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八話

 自身の身の回りの品だけでよいと言われたコーデリアの旅支度は、その日の夜のうちに終わった。


 旅といっても、旅行に行くわけではないのだ。身軽になるためになるべく減らした。背負ったリュックの中に着替えを一着。洗濯して着回す予定だ。


 あとは本当の非常時のための僅かな食料と、水分確保のための水筒。満足に使えはしないが、それでも念のために護身用の短剣。そして現金。


(これだけでも、結構重いのよね……)


 心許なさはあるが、長く歩くことを考えると荷物を増やすのは難しい。


(まあ、どうしても必要だった! っていうものが出てきたら買うしかないわ)


 必要、不必要を知るのも経験がいる。残念ながらコーデリアたちには存在しない。


「コーデリアー。神官様がいらっしゃったわよー」

「はーい」


 階下からメリッサに呼ばれて、コーデリアはリュックを背負って一階に降りる。


「お待たせしました!」

「いいえ。大丈夫ですよ」


 昼過ぎという約束通り、ラースディアンが訪れたのは一時だった。几帳面な性格をしているのだろう。


 ラースディアンの荷物の量も、コーデリアとさほど変わらないように見える。長距離を歩くこと、魔物から逃げる可能性があることを考えると、どうしても色々なものが犠牲となる。


「では、コーデリア殿をお預かりします」

「娘をどうか、よろしくお願いします」

「力を尽くします」


 互いに会釈と挨拶を済ませる。

 ラースディアンの声に宿る真剣さは本物だ。マリウスたちも少しだけ安心したように見えた。


「お父さん、お母さん、行ってきます」

「気を付けてな」

「本当に、無理はしないのよ」

「分かってる。――行ってきます!」


 名残惜しさを振り切って、二人に手を振りつつ背中を向け、歩き出す。すぐにラースディアンが隣に並んだ。


「まずはレフェンを目指しましょう。交易の中継点でもあるので、レフェンからなら馬車に乗って王都まで行けると思います」

「分かりました」


 レフェンという町の名前だけなら、コーデリアも聞いた覚えがあった。勿論、行ったことはないが。


「交易かあ……。そのおかげで土地で得るのが難しい物も手にできるんだから、本当にありがたいですね」

「ええ。だからこそ、魔物と遭遇する危険を冒しても流通を止めていないわけですからね。今や交易なくして国の生活は成り立たないと言えます」


 町の――神に護られた結界の外は危ない。出てはいけないと、子どもの頃から言い聞かされてきた。


 しかし物を運んできてくれる商人は、当然のように町と町を移動しているのだ。今更ながらその事実を再認識した。


 妙な話ではあるが、知っているのにあまり意識をしてこなかったというべきか。


「交易商の人は、襲われたりしないんですか?」

「大きな街道などは兵士や神官が巡回して魔物を討伐しているので、多少は安全です。それでも襲われる事例は皆無ではありませんが……」

「そうですよね……」


 それでも危険を冒して物を運んでくれる人がいるから、不自由なく生活できているのだ。

 改めて思う。感謝しなくてはならない、と。


 そんな話をしながら、町の入口へと向かう。壁などはないが、結界が途切れる地点で明確に町が終わるため、内と外とは視覚的にもぱっきり分かれていた。


 敷き詰められた化粧石の道が消え、踏み固められただけの土の道となる。魔物が荒らしてしまうので、それ以上の整備を維持しようとすると労力がかかりすぎるのだ。


(ここから一歩出たら、結界の外……)


 魔物の姿などどこにも見えないが、安全に守られた場所から外に出るのはそれだけで緊張する。


「では、コーデリア殿。行きましょう」

「――はい」


 ラースディアンに促されて、一歩、踏み出す。

 劇的な変化はなかった。あっけなさと拍子抜けだけが心に残る。


「今、わたし外に出ているんですね……」

「いかがですか?」

「あんまり変わらないです」


 町の外は、コーデリアが言い聞かされてきたような魔境とは感じなかった。


 あまり人の手が入ることのない、自然のままの緑の香りが濃く鼻孔を刺激する。頬を撫でる風は少しばかり埃っぽい。


「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。世界の大部分は、やはり人にとって危険が大きい」

「なんだか、悔しいですね。押し込められているみたいで」

「私も時折、同じように感じることがあります。世界はこんなにも広いのに、なぜ人は小さな箱庭にしか住めないのだろうと」

「……」


 ラースディアンの言葉に、コーデリアは今しがた後にしたマジュの町を振り返った。


 町は沢山の人々の生活の場だけあって、とても大きい。しかし再び視界を前へと向ければ、もっと果てのない世界が広がっている。


「魔物は、どうして人を襲うのでしょう」

「奴らにとって、人間は食糧でしかないからです。共生は成り立ちません」

「わたしたちが、食糧……」


 恐れを込めて、自らが被捕食者である事実を繰り返す。


「それ自体は、おかしなことではありません。私たちとて豚や鳥、牛、魚も食べる。しかしどの命も刈り取られるために生きているのではない。その事実は忘れてはならないと思います」

「……はい」


 神妙にうなずいて、コーデリアはこれまでに自分が食べてきた様々なものを思い返す。


「ですが私は、魔物の餌になる気はない。いつか人が魔物から世界の主導権を奪い取るのが、私の夢です」

「考えたこともありませんでした」


 昨日と同じ今日、今日と同じ明日を、深く考えないままコーデリアは過ごしてきた。


「私も、外に出てから考えるようになったことですから無理はないかと」


 外を知らなければ、町の狭さにさえ気付くことはなかった。


「ですから、貴女を魔物の生贄などには絶対にさせません。巨鳥の討伐、必ず成し遂げましょう」

「ど、努力します」


 武器を持つことだっておぼつかないのだ。ラースディアンのように力強く宣言はできなかった。


(でも、うん。努力はする)


 その意思は間違いなく、しっかりとある。


(もし魔物に怯えることなく、世界が旅できたら)


 もっと沢山の素敵なものが得られる。そんな気がした。

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