二人は同期でライバルでそして……? ②
魔法省を設立した国王クリフォードは、自身の御世に成しておきたい事柄があった。
それは魔法律の改定改正を行い、新しい魔法律を制定、施行する事である。
数百年前に制定され、手付かずのままになっていた魔法律を今の世に合わせて改正を進めてゆく。
その国王肝入りの新魔法律の改訂版の素案を検討、取りまとめを行うのがジュリアやクリスが在籍する法務二課だ。
二課の職員は課長を含め総勢十七名。
今、一丸となって取りかかっているのが医療魔術についての法改正の素案である。
法に認められた術式を用いた医療魔術と古くからある民間療法に多い治癒魔術の定義と有資格者でないと治療出来ない内容などの素案作りの最中だ。
中でも古くからの民間療法が多く用いられてきた出産についての法改正が難しく、二課の中でも様々な意見が分かれ連日議論が繰り広げられている。
それでもクリスがまとめたB案で素案作りに取り掛かろうと他の職員たちも同意し、ようやく長い論議に終止符が打たれた。
「いやぁ~今回ばかりは大変だったよな~出産なんて特に難しい分野だからさぁ、上手くまとまって良かったよ~」
と、椅子にふんぞり返って発言したのは、以前ジュリアが仕事しないなら帰れと言った一期上の男性職員だ。
周りにいた誰もが「お前は何もしてねぇだろ」と思ったが相手にするのも面倒くさいのでスルーしている。
その男性職員が自身の同期である女性職員にこう言った。
「でも既婚者で出産経験のあるロネスさんが二課に居てくれて本当に良かったよ~。やはり経験者だから意見も的確で、出産経験もない誰かさんの意見とは違って非常に有益だったもんなぁ~」
と、先輩職員はジュリアを見ながらわざと大きな声でそう言った。
ジュリアが未だ独身で婚約者も恋人もいない事を当て擦りして、先日の仕返しをしてきたのであった。
そして話を振られた女性職員のロネスもそれに同調した。
どうもジュリアたちの一期前の十四期の先輩職員たちは十五期たちを目の敵にしているようだ。
「いやねぇ、大袈裟よ。経験者として、未経験で上辺だけの知識を持った人より多く知っているだけよぉ」
「さすがだね。やはり性格がよくて優秀だから、ちゃんと結婚相手が見つかって母親にもなれたんだね。どこぞの生意気で男みたいな生き方してる女とは大違いだな~」
明らかに未だ未婚のジュリアの事をバカにしている二人。
女性は早くに縁付くほど良い、という風潮が残念ながら社会では常識とされている。
ジュリアのように未婚でバリバリ働く職業婦人はかなり珍しいのだ。
心底腹立たしくて、思いつく限りの罵詈雑言を食らわせてやろうかとジュリアが二人の方をくるりと振り返ったその時、目の前を広い背中で塞がれた。
「先輩方、素案の会議中にもそれだけ積極的に意見を出してくれたら有り難いんですがねぇ」
クリスがジュリアを庇うように間に割入り、二人の先輩職員にそう言った。
「なっ……なんだライナルド、何が言いたいっ」
突然現れたクリスに、先輩職員はたじろいでいる。
どうやら彼はクリスに苦手意識があるらしい。
「会議中はだんまりで何も喋らない、訊かれた質問にだけ答える、というお二人が会議が終わるとペラペラと雄弁になる。どうにも滑稽だ」
「う、うるさいぞライナルド!本当の事を言って何が悪い!行き遅れの意見より既婚者の意見の方が役に立つのは当然だっ!」
「そ、そうよそうよっ」
先輩職員たちはクリスの言葉に反論して声を荒らげている。
ジュリアは目を瞬かせて彼を見上げた。
「クリス……?」
ジュリアが思わずその名をつぶやくと、彼は少しだけジュリアの方へ顔を向け小さな声で言った。
「お前は不必要に敵を作るな」
「えっ……」
そしてクリスはジュリアの代わりに二人の先輩職員たちと言葉の応酬を繰り広げた。
口論ほど頭の出来の良さが如実に出るものはない。
先輩職員二人は結局クリスに尽く論破されて、憤慨しながら二課の部屋を出て行った。
───庇ってくれたの?ど、どうして……?
