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二人は同期でライバルでそして……? ④

最も仲の良い同期としてクリスと接しているジュリア。

入省試験を首席と次席でパスし、その後もライバル関係として互いに切磋琢磨してきたからこそ、どの女性職員よりも側に居られるのだという事をジュリアは理解していた。


もしクリスに告白などしようものなら今までの関係が壊れて、ジュリアの存在なんてクリスの周りを侍らう女性たちと何ら変わらなくなる。

いや彼女たちよりも女として劣る分、もっとどうでもよい存在まで堕ちてしまうのだろう。


それが分かるからこそ、ジュリアはクリスへの想いを封じ込めてきた。


クリスにとってその他大勢の女の一人、になるくらいならいつまでも近しい同期ポジでいいとジュリアは考えていた。


あの日、あの騒ぎが起こるまでは。



「秘書課のベルンがライナルドに告ってフラれたらしいぞ」


文書保管室で過去の記録を同僚と探している時、その同僚が手を動かしながらそう言った。

その言葉にピクリと反応してジュリアは同僚に訊いた。


「……ベルンって誰?」


「ほら、ここんところやたらとライナルドを食事に誘っていた語尾の甘ったるい子だよ」


「ああ……」


以前、ジュリアの目の前でクリスを食事に誘い、その時に『他の者は要らない』と言ったあの女性職員であると理解した。


「あのベルンって奴、よほど自分に自信があったんだろうな。白昼堂々、人目もある休憩室でライナルドに恋人になってくれ!って言ったらしいよ」


「す、凄く頑強な心臓の持ち主ね……そ、それで?ク、クリスはなんて返事したのかしら?」


分かりやすく動揺するジュリアを見て、その同僚はクスッと笑った。


「お前ら、ホント分かりやすいよな」


「え?何?何か言った?そ、それでクリスは何と答えたのよっ」


もしかしてOKしたのだろうか。

そういえばあのベルンとかいう職員、小柄でぽやんとしてクリスのタイプドンピシャだ。

ジュリアは心臓が早鐘を打つのを感じていた。


「まぁ俺もその場にいた後輩から聞いただけで直で見たわけじゃないけどな、その時ライナルドは『心底惚れてる女性がいるからキミとは付き合えない』って言ったんだとよ」


「っ心底……惚れてる女性……」


───そんな人、いたんだ……。


同僚の言葉を聞き、ジュリアの心は鉛を流し込まれたように重くなった。


「良かったな、ニール…っておい?聞いてるか?ニール?」


同僚が何か言っているがその声が耳に入らないほど、ジュリアはショックを受けていた。


ただの同期でいいとそう思っていたはずなのに。


クリスが誰かと結ばれる、その現実にジュリアは酷く打ちのめされた。



そんな時にその騒ぎが起きたのだ。



「陰でジュリア・ニールさんに虐められました!!」


「……………へ?」


突然法務二課の部屋に現れた秘書課のキーラ・ベルンが皆の前でそう告げたのだ。


朝のミーティング時、二課の全員が揃っている時だった。

恐らく事を大きくするために課長もいるその時を狙ったのであろう。


キーラ・ベルンの訴えによれば、以前からジュリアには暴言を吐かれ、わざとぶつかられたり転ばされたりと身体的な攻撃も受けていたと言うのだ。


「え、えっと………?」


当然、ジュリアはそんな事をした覚えはない。


何故キーラ・ベルンがそんな事を言い出したのか理解に苦しむジュリアが対処に困っていると、直属の上官である課長(40)が直球で聞いてきた。


