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三十六話

「コーデリアさん、気持ちは分かりますが、『だけ』という表現はいかがかと。誰であろうと、どこであろうと襲われるのは大事ですから」

「あ。そうね、ごめん」


 失言である。口元を押さえ、コーデリアは恥じた。


「そりゃ、神殿内部の奴が魔神信仰に鞍替えしたってよりは、俺としちゃ標的として選ばれたって方がずっといいけどな」


 三人のやり取りをきょとんとして聞いていたアルディオは、この辺りではっと我に返って表情を引き締める。


「まったく、何の話だ。神殿が禍招の徒と繋がるなどあり得ないだろうに。信仰の拠り所である神殿を邪魔に思うのは、敵の思考とすればおかしなことではない。もちろん、それは神を冒涜する行為。許されはしない」


 騎士として真面目であるのと同様に、国教として定められている空神聖教に対してもアルディオはそれなりにきちんとした信仰心を持っているらしい。

 その姿勢に好感を抱いたか、ロジュスの表情も若干柔らかくなった。


「ああ、うん。そうだったらいいんだけどな」


 ただしこれまで散々、レフェルトカパス神が軽視されているのを見てきている。手放しでの同意はしない。


「すぐにも神殿を調べたいところだが、近衛騎士である私が踏み込んではいらぬ憶測を呼ぶかもしれない。そこで、ラースディアン。何とか口利きを頼めないだろうか」

「分かりました。私たちと共に入れば、物々しさは大分軽減されるでしょう」


 ぱっと見、市民を案内してきた神官と、たまたま同行した騎士、と言ったところだろうか。


 アルディオを加えて神殿へと向かう。先日訪れたときと変わりなく、神殿は荘厳で静謐な佇まいだ。

 コーデリアたちが入るのと擦れ違いに、用が済んだらしい男性が一人、神殿を去って行く。


「――!?」


 瞬間、ビリ、と首筋の産毛が逆立つようなざわつきを感じ、コーデリアは勢いよく後ろを振り向いた。

 そこにはやや癖のある金髪を撫でつけた、背の高い、がっしりとした体格の男性の後ろ姿がある。


「コーデリアさん?」

「あの人。取引をしてた騎士の方な気がする」


 体格ではない。恰好でもない。その人物の持つマナが、コーデリアに伝えてくる。


「何!?」


 去って行く人物を睨み付け、追おうとロジュスは足を踏み出す。しかし。


「待て!」


 その肩を掴んで、アルディオが強引に止めた。


「あァ!?」

「あの方はまずい。隣国より禍刻の主討伐の応援に来られている、ルーファス第二王子殿下だ。下手に糾弾しては外交問題になるぞ。我々の首など物理的に飛ぶ!」

「ええ!?」


 アルディオが焦って止めるのも無理のない相手と言えた。


「隣国の王族が、応援、ですか?」


 コーデリアたちはその存在を自然に受け止めたが、ラースディアンだけは不思議そうな顔をした。


「何百年か前だったか。禍刻の主討伐は世界の大事であるから、現れた国に対して周辺国は可能な限りの援助を行う文言をしたためた条約が大陸全土で結ばれたのだ」


 つまりは条約が結ばれる前までは、各国できる限り自分たちだけは被害を受けないようにと保身に走っていたのだろう。


 もっと悪ければ、魔物への対応に追われて弱ったところを侵略されることさえあったかもしれない。


 ただ、現在国同士が協力体制を敷いているのはコーデリアも知っていた。なぜなら、吟遊詩人の歌に度々描写が出てくるからだ。


「百年に一度の事だから、各国の姿勢は時勢によってまちまちだが……。条約が結ばれてからは、一応、守られなかったことはないと言われている」

「知らなかった?」


 自分よりずっと勤勉そうなラースディアンが、常識の範囲に収まりそうな雑学を知らなかった。そのことをコーデリアは意外に思った。


「ええ、お恥ずかしながら。むしろ弱ったところに付け込まれる気がしていました」

「ラスの周りって、きっと凄く物騒だったのね……」

「まー、その条約だって守られてるのは表向きだろうし。少なからず悪影響はあると思うぜ」


 それでも、大っぴらな侵略行為がされないだけでも締結した価値はあるだろう。


「頭の痛い問題には違いない。だがルーファス殿下に限って言うなら、間違いなく条約に則った支援をしてくださっている。主に物資や資金だな」


 隣国の王族、しかも友好的な協力者となれば下手に糾弾などできない。ことによってはコーデリアたちの方が罰されるだろう。


「けど、噂の灰の騎士とやらの正体だったら、協力者どころじゃないぜ」

「……ううむ。悪いが、そうかと鵜呑みにして行動するわけにはいかない。コーデリア、本当にルーファス殿下だったと思うか?」

「断言はできません。でも、同じ人だったとは思ってます」


 視覚の印象の強烈さにばかり気を取られていないで、きちんとマナを探るべきだったとコーデリアは後悔した。


 だが同時に、受ける感触が同じであることも疑っていない。

 余程近しいマナの持ち主がいない限りは、間違っていないとも思っている。


「分かった。ルーファス殿下の事は私も注意しておこう。だが確証が得られるまで、この件は内密に頼む」

「分かりました」


 騒ぎ立てるのが得策ではない相手だというのはコーデリアにも分かる。

 たとえ事実であってもだ。


「では、改めて神殿へ……」


 咳払いをしてアルディオが神殿へと向き直るのとほぼ同時に、けたたましく物が壊れる音が響いた。続いて巻き起こる大勢の悲鳴。


「!?」


 音の発生地点は目の前の神殿。悲鳴と破壊音は連続して上がり続けている。


(これは……)


 周囲よりも一段強く、神の力に近しいためだろうか。神殿の内側にぽつんと一つ、白紙の上に垂れた黒いインクのように存在を主張する異物がある。

 そしてその異物は、じわりじわりと己の色に染め上げた領域を拡大していく。


「行きましょ!」

「おう!」


 穏便に探せる機は、どうやらすでに逸していたようだ。コーデリアは周囲にも注意を払いつつ、より魔力の濃い気配がある方へと直進する。


 四人が神殿内部に入ると、中から逃げ出そうとする人の波とまともにぶつかることとなった。掻き分けて進むことは可能だが、時間の消費が甚だしい。


(ええい!)


 足に力を込めて、床を蹴る。まず窓枠に手と足をかけて人の波から抜け出し、三人を振り返って言い切った。


「先に行くわ!」


 宣言と共に壁を蹴る。そうして左右の壁を交互に蹴りながら、空中を移動していった。

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