイニオの警告と同時に、木々の間から異形の遺物が現れた。それは蜘蛛のような形状をしており、脚は鋭利な刃物のように輝いていた。その全身は黒い金属で覆われ、動くたびに軋む音を立てる。


「ヴィエナ、引いて!」


 ミリアが叫びながら飛び出し、短剣を遺物に投げつけた。だが、刃は硬い外殻に弾かれ、効果を与えられない。


「私が囮になる!隙を作るから!」


 ヴィエナが前に出ようとすると、マイニオの声が厳しく響いた。


「無闇に動くな!あいつには特定の弱点があるはずだ。観察しろ!」


 ヴィエナは深呼吸し、冷静に遺物の動きを見つめた。その刃のような脚が鋭く地面を叩きつけるたびに、わずかな隙間が見えることに気づく。


「膝の関節部分……あそこが弱点かもしれない」

「それを狙え」


 ヴィエナは鉄棒を構え、狙いを定めた。一瞬の静寂の後、遺物が突進してくる。その動きは素早く、捕らえるのは容易ではない。


「左へ跳べ!」


 マイニオの指示に従い、ヴィエナは地面を蹴って飛び退く。そして振り向きざま、鉄棒を全力で振り抜いた。

 鋼鉄の膝関節に命中した一撃が火花を散らし、遺物の動きが一瞬鈍る。ミリアがすかさず反対側の脚に回り込み、短剣を突き刺した。


「今だ!」


 ヴィエナは遺物の背中に跳び乗り、頭部をめがけて鉄棒を振り下ろした。一撃、二撃と重ねるたびに遺物の赤い光が薄れ、ついには完全に消えた。

 遺物の巨体が崩れ落ちる音が森に響き、再び静寂が戻った。


「やった!」

「危なかったけど、なんとか切り抜けたね」


 ヴィエナが息を切らしながら叫ぶと、ミリアも疲れた様子で笑みを浮かべた。

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