表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

逢魔時の怪異

作者: 影野龍太郎

 夏も終わりかけたある日の夕暮れ時、少年は一人で家路を辿っていた。

 現在時刻は午後6時ごろ、陽が長い時期ではあるが、そろそろ太陽が沈み始める頃合いである。

 現在中学一年生、ついこの間まで小学生だったその少年にとって、この時間帯は少し怖いものがある。

 さらに今少年が歩いているのは、薄暗い裏路地だ。

 大通りにさえ出れば、街灯の数も多くなるし、人通りも多いので安心なのだが、あいにくと今は、少し入り組んだ道を通らなければ、家に辿り着けない状況にある。

「早く帰らないとな」

 少年がそう呟き、早足に裏路地を進んでいくと、不意に耳元で何かの音が鳴った……気がした。

「なんだ……?」

 少年は足を止めて耳を澄ます。

 すると今度は、さっきよりもはっきりとした音が耳に入った。

 ――ちりん……りーん……

 鈴のような音。

 それを認識した瞬間、少年は僅かな目眩を覚えた。

(あれ……?)

 くらりと視界が歪み、膝から力が抜ける。

 そのまま倒れそうになるが、なんとか壁に手をついて堪えることができた。

(なんだ……貧血か……?)

 心の中で呟き、息を整える。すると、すぐに眩暈は治まった。

 少年はホッと胸を撫でおろすと、「今日は暑かったら熱中症にでもなってしまったのかもしれない……早く帰らないと」と呟いて、再び帰路についた。

 しかし、それから数分後、異変が起こった。

「…………?」

 少年は首を傾げながら周囲を見渡す。

「ここ、さっきも通ったような……」

 少年の視界に広がっているのは、先ほどと同じ風景だった。

 同じような、ではない、まったく同じ光景が広がっているのだ。

「……あ、れ?」

 急に背筋が寒くなり、冷や汗が流れる。

「ま、まさかそんなはず……」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、少年は再び歩き出した。

「おかしい……おかしいよ……」

 いくら歩いても同じ景色が続いている。

 まるで同じところをぐるぐると回っているようだ。

 焦燥感に駆られ、何度も振り返って確認するが、やはり結果は同じだった。

「どうしよう……」

 ついに足が止まってしまった。

 パニックに陥り、頭が真っ白になる。

 その時、ふと声が聞こえた。

『ねぇ、そこの坊や』

 それは鈴の音のように澄んだ声だった。

 驚いて顔を上げると、目の前に一人の女性が立っていた。

 歳は二十代後半くらいだろうか? 妖艶な雰囲気を纏った美しい女性だ。

 女性は艶やかな笑みを浮かべ、少年に話しかける。

「あなた、迷子になっちゃったのかしら?」

 少年は無意識に一歩後ずさった。

 なぜだろう、この人を見ていると不安が込み上げてくる。

 この人は危険だ、関わってはいけない、本能がそう訴えかけてくる。

 だが、恐怖で身体が動かない。

 逃げなければと思う反面、どうしても逃げることができなかった。

 そんな少年の様子を見て、女性はクスリと笑みをこぼす。

「あらあら、そんなに怯えないでちょうだいな。私は別に取って食おうってわけじゃないんだから」

 そう言って、女性は優しく微笑んだ。

 その微笑みを見た瞬間、背中にぞくりとしたものが走り、全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。

(嘘だ……。この人は、()()()()()()()()()考えてるに違いない!)

 直感的にそう思った。

 逃げなくては、そう思うのだが、身体が言うことを聞いてくれない。

 女性がゆっくりとこちらに近づいてくる。

 そして、目の前まで来ると、そっと手を伸ばしてきた。

 その手が頬に触れた瞬間、ビクリと身体を震わせる。

 女性の手は冷たかった。いや、冷たいというより、体温を感じないのだ。

 まるで氷のような冷たさだった。

 そのことに驚いている間に、女性の顔がすぐ近くまで迫ってきた。

「う、う、うわあああああっ!!」

 少年は思いっきり両手を突き出すと、勢い余って女性を突き飛ばし駆けだした。

「ふふ、追いかけっこというわけ……? でも、無理よ」

 背後から声が聞こえると同時に、何かが追いかけてくる気配がした。

 振り返ると、先ほどの女性がものすごい速さで追いかけてきていた。

 しかも、走っているわけではなく、宙を浮いているように見える。

(な、なんなんだよあれ!?)