「ニール、お前ホントにそんな事をしたのか?」


その言葉にハッとしたジュリアは真っ直ぐに上官を見据えて答える。


「いえ、誓ってそのような事をした覚えはありません」


ジュリアのその返事にキーラ・ベルンは高いトーンの大声で叫ぶ。


「ウソですっ!どうしてあんな酷い事をしておいてウソを吐くんですかっ?素直に認めて私に謝ってくださいっ!」


「何故?何故やってもいない事をやったと言われ、謝罪を要求されなくてはいけないの?」


「決まってるじゃないですかっ!あなたが酷い事をしたからですっ!!」


「悪いけど、忙しい職務の中でわざわざ時間を割いてあなたに嫌がらせをする理由が無いの」


「口だけならなんとでも言えますっ!!」


一層高いトーンでヒステリックにそう言ったキーラ・ベルンに、ジュリアは頭を抱えたくなった。

大勢の前でやっていない事をやったと言われる。

事実無根と否定するもそれを裏付け証明できる(すべ)がない。

どうしたらよいものかと考えあぐねている時、いつの間にか近くに居たクリスがジュリアの隣でキーラ・ベルンに告げた。


「それはキミにも言える事だよな?」


「え……?」


突然のクリスの言葉にキーラ・ベルンがきょとんとする。


「やられた方も口だけではなんとでも言える」


「クリス……」


ジュリアは隣に立つクリスを見上げた。

そんなクリスにキーラ・ベルンは瞳をうるうるさせて弱々しく訴える。


「そんなっ……酷いですライナルドさんっ、私の事を信じてくれないんですかっ?」


「うーん……?信じるも何もそれ以前に俺はキミの事をよく知らないからなぁ」


「でもっ……「だが、ジュリアの事は良く知っている」


尚も言い募ろうとしたキーラ・ベルンの言葉を遮ってクリスがそう言った。

そしてそのまま話し続ける。


「同期で入省して五年間、俺はジュリア・ニールという人間と仕事をしてきた。その年月が信じさせてくれるんだ。ジュリアは断じて、陰で人を虐めたり危害を加えるような人間ではない」


迷いのない強い瞳と口調で、クリスはそう断言した。


「クリス……」


あぁもう……この男は本当に………



「そうだよな。俺もニールがそんな陰湿な事が出来るとは到底思えん。コイツは何事もバカみたいに真っ向勝負の人間だ」


課長が腕を組みながらそう言う。


「課長、バカみたいにって……」


そこから堰を切ったように二課の職員(仲間)たちが口々に告げた。


「ジュリアさんはそんな人じゃないわ」

「だよな。何かの間違いじゃね?」

「被害妄想なんじゃないの?」

「ベルンって確か少し前にライナルド先輩にフラれてましたよね」

「もしニールがそんな裏表のある人間だったなら、僕はもう誰の事も信じられなくなる……」


「みんな……」


二課の面々がそう言って信じてくれている事に、ジュリアの胸が熱くなる。


そんな皆の様子を見て、明らかに雲行きが怪しく不利になったキーラ・ベルンがしどろもどろになりながら「そ、そんなっ……」とか「私はただっ」とか「みんな酷い……」とか言って涙目になっている。

そんな彼女にクリスが畳み掛けるように告げた。


「それでもまだジュリアがキミに危害を加えたというのなら、きちんと証拠を提示してもらおうか。まぁそんなもの、何をどうしても出ては来ないだろうがな。ちなみに一つ忠告しておくと、証拠をでっち上げたりこれ以上ジュリアを標的に攻撃するのであれば俺が相手をする。その時は全力で叩き潰すつもりだから覚悟しておくといい」


