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殴っておけば良かった

閉店直後に店にやって来たクリスを見て、ジュリアは分かりやすく警戒心を顕にした。


何しにきたコイツ感を隠す事もなくクリスを睨みつける。


「……ジュリア」


クリスはそんなジュリアの視線に怯む事なくただ一心にジュリアを見つめていた。

ジュリアにとっては想定外のクリスの訪問だが、クリスにとってジュリアのこの反応は想定内、当然だと思っているからだ。


ジュリアはクリスから視線を外し、店の片付けを再開した。

カウンターの内側から出てテーブルを拭き清める。


「……何しに来たの?」


突き放すような声でそう言ったジュリアがクリスをチラと一瞥すると、そこに居るはずのクリスが視界から消えた事に思わず二度見した。


「え?」


と、同時にゴッ!ガッ!という硬いような鈍いような音が足元の方からする。


「え?」


何事かと視線をそちらに向けると、そこには店の床に頭を擦りつけて土下座をするクリスの姿があった。


「は!?」


当然ジュリアは訳が分からず口からそんな声が出るも、次の瞬間にはクリスの大きな声が店の中に響いた。


「ジュリアっ!!すまなかったっ!!本当にっ、本当に俺が悪かったっ!!」


子どもの事で話があって来たのだろうと思っていたクリスの、まさかの言動にジュリアは言葉を失う。

唖然として見つめているジュリアに、クリスは更に謝罪の言葉を並べたてた。


「仕事に忙殺されて、それを理由にジュリアに甘えすぎてしまっていた。守秘義務があるから何も語れなくても、毎日顔を合わせているのだからわかってくれている…勝手にそう思い込んでジュリアを不安にさせたっ。俺は自分の事しか見えておらず、魔法省でどんな噂が流れているのかも知らずに放置する形となった。それが噂を助長する事になってしまい、ジュリアを苦しめた……俺は、俺は本当に無能でクソでどうしようもない男だっ!ごめんジュリアっ!本当にごめんっ!!」


床に頭をこ擦りつけたまま、そこまで一気に捲し立てたクリスをジュリアは信じられないものを見るような眼差しで見つめている。

そしてしばしの沈黙の後、ジュリアが言った。


「……もう済んだ事よ、忘れてくれていいわ。あなたはあなたの幸せをちゃんと守っていけばいい」


「済んだ事なんかじゃない、忘れられるわけがない、俺の幸せなんてどうでもいい。いや、ジュリアの幸せが俺の幸せなんだ」


クリスのその言葉を聞き、ジュリアはカッとなる。


「そんな勝手な事を言って!それじゃあ貴方の奥さんの幸せはどうなるのよ!家族の幸せを一番に考えてあげるのが貴方の務めじゃないのっ?子どもがいるとわかったからと変に責任を取ろうなんて、そんなの私は求めてないわっ!」


ジュリアはカウンターを拭いていた布巾を握りしめ、尚も言い募った。


「私はね!あの子を授かって本当に嬉しかったの!だから生んだの!だから責任とか義務とか誠意とか、そんなの要らない!必要ない!」


ジュリアの言葉を、クリスは黙って聞いていた。

そして床に手を付いたままジュリアをじっと見つめ、クリスは言った。


「……噂のせいで俺と次席秘書官令嬢が結婚したと思っていたんだな……」


「婚約間際だって聞いたわ。一緒に馬車から降りて来た姿も見たし。あれから二年、もう結婚してるんでしょ」


「まず……そこからなんだが、俺はご令嬢とは結婚していない。もちろん婚約もだ」


「…………は?」


「確かにドウマ卿から縁談の打診があったが即、断っている。次席秘書官令嬢との噂は事実無根なんだ」


「え……?」


「誓約魔法により話す事は出来ないが、ご令嬢とは誓約に関わる案件で協力しあったにすぎないんだ。それに、ご令嬢には他に好きな人がいるらしい……」


「そ、それをどうやって信じろというのよ」


「そうだよな、誓約のために詳細を話す事も出来ないくせに信じろと言われても無理だよな、でもそれが事実なんだよ」


「………」


「ジュリア、俺が子どもに責任を取ろうとしているのは義務でもなんでもない。俺がそうしたいと願ってるからなんだ………」


そう言ってクリスはまた床に頭をガッと擦りつけた。


「すまないジュリア!!俺はっ……あの夜、子どもが出来ればいいと思ってお前を抱いた。お前が妊娠して俺との結婚を考えてくれればいいとっ、お前の意思を確認する事もなく避妊をしなかった……!!」


「え、」


「俺はあの時、心神耗弱で正しい判断を見誤った。お前は入省時から一生仕事に生きると言っていたのを知っていて、妊娠したら観念して結婚してくれると思ったんだっ、本当に身勝手で最低な考えと行動だった……すまない、すまないジュリアっ!」


それを聞いてジュリアの一日分の情報処理能力の容量は一瞬でオーバーした。


クリスから聞かされた話の内容が思いも寄らないものばかりでどう受け止めよいのかわからなくなったのだ。


そしてそれが却ってジュリアを恐ろしいまでに冷静にさせた。

すん…としたジュリアは真顔で店内に掛けてある時計を見た。

そしてすん…としたままクリスに言う。


「……子どものお迎えに行かなきゃ。今日のところは帰ってくれない?」


「ジュリアっ……」


「まだあなたにリューイを会わせたくないの。だから今日は帰って、また後日来て。……いえ、王都からここまでそうそうは来れないわよね。無理して来なくてもいいから」


「いや、魔法省は辞めたんだ。それでこの町の魔法律事務所に就職した。法務の経験を活かせるからと即採用だったよ。……そうか、子どもはリューイというのか……そうか、そうか……」


これまた怒涛の情報が押し寄せてきて、ジュリアはこめかみをおさえながらクリスに言う。


「とにかく今日は帰って。……ていうか帰れ」


長い付き合いだ。

ジュリアの性格を把握しているクリスはこうなる事も想定内だったらしく、「また来るよ。何度でも、まぁ邪魔にならないよう気をつける」と言って帰って行った。


ジュリアはのろのろとエプロンを外し、財布の入った鞄を持って店を出る。

リューイを迎えに託児所に向かうためだ。


表情はすん…としたジュリアだが、脳内は大嵐である。


───え?ご令嬢と結婚してないっ?ていうか噂は全部嘘だった?え?誓約魔法?いつのまにそんなヤバいものを掛けられてるの?え?妊娠するようにわざと避妊しなかった?え?子どもを望んでいたってこと?え?魔法省を辞めた?え?この町で就職?え?え?


頭の中に吹き荒ぶクリスハリケーンにより、ジュリアはとても忙しい状態だ。



そしてその夜、落ち着いてリューイを寝かしつけた後で思い至る。


とりあえず、一発殴っておけばよかったと。



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