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十九話

「いやいや、そんな手間かけなくていいって。コーデリア、紙とペンはあるか?」

「うん、あるけど」


 何に使うのかと首を傾げているうちに、ロジュスは渡された道具を使ってさらさらと呪紋法陣を描き上げた。

 完全に頭に入っている淀みのなさだ。


「皿、このまま貰うな。多分返ってこないから」

「え」


 描き上げた呪紋法陣の中心に盛り付けたトライフルの一つを置き、ロジュスが神力を流す。と、金緑の輝きが呪紋法陣を走り、発光した後――皿ごと姿を消した。


「ええっ!?」

「これでよし。レフェルトカパス神まで届いたはずだ」

「ほ、奉納って、こういうものだったっけ!?」


 コーデリアの知る限りでは、捧げた物が一瞬で消えた例はない。まるで直接送り届けたような印象だった。

 自分よりずっと多く神事に携わって来ただろうラースディアンへと、答えを求めて視線を送る。


「稀に起こる現象だとは聞き及んでいます。しかし、意図的に起こしたのは見たのも聞いたのも初めてです。神へ接触を図る手段など、人が持ち得るはずがない」


 道理だった。

 そんな手段が確立しているのなら、人と神の距離はもっと近いだろう。


「今はいいんだよ。コーデリアもラスも、レフェルトカパス神にとって特別なんだから」

「じゃあ、貴方は?」

「俺もまあまあ特別だ」


 まあまあ、と言いつつロジュスの表情は自信に満ちていた。コーデリアやラースディアンより、あるいは世界の誰よりも。神が己を特別にしているという自信だ。

 そしてそこには、上位者による下位存在への侮りがあった。


(初めて会ったときに感じた態度の正体が、これだわ)


 その後ロジュスが語った偽りの身の上話を前提に、コーデリアは当時平民を軽んじた感覚から来るものだと解釈した。

 いつからかその軽視は感じなくなっていたから、思い出したのは久し振りだ。


「ロジュス、貴方は何者なの?」

「当ててみろよ、コーデリア。正解だったらそう言うから」


 答えの代わりに、試すように誘われる。


「言っとくけど、俺は大して自分のマナを隠してない。これぐらい看破できないと、禍刻の英雄としての責務なんて果たせないぜ」

「いいわ。じゃあ――」

「あ、当てずっぽうはなしな。きちんと理解して、確信を持って暴くこと」

「……今は無理だって、分かって言ってるわよね」


 これまでの経緯から連想した答えはあるが、それでは認めてくれないらしい。


「修行だからな――っと」

「あ」

「――……」


 思わず言い合いを止めて、全員で空を仰いでしまう。

 実際の目に映るのは天井だが、見ているものはおそらく、全員一緒だ。


 空気の質が変わったのを感じる。体が軽く、全体的に調子が上がっているのが分かった。

 今、マジュの町には強い神力が満ちている。


「届いた……のね?」

「今コーデリアが感じている、マジュの町が答えだ」

「何とも信じ難い」


 誇らしげに、そして当然の結果を見たと言わんばかりのロジュスに対して、ラースディアンは自身で感じてなお戸惑いを見せた。


「神官なんだから、そこは信じようぜー」

「神官だからこそ、と言ってほしいところですね」


 地上で最も神に忠実であろうとしてきた職業だ。叶わない年月が重なるほど、無理もない反応と言えるだろう。


「いやまあ、そうかもだが。けどなあ、んー」

「大丈夫です。今は信じましたから」


 事実を否定もしない。


「少し、複雑ではありますが」


 信心が薄れるぐらいに無反応だった神から、こうして顕著に反応が返ってきたこと。これまでが真剣であればあるほど、単純には喜べない。


「そこも勘弁してくれ。神だって、奇跡を起こすのは大変なのさ。ましてや魔力が強い地上では」

「地上だから、魔力が強いの?」

「いいや。魔物が多いから魔力が強くなるんだ。話さなかったか?」

「聞いた気はする、けど……」


 ふと、疑問に思った。


(じゃあどうして、世界には魔物が多いのかしら? 元々? ううん。違う……はず)


 禍刻の英雄が負けると、魔物の力が強くなるのだと言う。それが分かるのは、負ける前の世界が違っていたのを知っているか、勝った英雄がいたからだ。


(でも、今は変わっていないように思える)


 史書は英雄の勝利を伝えている。だが世界はずっと魔物の支配下に置かれたままだ。


(わたしが知っている禍刻の主は。あの巨鳥は――魔物じゃなかった)


 巨鳥を倒したところで、魔力の支配が緩むことなどないだろう。

 ならば、倒す相手はまったく違うのではないか?


「さて、コーデリア」

「!」


 呼びかけられて、コーデリアははっとして思考を切り上げた。


「これでマジュの町に戻ってきた目的は果たしたよな?」

「ええ。名残惜しさは尽きないけど。明日は旅を再開しましょう」


 神は力を貸してくれた。ならばコーデリアたちもその恩に報いるために、力を尽くさねばならない。


「どこに向かいますか?」

「そうね。まずはやっぱり、盗賊のアジト……白狼砦だっけ? そこから行った方がいいかしら」


 結界は魔物の侵入を防いでくれるが、人間の悪意からは護ってくれない。人の業は人が何とかしろということだろう。


「でも、捕まえた盗賊は逃げたんだよな?」

「逃げたわね」


 かなり軽々と。


「だったら、様子を見に来るかもしれない仲間もすぐに知るだろ。自由の身になってんのに戻らないってことは、探し物の途中――つまりマジュの情報が目的の物じゃなかったってのも察せるはずだ」

「それは、そうかも」


 目的の物ではありませんでしたと、一回一回報告に戻る指示を受けていたとは思い難い。

 必要があるなら、コーデリアに手紙を託していたとしてもやはり自分で会いに行くだろう。

 だとするならば、手紙を届ける意味はあまりないのかもしれない。


「……でも、絶対にそう判断するって決まっているわけじゃないわ」

「そうですね。ここはやはり、可能な限り手を打っておくべきでしょう」


 その判断は、より身近な人間がいるために慎重になり過ぎていると言われれば否定はできなかった。

 だからラースディアンが同意してくれたことに、コーデリアはほっとする。

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