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五話

「じゃ、せっかく邪魔したんだ。一品と飲み物ぐらいの注文はしようぜ」

「丁度お腹も空いてきたところだしね」

「そういうこと」


 掲示板から離れて、飲食を提供するスペースに向かう。夜ではないので、酒を楽しんでいる者は多くない。


 皆で頼んだのはサンドイッチ。挟まれている具はベーコンとトマトとレタス、そして卵だ。酸味のあるっドレッシングが組み合わされ、絶妙な美味しさとなっている。


 食後に紅茶を一杯味わってから、店を後にした。

 ちゃんと客にもなったからだろう、背中に掛かる店員からの声も好意的で柔らかかった。


「さあって。じゃあ、今日はもう休むとするかあー」

「レフェンみたいな大きい町は、宿を探すのも楽でいいわよね。全室埋まってるってこともまずないだろうし」

「ええ。しっかりした宿屋はこの先しばらくありません。レフェンでしっかり休んでから発つことにしましょう」

「うん」




 予想通り、宿の確保はすんなりと済んだ。

 レフェンに宿が多いことはもちろんだが、一番は旅人が少ないためだろう。


 どこの宿も集客に懸命で、以前訪れたときよりも安く泊まれた。


(国費を使ってるわけだからね。安く泊まれたのは良かったんだけど……。宿的には希望額を下回ってたわね、きっと)


 損失を出させたいわけではないので、複雑だ。それでもやはり、希望するサービス内で一番安い所を選んでしまうのだが。


 そうして一晩しっかり休んでから、改めてマジュへと向かう。

 大通りを通って門へと向かう途中でも、ちらほらと旅人たちの話が耳に入ってきた。


「ガルサ街道でまた盗賊が出たらしいぞ。荷がごっそりやられたらしい」

「なんてこった……。国は一体何してるんだ? 魔物による被害だって増える一方じゃないか。何とかするのが国の仕事だろう」

「フン。大方自分たちが住んでいるところばかり厳重に守っているんだろうさ」


 恐怖と不安、それらの感情に触発された不満が、話の中心にあるようだった。


「禍刻の主の出現自体は国の責任ではないけれど。それでも上手く対応できないと責められるのね」

「百年に一度、必ず来ると分かっているから尚更でしょうね」


 自分たちの暮らしが脅かされない対応を、民は国に望むものだ。


「王都にはきっちり兵を置いて、何なら増員までしてる。事実だからこそ余計に反感を買うんだろう。自分たちにはその余剰が施されるだけ……となれば、憤りを感じても無理はない」

「要は、国の運営が下手ってことね?」

「はっ、違いない」


 コーデリアの容赦のない、かつ危険な物言いにロジュスも嘲って同意する。


「二人共、そこまでにしておきましょう。懸命にやってくださっている方もいるはずですから」

「まあ……そうよね」


 懸命であることは多少考慮に入れるべきであるとは思うが、一国民としてはやはり結果が欲しい。成果がないのなら税金を返せと言いたい。


 本来の気持ちとは違うのに同意をしたのは、ラースディアンに対する妥協――というだけではない。


 不平不満で人をなじるよりも、真面目にやっている人を見つけて称えたい。そうできる自分でありたいから、感情では違っていても理想に同意をした。


 コーデリアがうなずいた本心も察した様子で、ラースディアンは微笑する。


 ――少し気まずい。


 大通りを抜け、門を潜り、町を後にする。あとは街道に沿って歩いていけば、数日のうちにマジュに辿り着けるだろう。

 今日は幸いにして晴天だ。


(マジュに着くまで晴れだといいなあ)


 空を見上げながら、そんなことを願う。


 耳に届くのは風が撫でる草木の葉擦れ。鳥や動物、虫の声。ほんの少しだが、肌に触れる気温が熱くなってきたように感じて、気付く。


 季節が移り替わろうとしているのだ。


「コーデリアさん? 空に気になるものがありましたか?」

「あ、ううん。ごめんなさい、紛らわしくて。ただ、平和だなあ、って思って」

「平和、ですか?」

「うん。道行的に」


 世界の情勢はともかく。


「まあ、平和だな。行きは忙しかった」

「そうでしょう? 町の外って本当に危ないんだなって思ったもの。あれから馬車移動が多くなったのもあるけど、今考えると異常なぐらいの運の悪さよね」


 まして旅立った直後というのが尚更だ。


「あー、まー、そうだな」

「歯切れが悪いわね」

「気のせいだろ」

(そうかなあ?)


 秘密主義者のわりに、ロジュスは態度が正直なところがある。今のように。

 いっそラースディアンの方が笑顔で嘘を付き通すだろう。


(今の話の流れだと、行きに魔物に襲われていたのが偶然じゃない、みたいな……。まさかね)


 魔物を操るだの呼び寄せるだの、禍招の徒ではあるまいし。


 すぐに否定をしたが、一度過ってしまった考えをなかったことにするのは難しい。

 意識して思考を別のものに向けようとしたところで、丁度いい相手を見つけた。


 少し進んだ先の道端。道と雑木林の境目に生えている、心地よさそうな木陰を作る木の根元。そこで本を読んでいる旅人風の男性がいた。


(珍しい形のサークレットね……)


 額の中央にオパールを飾った、銀装飾のサークレット。その側頭部の辺りから、緩やかな内巻きの角がついている。


 肌は滑らかな褐色で、この辺りでは珍しい風貌だ。頭の後ろで一つに束ねられた真っ直ぐな銀髪は、地面について余るほどに長い。立ち上がれば腰を軽く超えるだろう。


 年齢は二十前後に見える。


「――!」


 コーデリアとほぼ同時に青年の姿を見つけたのだろうロジュスは、ぎくりとした様子で足を止めた。


「ロジュス?」

「あいつは、今はまずい。コーデリア、ラス、引き返すぞ」

「無粋な真似をするな、聖女共よ。敵がわざわざこうして待っていたのだ。拳の一つも交えるぐらいの意気を見せてはどうか」


 まだ充分に距離が離れていたにもかかわらず、青年はロジュスの言葉を聞きとがめてこちらに顔を向けてきた。そして本を閉じて立ち上がる。


「逃げた方がいいの?」

「逃げなきゃヤバい。けど背中を見せて逃げるのは論外だ。まずは話をしてみるか」


 言葉の内容からして戦うつもりではあるのだろうが、とりあえず、今すぐ攻撃されそうな気配はない。


 自ら魔物に近付く心地になりつつ、コーデリアは成年へと歩み寄って行った。そして会話するのに適度な距離で立ち止まる。

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