二人は同期でライバルでそして……? ①
今回からジュリアの過去のお話です。
「ジュリアお前な、もう少し言い方ってもんがあるだろう」
「あの先輩にはあれくらいハッキリ言わないと伝わらないわよ。縁故採用で父親が幹部だからってそれを笠に着て、それでいい加減な仕事をされてみんな迷惑してるんだから」
「だからといって“ちゃんと仕事する気がないなら帰れ”って、直接過ぎるだろう」
「あら、“帰れ”なんて言ってないわ。“お帰りになられたらいかがです?”とちゃんと丁寧に言ったわよ」
「そーいう意味じゃねぇんだよ……」
ジュリア=ニールは魔法省の職員だ。
今年で入省五年目。
“鋼の第十五期”と呼ばれる、何故かその年だけ魔術学園卒業者ではなく民間の私立学校や魔法塾出身の平民が多く、そして試験に好成績で合格した。
ジュリアはその伝説の職員たちの一人である。
そのジュリアと会話をしているクリス=ライナルドもその“鋼の第十五期”の一人だ。
彼は平民で街の私塾の出身であるにも関わらず、入省試験ではアデリオール魔術学園やハイラント魔法学校を上位成績で卒業した貴族の子女たちを差し置いてトップの成績を収めた。
アデリオール国王クリフォード陛下が身分に関わらず魔力ある者が一丸となって国のため民のために魔法、魔術の仕事に携わる事を理念として設立された機関である魔法省だが、残念ながら設立から十五年経った今でも貴族が優勢だ。
そしてその貴族や魔術、魔法学校卒の者がキャリアとして取り立てられていく風潮は未だに根強く残っている。
そんな魔法省に新風を巻き起こしたのがジュリアやクリスをはじめとする“鋼の第十五期”たちである。
彼らはいわゆる平民で“ノンキャリア”でありながらも魔力の高さと明晰な頭脳と機敏な行動力でその実力を遺憾無く発揮し、キャリアと呼ばれる高官候補たちと肩を並べて仕事をしていた。
クリスが入省試験では首席合格でジュリアは次席。
そのため二人は同期の中でも良きライバル同士として、いつも軽口や漫罵を言い合いながらも互いにサポートしたりと、特に近しく行動を共にしていた。
そこに異性としての意識などない。
ただ相手を優秀で気の合う同期だと思う認識だけであった。
まぁ本当はジュリアはそれに当てはまらず、密かにクリスに想いを寄せていたのだが……。
───だって悔しいけど仕方ないわよね。魔力が高くて優秀で性格も悪くはない。少々高慢でワンマンな所もあるけれど、それも実力ゆえの事であると思うと羨望すら抱くし。その上背が高くてイケメンとキタ日にゃあ……女なら誰だって惹かれるわよ。ホントに悔しいけど!
ジュリアはそう思いながら、片想いの相手であるクリスをチラ見した。
「ジュリア、無駄に敵を作るな」
だがクリスのその居丈高なもの言いはジュリアには納得がいかない。
「言っておきますけど、私は敵を作る気なんてサラサラございません。向こうが勝手に私を敵視してくるのよ」
「逆恨みされたらどうするんだ」
「倍返しにしてやるわよ」
「はぁぁ………お前な……」
勝気なジュリアが負けるもんかとそう告げると、クリスが大きく嘆息する。
そして何か言いかけたその時、ジュリアよりもはるかに高いトーンの可愛らしい声が聞こえた。
「ライナルドさぁ~ん!」
ジュリアとクリスが同時に声がした方に視線を巡らせると、弾むような小走りでクリスの元へと駆け寄るキャピキャピの女性職員の姿があった。
彼女はクリスとジュリアの間に割って入り、鈴を転がすような愛らしい声でクリスに話しかける。
ジュリアの存在は完全にスルーである。
「ライナルドさぁん、今日こそはお食事ご一緒しましょうよ~」
小柄な女性職員は体を少ししならせて上目遣いでキュルンとクリスを見上げてそう言った。
───うわぁ、私には絶対出来ない仕草。
私が同じ事をしようものなら絶対にクリスに大笑いされた上に可愛くねぇと言われるだけだわ。
そんなジュリアの考えを他所にクリスは目の前にある女性職員に答える。
「何度も誘ってくれているのに悪いね。でも申し訳ないが今日も残業なんだ。片付けないといけない案件があって。だから落ち着いたら埋め合わせをするよ。その時はウチの課とキミの秘書課で合同の飲み会を企画するから」
「えぇ~わたしぃ、ライナルドさんと二人っきりがいいんですぅ~他の人は要らない~」
女性職員が小首を傾げて甘える仕草でそう言いながらちらりとジュリアを見た。
“他の人は要らない”の下りでばっちりと。
「…………」
バカらしい。
付き合ってらんないわ。
ジュリアはそう思い、何も言わずに踵を返した。
「おいジュリアっ、まだ話は終わってないぞっ」
後ろからクリスの声が追いかけてくるがジュリアは構っていられないと無視をして歩き去る。
───なによ、鼻の下伸ばしてっ(※伸ばしていない)どうせ男はみんな、あんな砂糖菓子みたいにフワフワした可愛い女の子が好きなんでしょうよ!
どうせ自分はクリスにとっては女ではなくただの同期、気安く何でも話せる同僚でしかないのだ。
先ほどの女性職員に掛けたような紳士的な声がジュリアに向けられた事は一度もない。
「………アホクリス」
だけどジュリアにはわかっていた。
恋愛対象の異性としては見られてはなくとも、クリスはちゃんとジュリアを女性として労わってくれている事を。
難しい案件で帰宅が遅くなりそうな時でも、必ず一人で帰れる時間帯にジュリアを帰すし、もし仕方なく遅い時間になった時は必ずアパートまで送ってくれる。
それが男性同僚としての義務であったとしても、蔑ろにされているわけではないと思うだけでジュリアは嬉しかった。
だから別にこのままでいい。
もしジュリアがクリスに対して恋情を抱いていると知られたら、きっと一線を引かれるに決まっている。
今まで女として意識されて来なかったからこうやって気の置けない同期同士、楽しくやれているのだ。
クリスから避けられるくらいならずっとこのままの状態でいいと、その時のジュリアは本気でそう思っていた。