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七話

 自然、コーデリアの足は後ろに下がろうとしてしまう。その弱気を冷静に見抜いて、フレイネルは無造作に地を蹴り――一歩進んだかどうかというところで飛び退いた。


 そして勢いよく頭上を見上げる。


 コーデリアたちに隙を与えることなどどうでもよいと言わんばかりの行動だ。しかしそれを隙とも思えず、コーデリアもつい、つられて空を見上げてしまった。


 フレイネルの視線の先に、小さな点が見える。それはみるみる近付いてきて、すぐに明確な姿を現した。

 長い羽冠を翻し、高速で接近してくる金緑の巨鳥。


「か……っ」


 言葉が詰まって喉からは出てこなかった。しかし思考は正常に威容を見せつける相手の名を呼ぶ。


(禍刻の主!?)


 なぜ。今ここに。


 コーデリアの動揺は激しかった。禍刻の主と再び対するのは、自分が生贄になるときか、もしくは討伐に赴いたときだと信じていたからだ。


(まさか、もう刈り取りに来たの!?)


 伝え聞く英雄譚と比べると、随分と猶予が短いのではないか。

 怒りと絶望に顔色を失うコーデリアの前で、禍刻の主はその身に青白い雷光を纏う。


「ちィッ! 神人め、邪魔しに来たか!」

(え?)


 そして禍刻の主の登場を厭わしく感じたのは、どうやらコーデリアだけではなかった。

 大まかに括れば魔物側、同陣営であるはずのフレイネルが嫌悪に近しい感情と共に悪態を突く。


 一行の頭上にまで接近した禍刻の主は、激しく放電する雷を太く鋭い一本の槍にして地上に放った。


(え……っ!?)


 その雷が放つマナの輝きに、コーデリアは硬直する。


 かつて邂逅したときは気付かなかった。気付きようもなかった。

 しかし鍛えた今のコーデリアには分かる。禍刻の主が使うその力は。


(魔力じゃない。魔力じゃないどころか、神力だわ!)

「コーデリア、離れろ!」


 あまりに予想外の情報を受け取って混乱し、動けずにいたコーデリアをロジュスが強引に引っ張った。


 少しでも離れようと足掻いた行いだが、到底雷の余波から逃れられる位置ではない。ここで死ぬことさえ、コーデリアは覚悟した。


 そのコーデリアと自分を護るようにロジュスは手を伸ばし、広げた手の平を境に障壁を作る。

 呪紋ではない。神力そのものの膜だ。


 張られた障壁は決して厚くはない。しかし精密に張り巡らされた膜は、天に座す巨鳥とまったく同質のマナのようにコーデリアには感じられた。


 間を置かず、雷光が視界を青白く支配する。遅れて周囲の音全てを飲み込む轟音が全身に叩きつけられた。


「うぅっ!」


 直接の被害は受けなかったが、生じた衝撃からは逃れられなかった。

 視覚を焼かれないように目を閉じ、手で影を作って庇う。そのせいで周囲の状況が一切把握できない。


 衝撃によって地面に叩きつけられながら、コーデリアは呻く。

 あまりに至近距離で鳴り響いた轟音のせいで、聴覚も利かない。全身の器官すべてが圧倒されている。


(どう……どうなったの。フレイネルは。禍刻の主は?)


 雷の暴威が過ぎ去った後は、静かだった。だが強烈過ぎる光の影響が色濃く残っていて、視覚はまだ満足に機能していない。


「ラス、ロジュス――……。無事?」

「俺は大丈夫だ。コーデリアは?」


 思ったより近くから、すぐにロジュスから返事があった。ほっとする。


「多分、大丈夫」


 答えながら、ふらふらする頭を振って体を起こす。と、頭が何かにぶつかった。


「痛てっ」

「あれ? ロジュス?」


 ようやく体の感覚もまともに戻ってきて、自分が上から覆い被さられているのに気付く。

 どうやら起き上がろうとしたコーデリアの頭が、ロジュスの顎に当たったらしい。


 勢いよくという程ではなかったが、自然な速さで起き上がろうとはした。無防備な顎には結構な衝撃となっただろう。


「ごめん、大丈夫?」

「ど、どうにか……?」


 顎を撫でさすりつつ、ロジュスはコーデリアの上から離れた。そして降り積もった土や木の葉を払う。

 それで、自分が庇われていたことを理解した。


「ありがとう。ロジュスは大丈夫だった?」

「コーデリアの頭突き以外は無傷だな」

「じゃあ無傷ね」


 冗談に使えるぐらいだから、本当に大したことはなかったのだろう。一安心だ。

 ようやく回復してきた視界の先で、ラースディアンも見付けることができた。


 爆風によって飛ばされたか、少し離れたところでやはりふらつきながらも身を起こすところだった。


 そして周囲は、静かだった。動物や鳥、虫の声も一切ない。変わらずにあるのは、穏やかに吹き抜ける風ぐらいだ。


「禍刻の主もフレイネルも、いないわね」

「逃げたんだろ」

「そう……なのよね。いないんだから」


 空を見上げて、それからロジュスへと向き直る。


「コーデリアさん。ロジュス。話したいことがあります」


 自力で起き上がって合流したラースディアンが、真剣な面持ちでそう言った。それにコーデリアも同意してうなずく。


「ええ。色々、確認して共有したいことができたわよね」

「じゃあとりあえず。ここは離れようぜ」

「それはそうね」


 フレイネルが戻ってこないとも限らないし、禍刻の主が再び現れた地点だ。兵士が派遣されて、状況を確認しに来てもおかしくない。


 まだ人々が脅威を恐れて動かないうちにと、コーデリアたちは急ぎその場を後にした。




 一度は通った道である。どれぐらいの間隔で宿場町があったかも、何となくは覚えていた。

 記憶と大差ない時間で、コーデリアたちは無事に宿場町の柵を潜る。


(外を歩いていると、木の壁であっても壁があるだけで内側は安心するわね)


 結界ほど頑健でなくとも、魔物の襲撃から一時護ってくれる設備には違いない。

 ……あるいは、人からも。


「……」


 マジュの町にいた頃、コーデリアにとって町の外は遠い世界の話だった。その遠い世界で活動する盗賊たちも当然、遠い存在だった。


 だが今は違う。身近に脅威を感じるようになっている。


 知らずにいられた頃は幸運であり、幸運は幸福だ。しかし脅威はずっと前から世界にあって、当人が知ろうが知るまいが襲い掛かってくることもある。


(知れて良かった。そしてできれば、もっと何かができればいいんだけど……)


 残念だが一市民であるコーデリアがどうにかするには、大きすぎる問題だと言えた。

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