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三十四話

「ご心配なく。ちゃあんと用意してありますんで」


 体に対して大分余裕のありそうなローブの内側をまさぐり、男は透明な水晶を取り出した。


「こいつでね、物体になっていないマナを吸い出せるんですよ。どれ、魔討証を見せてもらえますかい」

「ああ」


 ロジュスが差し出した魔討証の真上に水晶を翳す。すると見る間に水晶の中に色とりどりの粒子が吸い込まれていった。

 無色透明だった水晶の内側が赤や緑、黄色の粒子で華やかに色付くのに、一分もかかっていない。


(マナって、こういう色をしているものなんだ)


 魔力をたっぷり吸い上げた水晶は、コーデリアにとって快い塊ではなくなった。しかし目に映る色彩そのものは、想像していたようなどす黒さはない。

 それがとても意外だ。


「輝度百七十ってところですかね。では、銀貨一枚と銅貨七百……と言いたいところですが、おまけだ。銀貨二枚でいかがです」

「ああ、充分だ」

「毎度どうも。そちらのお二人はいかがでしょう」


 成果で揉めないよう、パーティーであっても個人で魔討証を持つことが推奨されている。男も知っているらしく、コーデリアとラースディアンへと目を向けてきた。

 魔物の死骸が足りていないのは本当なのかもしれない。


 しかし生憎コーデリアたちの目的は目の前の男から昨夜の不審者の手掛かりを得ることであって、金銭を稼ぎたいわけではないのだ。

 怪しげな輩に協力する気はますますない。


「いえ、私たちは持っていませんので」

「そうですか。そりゃあ残念だ」


 断りの文句を口にすれば、粘ってきたりはしなかった。


「ところで、こんな端材を買い集めて、一体何に使うんだ?」


 魔討証を仕舞いつつ、何気ない口調でロジュスが訊ねる。

 おそらくその質問をした人間は、一人二人ではないのだろう。男は慣れた様子でカラカラと笑った。


「おっと、そいつは秘密だ。お客さんも踏み込み過ぎない方がいい。ここはそういう場所だ。あぁ、安心してくだせえ。あたしは真っ当な商売人だ。売って買って、それで終わり。ね?」

「ああ、そうだな。つい好奇心が出ちまった。忘れてくれ。銀貨二枚で不用品を引き取ってもらった。それだけの取引きだよな」

「ええ、そうですとも。また御用があったらお声がけくださいな」


 最後まで愛想笑いを絶やさずに、男は取引を切り上げた。


 今のところは低姿勢ではあるが、隠した部分に触れようとすれば牙を剥いてくるのだろう。その姿が容易に想像できる。


 何にせよ用は済んだのでその場を一度離れた。しかしもちろん、目を離すつもりはない。


「ラス、どう?」

「上手く行った、と思います。ただ本当に気付かれていないのかは自信がないですね」

「そこそこ手練れっぽかったからな。まあ、仕方ない。気付かれて消されても今度は取引を狙うって手もある。地上に戻ろう」


 アルディオの調査が終わっていれば、そちらからも辿れるだろう。


「御用はお済かい?」

「ま、そうだな」

「了解。じゃ、出口まで送ろう」


 ここからでも出口は視界内。距離的にも大した長さではない。しかしエクリプスを追い払うのは賢明とは言えないだろう。


「そうね、お願い」


 せっかくなのでどのような商品が扱われているかを覗き見つつ、道だけは真っ直ぐに入口へと戻る。


 壁に隔てられ、左右に分かれた道を進み、舗装されていない土壁の辺りまで戻ってきても、まだエクリプスは付いてきた。


「サービスのいいことで」

「そうとも。俺たちエクリプスの仕事は貴人の庭の円滑な運営手助けだからね。基本、どこにも肩入れしない。――だから忠告だ」


 貴人の庭と外への出口と、ちょうど中間あたりだろうか。やや真面目ぶった調子でそんなことを言ってくる。

 おそらくは本気で、しかしあくまでも演技染みた様子で。


「ここに来るのはこれきりにしときなよ。あんたたちには何やら目的がありそうだけど、ここで嗅ぎまわるのは勧めない」

「ええ、ご安心を。他の用ができない限りは、もう近付くことはないでしょう」

「そうかい? だったらその方がいいね」


 ラースディアンの返答にほっとした様子を見せて、エクリプスは足を止めた。


「それじゃ、案内はここまで! さようなら、お客さん」

「おー、お疲れさん」


 応じたロジュスを先頭に、あとはひたすら一本道を戻る。梯子を上り切り太陽の下に出てくると、知らず心が安堵した。


 不用意な落下防止のための板だけは置き直して、その場を離れる。


「あーあ、これから町に入る行列に並ぶのかあ」


 話すべき内容は他にあるが、この場所が相応しいとは言えない。そのため、無難で安全な内容になる。

 とはいえ、そのうんざりした口調はロジュスの本心だろう。


「気が滅入るのは分かるけど、だからってズルするのは嫌よ」


 優先的に通れる門の方も、使おうと思えば使える。アルディオ本人がいないため確認のための一手間が生じるだろうが、それでも一般の門に並ぶよりは早いに違いない。

 しかしどうしても、抵抗感の方が勝った。


「いっそ外壁を超えちまうとか」

「大事になるのでやめましょう」


 出来る出来ないの問題ではない。


「……仕方ない。大人しく並ぶかー」

「そうそう。皆そうやって、うんざりしながら守ってるんだから。改善を働きかけるのならともかく、やっぱりズルは嫌」


 とはいえ陽も大分傾きつつある時間帯。待っている人々は長蛇の列とまでは言えなくなっていた。


 王都を目指す人々はこうして町に入るのに時間がかかると知っているから、ある程度早めに辿り着くよう計算して出発するのだろう。到着予定時刻が怪しければ、出立を延ばすことも考えられる。

 予定が先延ばしになろうとも、命と安全には変えられない。


 そのため、これまでの経験よりも大分早く通過できた。


「空く時間を見計らうのはアリか」

「有りですね」

「二人ともっ。それは危険と隣り合わせだから!」


 門が閉じられて町に入れないまま一夜を過ごす、という危険性が増す。


 町に無事戻ったコーデリアたちは、一応周囲を警戒しつつ、一番安全だろうアルディオの屋敷へと向かう。


 王都はただでさえ大きいが、目的地までの道程の長さをひしひしと感じたのは初めてかもしれなかった。


 そうしてアルディオの屋敷まで帰り着き、すれ違う家人と挨拶をしつつ向かったのは、よく集まる会議室だ。

 ここには都合の良い物がある。

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