二十話
「二人の意見が一致してるならそれでいいさ」
ロジュスも何が何でも急がせようという様子ではない。
盗賊団のアジトへ行き、その後は予定通りに砦へ向かうことになるのだろうが。
「……魔書の真偽が分からない以上、放置をするつもりはないけれど。もしフレイネルが待ち構えていたら、わたしたちで勝てると思う?」
相手は明確にコーデリアを狙っている。
いずれ対峙するのは避けられないとしても、今すぐ、再び衝突するのは避けたかった。
「あー……。正直、難しいと思う」
「そうよね」
動けさえしなかったのだ。ロジュスの表現は大分優しくなっている。
「居所が分かっていて、無差別な範囲呪紋を使えばあるいは……」
「どうだろうな。やっぱり凌いじまう気がするが」
「……難しいですか」
ロジュスが下した判断に、ラースディアンも強く否定はしない。しかしどこか納得していない様子もある。
己の手の平を見詰めて、もどかしそうに顔をしかめる。
「どうしたの?」
「いえ、何か……何かを知っていた気がするんです。あのように強大な力を振るう亜人種にも、呪紋を届かせる何かを」
ラースディアンの言葉に、コーデリアはつい昨日、自らが得た感覚を思い出す。そして自然と手を背中に伸ばして触れた。
(これが神のものなら)
コーデリアと同じく禍刻の紋章が刻まれたラースディアンにも、知らないまま刻まれた呪紋があるのではないだろうか。
だが懸念もある。
理由は分からないが、ラースディアンに刻まれた紋章はコーデリアと違って安定していない。
「思い出しそうか?」
期待を込めた様子で、やや身を乗り出してロジュスは問う。
「……いえ。形になりそうにはありません」
しばしの間記憶を手繰り寄せようとする努力をしてから、ラースディアンは諦めて首を横に振る。
「そーか」
「そういえば、ラスの故郷にも行ってみようって話をしたわよね」
親しかったものと触れるのは、間違いなく刺激となるだろう。記憶を呼び覚ます一助となるかもしれない。
「ん。近いうちに行く必要はあるだろうな」
かつてコーデリアとラースディアンが望んだから同意をした、という様子よりも大分積極的な答えが返って来た。
「放置は出来ねーけど、勝ち目がないのに挑むってのもなァ。無駄だよな」
「ええ。相手の目的が分からないのが一番の難題です。対策の取りようもない」
分かっているのは、どうやらコーデリアを誘い出そうとしてこうまで大掛かりな事をしている、という点ぐらいだ。
(そうね、目的……。魔書の中身が分かれば、対策を講じて時間稼ぎができるかも。でも魔書の中身を知るには、接近するしかないわよね。その時点で大分危険……あ)
ふと思い至った。
「ねえ、もし盗賊から盗まれた魔書が本物だったらどうかしら」
持ち主であれば、己の所有物にどんな力があるか知っているかもしれない。
ただのコレクションとして飾っているだけの可能性もあるので、過度な期待は禁物だが。
「もちろん、全然関係ない可能性もあるけど」
「いえ、意外とそうかもしれません。いかに高額報酬が飛び交っていようと、盗賊から物を奪う危険を冒す者は少ないでしょう」
巷で乱発されている依頼のせいか、ロブは自分たちは巻き込まれただけという認識でいたようだが。
実際がどうかは分からない。依頼が目くらましなら、時期さえ当てにならないだろう。
「んじゃ、情報収集がてら盗賊たちのアジトに行ってみるとするか」
「ええ」
思い込みは危険なので、あくまでも可能性の一つだ。
装丁を聞いておけば、遠目からでも確認できれば魔書が盗賊の物であったかどうかは分かるだろう。
(もし本物だったら、どさくさに紛れて燃やしちゃうのもアリよね)
他者の命を捧げて使うような邪術など、この世にない方がいいだろう。
盗賊団が根城にしている場所など、普通の人間が正確に知るはずもない。
しかし逆に、ぼんやりとであれば全員が知っていた。その辺りには近付くなという警戒ゆえに。
だから、近付くまでは苦労しなかった。あとは――
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「いててててて! 痛てーって! うお腕を変な方向に曲げるなあ!」
「あ、動かないでね。動いたらぽきっていっちゃうから」
さらりと脅したコーデリアに、粗野な雰囲気を漂わせている男は絶句して暴れるのを止めた。
人気のない、街道すらも通っていない、しかし明らかに人が踏み固めている細い道を進む事しばしで、コーデリアたちは見事に襲われた。
そして撃退した。
「それで探す手間を省こうとした俺たちが言うのも何だけどよ。少しは考えろって。こんな所に普通の旅人は来ねーだろ」
自ら選んで近付いて来る者は、盗賊たちにとってほぼほぼ獲物にはなるまい。
「甘いな。魔物に襲われた商人なんかが逃げてくることも時折あるんだぜ」
「私たちはどう見ても、商人ではありませんけどね」
しかし盗賊団自体を目的にしてくる者よりは、そちらの事例の方が多いということだ。
起こる確率が高い方を優先して考えるようになるのは自然だろう。
「ときに、その不運な方々はどうしているのですか」
「俺たちだって鬼や悪魔じゃねえ。殺しがかさむと国が乗り出してきて面倒だしな。大人しく出すもの出せば、水と食料を分けて行き先ぐらい教えてやるさ」
腕を捻られながらも、虚勢を含めて男はにやりと性根の悪そうな笑みを浮かべた。ただし、大分引きつってはいるが。
そして彼は今、助けるとも言わなかった。
盗賊たちが交渉に満足しなければ、おそらく生きて戻ることは出来ないのだろう。
「どうしよう。腕ぐらい折っていい気がしてきた」
「そうですね。戦いに発展すれば、怪我は付きものですし」
「待て待て。気持ちは分かるが待てって、二人とも」
沸き上がった嫌悪そのままに直情的な方向に進もうとしたコーデリアたちを、ロジュスが止めた。
「話をしに来たんだろ、一応。中の人間に手を出せば、話どころじゃなくなるぞ」
「話だと?」
ロジュスの言葉に真っ先に反応したのは、盗賊本人だった。
自分の状況を有利にできる交渉が可能だと嗅ぎ取ったようだ。
「話ってのは何のことだ」
「ロブっていう人が、貴方たちの仲間にいない?」
「ロブ? さあ。三人か四人ぐらいいたかもしれねえな」




