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特別な存在 クリスside①

「………え?辞めた………?辞めた、というのは退省した…という事か……?」


「そ、そうですけど……え?ライナルド先輩ご存知なかったんですかっ?ニール先輩が退省する事を?」


「ジュリアはまだ省舎内にいるかっ?」


「さぁ…どうでしょうか……三十分ほど前に挨拶を済ませて二課を出て行った後の事はわかりません」


「嘘だろう……ジュリア……?」


三十分ほど前、クリスはジュリアが転移魔法を用いた気配を感知した。

その途端、妙な胸騒ぎがして仕事中だったにも関わらず補佐官室を飛び出して法務二課に向かったのだ。

そしてそこで初めてクリスはジュリアが魔法省を退省した事を知ったのであった。


「ジュ……ジュリア……」


様子がおかしいとは思っていた。

もしかして…と気になり、話を聞かねばと思いながらも毎日の業務プラス次席秘書官の別件に忙殺され、魔力を削られてその余裕がなかったのだ。


その結果がこれだ。

ジュリアが何も言わずに魔法省を辞め、転移魔法にて何処かへと消えた。

その事がクリスに絶望を与え、激務のせいでピークを優に超していた身体と精神の限界値が振り切れた。

クリスはゆらりとよろめき、片手で顔を覆う。


「ライナルド先輩……?」


法務二課の後輩がクリスの異変に気付き、顔を覗き込んでくる。

顔を覆ったクリスの指の隙間から見える瞳はもはや光を宿してはいなかった。


「ジュ……リア……」


抑揚のない低い声でそうつぶやいた瞬間、何かがブツッと千切れた感覚がした後クリスの意識はブラックアウトした。


「っライナルド先輩っ!!」


遠くで後輩が呼ぶ声が聞こえた気がしたが、

本当に聞きたい声でなければ聞こえても意味が無い。


クリスがただ一心に求めるのは、

ジュリアの声ただ一つだけだった。



クリスがジュリアと初めて会ったのは入省式の日。

入省試験の会場でもちらと視界入る事はあったのだろうが、意識して彼女を見たのは入省式当日が初めてであった。

試験で首席を取ったクリスに僅差で負け次席となった女性がいると聞き、クリスは式の前からジュリア・ニールという存在を意識はしていた。

それが入省式で挨拶を交わした時に一瞬で心を鷲掴みにされたのだ。


柔らかな印象の明るいブラウンの髪に青に近い紫の瞳。

意思の強そうな眼差しに形の良いふっくらとした唇は勝気な性格を物語るように悠然と弧を描いていた。

今までクリスの周りに居た女性はどこか媚びるような目線で見上げ、甘えるような声色で語尾が高めに話す者ばかりであった。

だけどジュリアは身長差的に確かにクリスを見上げはするがその視線はどこか対等でどこか挑戦的なものだ。

こんな女性もいるのか。

そう思った瞬時に、クリスは自分がジュリアに一目惚れをしたのだと悟った。


だけどジュリアの瞳に映る自分は同期で入省試験の首席を争ったライバルでしかない。

それならばまずは一番近しい同僚になってやるとクリスは決めた。


それから長い月日をかけて、クリスはジュリアと最も仲の良い同期で同僚という立場を手に入れ、それを死守してきた。

本当はそんな立場ではなくもっと深くもっと特別な存在になりたい。

だけど自分の事を異性とは見ていないジュリアに告白をして、今の関係性が壊れてしまうのが何よりも怖かったのだ。


───俺ってこんなヘタレだったんだな。


言ってはなんだが今まで女性に対してこんな気持ちになった事などなかった。

町の小さな私塾から魔法省に入るために必死に努力を重ねて恋愛どころでなかったのもあるが、女性との接点がなかったわけではない。

どちらかというとモテる方だったと思う。

誰とも付き合う気はなかったが、しょっちゅう恋慕され告白は受けていた。

だけど実は恋愛スキルは経験値不足のクリス。そんなクリスが初めて夢中になった女性、それがジュリアだったのだ。


しかし入省して五年が経ち、さすがにこのままではいけないとクリスは焦り出した。


ジュリアは結婚には興味が無いようだが、周りが放っておくはずがない。

近頃ますます綺麗になってゆくジュリアを、いつか誰かに取られるのではないかと、クリスは焦燥感を募らせていた。


それ以外にも優秀なジュリアをやっかんで嫌味を言ったり軽い当て擦りをしてくる先輩や同僚にも負けじとやり返し、多くはないが敵対意識を持つ職員もいて心配で堪らない。


あまり敵を作るなとジュリアに注意しても、彼女は負けるものかとますます闘志を燃やすのだ。


このままではいずれ大きな衝突が起きるやもしれない。

その場合、やはり女性であるジュリアの立場が弱く、被害を被るかもしれないのだ。


クリスはそれが心配で、なりふり構わず表立ってジュリアを庇うようになった。


そんな事をしている内に自分に告白をしてきた秘書課の女性職員がジュリアを標的にして虚偽の訴えを直接二課の面々の前で起こした。


この女、絶対に許さねぇと思ったがその事がきっかけとなってジュリアと想いが通じ合い、恋人同士になれたのだから社会的に潰すのはやめてやる事にした。


そして恋人となったジュリアは只々甘く、可愛いしかない。

料理上手で何でも作ってくれる。

特にドリアが絶品で休日の度に強請(ねだ)って作って貰った。


平日は同僚として信頼を寄せ合い仕事をし、休日は恋人として心を寄せ合い共にすごす。


満たされ、幸せで、充実した日々だった。

ジュリアのいない生活にはもう二度と戻れない。

そんな事があれば自分は死ぬ、そう思うほどクリスはジュリアに夢中だった。


そろそろ結婚を視野に入れ始めた時、何かの拍子に仕事ぶりが上層部の目に止まったらしく、クリスは魔法大臣次席秘書官補佐に大抜擢された。


丁度長年二課で取り組んできた新魔法律の素案が完成して手を離れた事もあり、クリスはその辞令に従い補佐官として上に上がった。


上に行けば給料も上がる。社会的な立場もよくなり、ジュリアにプロポーズもしやすくなる。

ジュリアが専業主婦になって、子どもが数人いてもちゃんと養ってゆけるだろう。


クリスが補佐官の任を受けたのはジュリアとの将来のためであったのだ。


補佐官の仕事は忙しくも充実していた。

これで給料も上がるのだから一石二鳥ではないか、

だがそう思ったのは最初の方だけだった。

只々忙殺される日々に疲労は蓄積され家には寝に帰るだけの生活が続いた。


それでもアパートに戻ると愛しのジュリアが居てくれる。

それだけでクリスは癒された。


そんな中突然、次席秘書官令嬢との縁談を打診されたのだった。





───────────────────────




クリスの言い訳が長くって~


パート②に続く。




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