 あまりのことに驚き、恐怖心が倍増する。

 とにかく必死に走るが、相手は空を飛んでいるためか、徐々に距離が縮まっていく。

 このままでは追いつかれると思ったその時、前方に人影が見えた。

(た、助かった……!)

 そう思ったのもつかの間、徐々に明らかになっていく前方の人影を見て愕然とした。

(し、死神……!)

 その人影は全身黒装束に大鎌を持った男だった。

 まさしくイメージ通りの死神の姿である。

 少年は慌てて方向転換しようとしたが遅かった。

 もう既に目の前まで迫っていた死神は、大鎌を振りかぶっていた。

「あああああああああ!!」

 少年は叫びながら咄嗟に腕で頭を庇う。

「ぎゃぶふうっ!」

 うめき声と、肉を切り裂く嫌な音が響く。しかし、それは少年の肉体から発せられたものではなかった。

 恐る恐る目を開けると、そこには真っ二つに切り裂かれた黒い塊があった。

 よく見ると、それは先ほど見たばかりの女性であった。

 女性はビクビクと痙攣しながら地面に落下していく。

 その光景を見た途端、頭の中で警鐘が鳴った。

(逃げろ!!)

 本能的にそう悟った瞬間、少年は踵を返して走り出した。後ろからは、ズルリズルリという不気味な音が聞こえている。

 その音を聞きながら一心不乱に走り続けると、やがて見慣れた大通りに出た。

 そこでようやく足を止める。

(逃げ切れた……のか?)

 後ろを振り返り、何も追ってきていないことを確認して安堵の息を吐く。

 それと同時に緊張の糸が切れたのだろう、その場にへたり込んでしまった。

「はぁ~……」

 大きく息を吐き出すと同時に、どっと疲れが出てきたような気がする。

 いや、実際に疲れているのだろう。変な出来事に巻き込まれてしまったのだから当然だ。

(それにしても、あれは一体なんだったんだ……?)

 あの女性と死神の事を思い浮かべる、最初の女性、あれは確かに人に見えたが、今思い返してみるとどこかおかしかった気がする。

 それに、あの女性の手に触れた時の感触、とても生きている人間のものとは思えなかった。

 まるで死人のような冷たさだった。

(もしも、あの女の捕まっていたら……)

 その先を想像してしまい、ゾッとした。

 考えるだけでも恐ろしい。あんなものに捕まったら最後、生きて帰ることはできないだろう。

(でも、だとしたら……)

 あの女を斬ってくれたあの死神は自分を助けてくれたのだろうか?

 少年にはわからなかった、ただ、ほんの少しだけ感謝している自分がいることにも気づいていた。

(ありがとう……)

 心の中で小さくお礼を言うと、少年は家に向けて歩き始めたのだった。









「やれやれ、驚かせてしまいましたね。どうも私はヒーローっぽくは振舞えないようです」

 死神は小さく呟き苦笑する。

 そんな死神の背後で、もぞもぞと蠢くものがあった。

 それは先ほど少年を襲った女の死体だ。

 女は両断された身体を繋ぎ合わせようと蠢いていた。

「き、さま……。何者だ……?」

 息も絶え絶えになりながらも、なんとか声を絞り出す。

 そんな女に死神は口元を歪めながら答える。

「私ですか? 私はただの死神ですよ。あなたたちのような存在を消し去るただの死神です……」

 死神の赤い瞳が女を睨みつける、その瞳の中には強い意志が宿っていた。その意志を一言で言い表すのならば、相応しい言葉は一つしかないだろう、すなわち、『正義』である。

「や、やめ……!」

 女が言い切る前に、死神は大きく鎌を振り上げた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