「っ~~~ひどぉぉい!うわぁぁん!」


怒りを含んだクリスに宣戦布告をされ、キーラ・ベルンは泣きべそをかきながら二課の部屋を出て行った。


「一体何なんだアイツは……」

「明らかお前狙いのベルンが、邪魔者であるニールを排除しようと下手な芝居を打ったんだろうな」

「浅はかね~」


二課の同僚たちとそう言い合うクリスをジュリアは震えながら見つめていた。


一番に信じてくれた。

無条件に。先入観なく、ただずっと一緒にやってきた自分を、ありのままの自分を信じてくれた。


胸が熱くて、でも想いが溢れていっぱいになって苦しくて、ジュリアはただ震えていた。



───あぁもう、完敗だ。もうこれ以上、この気持ちに蓋は出来ない。


そう思った瞬間、ジュリアは足を踏み出していた。


ずんずんと近付くジュリアにクリスは笑みを浮かべた。


「災難だったなジュリア……って、ジュリア?」


明らかに様子が変なジュリアを見てクリスは驚いた顔をする。

そしてジュリアはそんなクリスの胸ぐらを掴んだ。


「ジュリッ…「ちょっと来てっ!!」


ジュリアはそのままクリスを引き連れ、二課の部屋を出た。

後ろから口笛が聞こえたり、「いよ、ご両人!」と囃し立てる声が聞こえたが無視だ。


そしてジュリアはフロアの一番端にある小さなミーティングルームにクリスを連れて行った。


部屋に入り扉を閉め、壁にクリスを押し付ける。


大の大人の男なのだから抵抗すればいいものを、クリスはジュリアにされるがままだ。


壁に押し付けたクリスの胸ぐらを掴んだまま、ジュリアは彼を睨みつける。

クリスは少し驚いた様子でジュリアに言った。


「どうしたんだよ?何をそんなに怒っているんだ?まぁ確かにあのベルンって奴が逆恨みしたのは俺のせいだな、巻き込んで悪かった」


「怒ってないわよアホクリスっ!」


「え、明らか怒ってるよな?」


「怒ってないっ!嬉しいのっ!」


「はぁ?」


「あなたがっ……信じてくれてっ……庇ってくれて、嬉しかったの!」


そう言ってジュリアは掴んでいたクリスの胸ぐらをそっと離した。


「ジュリア……っジュリアっ?」


その後ゆっくりとクリスの胸に額を付けたジュリアにクリスが身を固くして驚きの声を上げる。


「…………もうダメ、降参よ……あなたが誰を想っていても構わない。玉砕覚悟だから、せめて言わせて……」


「な、何がだよっ……お前、急にどうした……?」


急ではない。

この想いは、一朝一夕のものではない。

ジュリアはクリスの硬い胸に額を付けたまま、声を押し出すように告げた。


「…………き、」


「ん?何か言ったか?」


「好き」


「え、」


「好き、大好き」


「っ……」


「ずっと、ずっと前からクリスの事が好きなの……分かってる、あなたにとって私はただの同期の仲間にすぎないことは。それでも私はずっとあなたが好きだったの」


「ジュリア……」


「同じ想いを返して欲しいなんて厚かましい事は言わないわ。でもお願い、出来る事ならこれからも態度を変えずに同期として付き合って欲しっ……!?」


ジュリアは最後まで告げる事が出来なかった。

言葉を言い終える前にクリスにキスをされ、口を塞がれたのだ。


これ以上ジュリアには何も言わせないと、ジュリアの言葉も吐息も閉じ込めんばかりに激しい口づけを受ける。


ようやく解放された時、ジュリアは胸がいっぱいで息も絶え絶えにクリスを涙目で睨みつけた。


「いきなり何するのよっ……」


「ジュリア、本当かっ?」


「な、何が……?「本当に今、俺が好きだと言ったのかっ?お前の方こそ俺の事をただの同僚としてしか見ていなかったんじゃないのかっ?」


「な、何を……」


クリスの言葉の意図するところが分からず、ジュリアは思わずたじろいでしまう。

逃げ腰になるジュリアの両頬をクリスの大きな手が包み込む。


「俺の方がっ……ずっと、ずーっと前からお前に惚れてるんだよっ!」


「………うそ……」


「嘘じゃねぇ!入省式で初めて会った時に一目惚れしたんだ。でもお前には男として見られていないと思って、下手に告白なんかして関係が壊れるのが怖くて想いを伝える事も出来なかった。そんなヘタレ野郎なんだよ俺はっ!!」


「そ、それじゃあ……」


それじゃあまったく私と同じじゃないか……とジュリアは思った。


自分たちは誰よりも近くにいて、互いに同じ想いと恐れを抱いていたというのか。


「でもっ……最近のお前はどんどん綺麗になっていって……いつ、誰に掻っ攫われるかと心配で堪らなかった。だから少しずつ距離を縮めていこうと思っていたのに……くそっ!お前の方から先に言わせちまった!!」


「ク、クリス……」


まさかの逆告白にジュリアはただ目の前にいる相手を呆然として見つめた。


───え?それじゃあクリスが心底惚れてる相手って………私……?


頭の中が真っ白になる。

そんなジュリアにクリスは向き直り、両肩を掴んで目線を合わせてきた。


「好きだ、ジュリア。好きなんてもんじゃない、愛してるんだ。頼む……俺の、俺だけのジュリアになってくれ」


「クリスぅ……」


その言葉を聞いた途端、ジュリアの瞳から涙が溢れる。

そして声を震わせながらクリスに応じた。


「私もっ、好きっ……クリスを愛してる……だからクリスも私だけを見てっ……」


「ジュリア!」


その瞬間クリスに掻き抱かれる。

力強く、でも優しく。

大きくて温かな腕の中に閉じ込められた。


「クリスっ……」



入省して五年目。

ようやく二人は互いの想いを知り、同期でライバルでそして……恋人同士になったのであった。


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