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四十一話

「……美味いな」

「ええ、とても甘くて、優しい」


 口に運んでじっくりと咀嚼しつつ、感想とは裏腹にロジュスは苦々しいような嬉しいような、複雑な表情をしていた。

 相槌を打ったラースディアンは、曇りなく微笑んでいるが。


「なんだか胸が暖かくなる味ね。自然の恵みだからかな」

「すべてが強化されてるからだよ。材料に宿った想いも、食べた相手のマナに伝わってくるから。くそ。今これを作って持ってくるとか、本当に持ち運高え」


 悔しそうに呟いてから、上品にハニーケーキを口に運ぶラースディアンを睨む。


「お前は分かっていてやっただろう」

「はい。見せつけられれば、貴方は無視をしないと思いましたので」

「……? どういう話?」


 二人のやり取りに、作った当人であるコーデリアだけが首を傾げる。


「コーデリアさん同様、ロジュスも落胆していたようでしたから。だからこそ、コーデリアさんが出した結論は響くでしょう。信じると決めた想いを感じれば、特に」

「あァ、そーだよ。分かってた。この世界がどれだけ聖神を信じられないかってことぐらい。それでも願うものがいる限りは諦めたくねえ。そう思ってここにいる」


 逆風の中で己の意思を貫くために立つというのは、大変なことだ。

 覚悟をしていても、度重なる理不尽に見舞われれば心が折れそうになる。当然だ。


 ――それでも。


(そう。わたしは、諦めたくない)


 だから信じられるものを心の中心に置いて、自らを見詰め続けるのだ。

 助けた恩が、感謝と好意で返ってくる。その循環を信じていたい。


「まさか今さら、そんな単純なことを教えられるとは。俺も大分魔力に毒されてたかね」

「というか、純粋なのでしょうね。貴方もコーデリアさんも」


 ハニーケーキを食べ終えたラースディアンが、紅茶に手を伸ばしつつそんなことを言う。


「あァ?」

「他人の善意を求めているあたりで、実に純粋です」

「ラスは違うの?」

「善意は素晴らしいですし、無いとも思っていません。しかし事が起こってからでは遅いので、行動は性善説ではなく、性悪説を優先するべきだと思っています」

「えぇ……」


 人を赦し、導く立場にある神官からは、あまり聞きたくなかった言葉である。

 思わず不満の声を上げてしまったコーデリアに、ラースディアンはにこりと微笑む。


「だから、コーデリアさんとロジュスはそのままで良いと思います。いえ、その方が良い、と言うべきでしょうか」

「覚えてなくても、貴族(政治家)の性は抜けねーか」

「どうでしょうね。覚えている辺りからでも、役に立ったり過剰であったり……。まあ、そんなものでしょう?」

「ま、いいんだけどよ」


 人の世の機微にはあまり興味を示さず、ロジュスはざっくりとラースディアンの在り方を肯定した。


 そうして最後の一切れを口に放り込んだとき、扉が叩かれる。

 部屋の主はロジュスだが、特に問題はないと思ったので一番近かったコーデリアが席を立って応対に向かった。


「はい?」

「夜分に失礼いたします。今この部屋に届けるようにと、言伝と共に渡されておりまして……」

「?」


 訪れて内容を告げている使用人自身も、奇妙な依頼に戸惑っている様子だった。

 とりあえず安全そうだとは思ったので、コーデリアは扉を開ける。


「こちらの手紙を、ロジュス様にと」

「どなたからですか?」

「神殿からです」

「神殿?」


 何かしら接触を図られてもおかしくはない心当たりのいくつかはあるが、いずれもロジュスを名指ししてというのは少々不可解だ。


 指名を受けたロジュスが立ち上がって手紙を受け取り、表と裏をひっくり返して確かめて――はっとしたように目を見開く。


 それからはっきりと顔をしかめる。


「マジかよ」

「では、確かにお渡しいたしました」

「ああ、確かに受け取った。ありがとな」


 一礼して去って行った使用人を見送ってから、ロジュスは扉を閉めた。


「誰から?」

「才識者殿だとよ」

「え! 手紙!?」


 ここまで散々気を持たされた側としては、不満を覚えなくはない対応である。


「中身は何でしょうか?」

「さて、な」


 封を切り、中の手紙を一読して、息をつく。そしてすぐに二人へと差し出した。

 文面は短い。用紙一枚で収まってしまっているぐらいに。


『親愛なる禍刻の英雄殿。才を知り、道を定めた今のあなたに私の言葉は不要かと存じます。いずれ私の導きが必要となったそのときに、改めてお会いしましょう。

あなた方と目的を成し遂げる瞬間を、心待ちにしております。私もまた、諦めない』


「なんか……見張っていたの? っていうぐらい見透かされている気が」


 乾いてはいるがまだ真新しいインクの様子が、余計にその印象を強めてくる。


「まるで私たちがどういう経験をして、どんな風に感じで結論を出すか、全てが分かっているかのようです」

「実際そうなんだろ。……そうだよな。今さら諦めるのは無しだ。やりきって、勝つ。必ずだ」

「勿論よ!」


 禍刻の主と戦って勝利したとしても、全てが善良になるわけではないだろう。それでも変わることは必ずある。


(あなたとも、共に戦う日が来るのかしら?)


 再会を願い、そして先に続く道では見えることを確信した文面。

 才識者が何を知り、視ているかはコーデリアには分からない。だが今すぐ同意できる部分もある。


(わたしも、諦めない)


 護りたいもの、護るべきと信じるもののために、拳を振るう。

 たとえ敵が何であっても。

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