三話
「ええっと……」
「職場はそのー、ケーラ山、的な」
(うん?)
コーデリアの問いに、二人はもごもごと口の中で言葉を発する。
「山が職場って、林業とか? それとも……」
多少珍しくはあるが、候補はいくつもある。コーデリアが候補を考えつつ口にすると。
「か、観光案内、的な?」
「そうそう。フラッと山に入ってきた奴を捕まえて、通行料せしめて通してやる、みたいな」
「それはただの山賊でしょ!?」
職業でも何でもなかった。道理で口ごもるはずだ。
「ひぃー」
「お助けをー」
(警備兵を嫌がるわけよね!)
犯してきた罪いかんによっては、死罪もあり得る。
「とりあえず、警備兵に突き出しましょう。依頼の出どころや納品先は尋問で吐かせ、後は警備隊に任せても良いかと」
「そうね」
対応が一気に冷ややかになったラースディアンに、コーデリアも同意する。
「縛るのが面倒だから、大人しく歩けよー。逃げようとしたら容赦なく射るから、そのつもりでな」
「ひいぃー」
山賊二人は抱き合って、悲痛な悲鳴を上げる。が、もう同情心は湧かなかった。
ラースディアンが先導して、コーデリアとロジュスが見張りながら歩く。
「この二人は警備隊に預けるとして、魔書も一緒?」
「証拠品だからな。預けた方がいいだろ。ただ」
会話の流れ上それが自然だというように、迷いのない勢いでロジュスは魔書に短剣を突き刺した。
「一応、使い難くはしとく」
「使い難く、なんだ。いっそ一ページ破って燃やしちゃう?」
魔書として機能する可能性など、残しておく必要はないのではないか。
確実な破壊を提案したコーデリアに、ロジュスは迷いつつも首を横に振る。
「それだと、魔書かどうか確証がないとか言われそうじゃねえ? 完全じゃないから素人が見ても魔術は発動しないし、これぐらいなら直そうと思えば直せる」
自分たちの正当性を証明するための保険、ということらしい。
「ま、片割れが揃わない限りやっぱり使えないはずではあるんだけどな」
「冊数が多い方が強力だったりするの?」
かかる手間と効力は比例する印象がコーデリアの中にはある。
「書き手の練度にもよるから一概には言えないが。普通はそうだな。ついでに、これを作った奴は間違いなく魔の呪紋に精通している」
「分かるんだ」
もちろん、学んだことのないコーデリアにはどのぐらい凄い物なのかもまったく判断付かない。
「一応な」
肯定だけは返ってきたが、続く言葉はなかった。触れてくるなという気配もする。
(なんだか、仲間二人が謎だらけだわ)
記憶を失っていて自分でさえ自分が謎なラースディアンと、意図的に口を噤んでいるロジュス。
事情は変わるが、謎である点は同じだ。
(分かるんだけど、ちょっと寂しい、かも)
――信用されていない、という気がして。
その後町の警備隊に山賊二人を預け、散策の気分でもなくなったコーデリアたちは宿を取って早々に休むことにした。
(結局、本の行き先は分からずじまいだったわね)
そして更にその翌日、馬車に揺られて山越えをしつつ、コーデリアは過ぎ去った麓の町を振り返る。
とは言っても、実際に見えるのは箱馬車の壁なのだが。
気になっていたので出発前に山賊たちの様子を聞きに行ったのだが、答えが曖昧でまだ情報らしい情報は得られていないとのことだった。
分かったのは、酒場の掲示板で仕事を見付けたというそれだけだ。
「気になりますか?」
「それはもちろん」
人を害する魔書がどこに運ばれようとしていたのか。依頼したのは誰なのか。受け取った者はどう使うつもりだったのか。どのような被害をもたらす物なのか。
不安だけが与えられて、何も分からなかった。気にするなという方が無理である。
「まあ、変な状況だよな。魔書の精度の高さと、運び手の選び方の不釣り合いさとかさ」
「実際、途中で捕まりましたからね」
「そうなのよねー……」
作り手が限られる魔書のような貴重な物を、その重要性を理解していない者に託すだろうか?
皆が言葉少なに考え込んでいる間にも馬車は進み、峠を越えて山を下りた。
かつてゴブリン退治のときに世話になったキャンプ場は、今回は通過するだけだ。
路銀を浮かせるためにか徒歩で踏破しようとする者も、次の馬車を待つ者も、一様にキャンプ地で寛いでいる。
(こっちが本来の姿なんだろうけど)
閑散として見えるのは、初見の印象がコーデリアの中から抜けていないせいだ。
そうして、交易都市レフェンにまで戻ってきた。マジュまで行ってくれる乗合馬車はないので、馬車旅は一旦、ここが終点となる。
コーデリアたちが馬車乗り場に着いて降りると、そこも以前とは全く違う光景となっていた。
以前は立ち往生した馬車がひしめいていたが、今日は逆だ。
「今日はまた、凄く馬車が少ないのね」
「皆出払っている、ということでしょうか?」
何台か留まっている馬車はあるが、馬が休憩中だったり車体の整備だったりで、客待ちをしている様子ではない。
それどころか、出発を待っている人々がちらほらと散見されるほどだ。
「大盛況、ね……?」
「いやいや。いくら何でも盛況すぎるだろ」
「何かがあったのでしょうね」
コーデリアたちが辺りの状況を見回して首を傾げていると、一人の青年が馬車へと近付いてきた。
「なあ、なあ大将。あんたの馬車はいつ出られそうだ?」
「今日はもう終わりだ。馬も休ませてやらんと」
一仕事を終え、手入れを終えたら休もうと考えていたらしい御者の答えはにべもない。絶対に意思を変えないだろうという硬さが伝わってくる。
「じゃ、じゃあ明日は。明日はどうだい」
「明日か。明日はもちろん、営業するつもりだが……」
「だったら今、予約させてくれ。前金で支払うから、俺の席を確保しておいてほしいんだ。いいだろう?」
「な、なんだかよく分からんが、そこまで言うなら」
青年の勢いに戸惑いつつも、客を確実に得られるのは御者にとっても悪くない話だ。
うなずいた御者の気持ちが変わらないうちにと、青年はその手に銀貨を握らせた。
「よろしく頼むよ!」