今までもジュリアが誰かと意見が対立したり、売られた喧嘩を買って口論となった事は何度かあった。
でもクリスは公正に仲裁に入る事はあってもこうやって一方的にジュリアの味方をするような事はなかった。
─── 一体なぜ、どうして……。
それが何故なのか、どうしても分からないジュリア。
ぽかんとしてクリスを見つめていると、彼は少し照れくさそうにジュリアに言った。
「なんだよ」
「なによ、なんで庇ってくれちゃったりしたの?」
「言っただろ、無駄に敵を作るなと。お前は女だ、変に逆恨みをされて何かあったらどうする」
「へ、平気よ……」
どうしたというのだクリス・ライナルド。
その言い方ではまるで私の事を女性として心配しているように聞こえるぞ。
と、ジュリアは心の中でツッコミを入れるも直ぐにそれを否定した。
───いやいやいや、そんなはずはないわ。まぁこれは仲のいい同期として純粋に心配してくれているのね。
そう結論付けたジュリアにクリスが訊ねる。
「そういやお前、今夜の同期会はどうするんだ?」
「もちろん行くわ。久しぶりにみんなに会いたいもの」
「地方組も久々に王都に集まるんだもんな、楽しみだ」
「ええ本当に!」
『鋼の第十五期』
平民でノンキャリという共通点がある同期たちとは未だに全員と交流があり、本省と地方局に分かれたとしても年に数回は王都に集まって皆で盃を交わすのだ。
だが往々にして、そういう時に限って上官に残業を仰せつかったりする。
───もう!課長ったらこの書類は週明けでいいって言ってたくせに!
急に本日中と言われた書類仕事のせいで、ジュリアは終業後も仕事をしていた。
だけどぷりぷりしながらも迅速にそして的確に書類を仕上げて、早々に時間外労働を終わらせたのであった。
少し遅れたが今から行っても充分に皆と呑める。
ジュリアは急ぎ足で会場となる飲み屋へと向かった。
が、しかし……
「………何よコレ……」
飲み屋に着いて、ジュリアは呆然としてその光景を見つめた。
会場には同期のメンバー以外に、年若い魔法省の女性職員たちが大勢参加していて、目当ての男性職員達の周りにベッタリと張り付いている。
それを唖然として見つめるジュリアに、十五期ではジュリアを除いてたった二名の女性の同期たちが寄って来た。
「ジュリア、良かった!残業が早く終わったのね」
「来れないんじゃないかと心配したのよ」
二人はジュリアを見て嬉しそうに口々にそう言った。
「ねぇ何コレどういうこと?」
なぜ関係ない女性職員たちまで参加しているのかジュリアが訊ねると、女性同期の一人が眉間にシワを寄せながら答えてくれた。
「同期の一人がお目当ての女の子を釣るために勝手に秘書課に声を掛けたのよ、一緒に呑みませんか~?とか言って!」
「はぁっ!?」
「酷いわよね!そうしたら秘書課の女性職員だけでなく受付嬢までやって来て!みんな我がもの顔で狙った男に侍って!おかげで私たちなんて蚊帳の外よ!異物扱いよ!」
「えーー……ないわ~」
ジュリアはそう言ってからチラリとクリスの方を見た。
やはりというべきか数名の女性職員たちがガッツリとクリスの周りを固めていた。
その中には先日クリスと二人だけで食事がしたいと言っていた女性職員もいる。
「……せっかく同期たちと久しぶりに楽しく呑めると思っていたのに……」
ジュリアがガッカリしてそうつぶやくと他の二名も大きく頷いた。
「ホントよね、ムカつくったらありゃしない!同期会なのにどうして私たちが邪魔者扱いされなきゃならないのよ!」
「アイツらもしょせん男なのよ、若くてキャピキャピした化粧が上手くてボディタッチしてくれる女が好きなのよ!」
「………」
ジュリアがもう一度とクリスの方を見遣ると、丁度ひとりの女性職員にしな垂れ掛かられていた。
ボディタッチをされている。
「………!」
───アホクリス!また鼻の下伸ばして!(※伸ばしていない)
ジュリアは同期の二人に向き直って言った。
「バカらしい、やってらんないわよっ。店を変えて私たちだけで呑みましょう!」
「そうよね、せっかく久しぶりに会えたんだもの。私たちだけでもちゃんと同期会をしましょう!」
「賛成!異議なし!」
そうして女たちだけで会場を後にしようとしたその時、ジュリアの存在に気付いたクリスが座席に座ったままで声を掛けてきた。
「あ、ジュリア!来たのかっ!早めに片付けるとは流石だな!」
クリスが笑顔で手を上げながらジュリアにそう言うと、彼の周りに侍らっていた女性たちが一斉にジュリアを睨みつけてきた。
ムッカ~~!
───なんで私が睨まれなくちゃいけないのっ?ホントやってられない!
ジュリアはそう思い、クリスを無視するように店の出入り口へと仲間と共に歩き出した。
「おいっ?ジュリアっどこに行くんだよっ!?」
そう言ったクリスの声が後を追いかけてくる。
ジュリアはバッと振り返り、こちらを見ているクリスや他の同期たちに告げた。
「どうぞ私たちにはお構いなくあなた達だけで好きにやってて頂戴!もう同期会なんて二度と来るかバーカっ!」
ジュリアがそう言うと他の二人もアッカンベーと舌を出し、中指を突き立てた。
そして三人で会場を後にする。
後ろから「待てよっ、待てってジュリア!」とか「いやぁん、怖~い」とか「あんなのほっといて一緒に呑みましょうよぉライナルドさぁん♡」とかいう声が聞こえたが、ジュリアたちは無視して店を変えた。
そこも何度か同期会で利用した飲み屋で、三人で男性同期たちの悪口を散々言い合い、それを肴に大いに呑んで騒いで楽しんだ。
───アホクリス!アホクリス!アホクリス!
大事なことなので三回、ジュリアは心の中で叫んだ。
もしかしたらクリスはあの中で気に入った誰かをお持ち帰りしてワンナイトラブを楽しむのかもしれない。
いやもしかしたらそのまま付き合ったりなんかするのかもしれない。
そう思うとやるせなくて悔しくて、いつもはセーブする酒量もついつい増えてしまった。
「ちょっと……大丈夫?ジュリア?」
「これ、一人で帰れないんじゃない?」
仲間の二人の声が遠くに聞こえる。
ふわふわクラクラ、心地いいのか苦しいのか分からない。
全ての物音が遠のいてゆき、ジュリアは揺蕩う波の中にいるような感覚に身を任せた。
そして次に頬に感じる固くて温かな感覚と前髪をくすぐるサラサラとした風を感じ、ジュリアはゆっくりと目を開ける。
ここは……どこ?私、どうしたんだっけ?
そんな事をぼんやりと考えるとそれに答える声がした。
「ここは俺の背中で、お前は酔い潰れて眠ってしまった酔っ払いだ」
え?
すぐ間近にクリスの声が聞こえ、ジュリアの意識は急激に浮上した。
ばっと頭を上げ、状況を確認する。
「ようやく起きたか」
呆れたようにクリスがそう言う。
「っ○※€#☆¿□!?」
何故かジュリアはクリスに背負われて運ばれていたのだ。
しどろもどろになりながらジュリアがそれを訊ねると、クリスはジュリアを背負ったまま答えた。
「なんかお前が酔い潰れるような気がして、あの後同期会を抜け出して探してたんだよ」
「えっ……ど、どうしてそんなことっ、女の子たちと楽しく呑んでたじゃないの……?」
「楽しくなんか呑んでねぇわ。誰かが勝手に呼びやがって。同期同士呑めなきゃ意味ねぇわ」
「で、でもわざわざ私を探すなんて……」
「お前が凄い怒ってたから、きっと酒のペースが早くなってこうなるんじゃないかと思ったんだ。だから心当たりのある店を一件一件しらみ潰しに当たってみて、三件目でビンゴだったんだ。案の定、酔い潰れていて……お前、俺が来なけりゃどうするつもりだったんだよ」
「ど、どうって……」
どうなっていたんだろう。
確実に一緒に呑んでた仲間に迷惑をかけていた……。
居た堪れなくなるジュリアに、クリスは盛大なため息を吐いた。
「はぁぁ……お前は……仕事では完璧で超優秀な職員なのに、プライベートではホントにポンコツだよな」
「ポ、ポンコツとはなによっ」
「だから俺はお前をほっとけないんだよ……」
「え……?」
クリスの意味ありげな言葉が夜の街に落ちてゆく。
その真意を測り損ねたまま、ジュリアはクリスに背負われたまま寮まで運ばれて行った。